イチゴ味の少女 ①

私、青風美々子は、固形の入浴剤が湯船の水面に上がってくるのを眺めるのが好きだ。

その間の時間は無の時間で、人との関係や自分の姿、相手からの評価を気にしなくて済むから。

今日は私の大好きな苺の香りの入浴剤で、湯船に沈めると、ほんのり甘い香りが浴室中に漂って来て幸せな気持ちになる。

そして、そのままもうすぐ上がって来た入浴剤を湯の中に溶け切るのを眺めるのが日課なのだが、2030年12月12日。


この日、その入浴剤は湯船に浮いてくる事は無かった。



お風呂上がりそのまま私は、家の近くの歩道橋に来ると、無数の星の瞬きが私を出迎えてくれる。

ここでクラシックを聴きながら夜空を見るのも、私の生活の一部。

大好きな飴のお菓子「ドロップリン」の中からお気に入りの味の苺味を取り出し、口に含むと、甘酸っぱい甘味が口の中に広がる。幸せ。


この星々の煌めきも、遥か遠くの星達の誕生と破滅の結晶なのだと思うと、胸の高鳴りが止められない。

手が届く距離なら、今すぐにでも行って惑星の空気を全て吸い尽くして地球に戻ってくるのが夢だ。


私は学校ではマドンナなどと言われているが、私はそんな薄っぺらい称号なんて要らない。

ただ、人間として差し支えない様に生きていたら何故かこうなっていたというのが、正しいと思う。

そういう事もあって、夜のこの時間は素の自分に戻れる、かけがえのない時間だ。


ふと、スマホの画面を見ると時刻は22:25分。


「そろそろ帰らないと」

「聞こえたら返事をしてくれ」


......ん、聞こえ間違い?

私の独り言に、誰かの声が混じっている様な気がする。

電子音の様なロボットが話しているみたいな声。

やっぱり私は疲れている。いや、何かに憑かれているのかも。


「見えているゾ。黒髪の少女ヨ。

聞こえていたら、右手を挙げてクレ」


私は正直に右手を挙げた。

耳元で囁かれているというよりは、脳内に通信して来ていてる様な。


「オー!やった!初めて成功シタ!

通信成功したゾー!」


いきなり声を荒げるので、私の頭が痛んだ。

ハウリングの様な機械音が、私の脳内を駆け回って弾ける。


「貴方は......誰なの......」


やっとの思いで口開くと、向こうから少し落ち着いていて、それでいて形式的な言葉だった。


「私は金星から来まシタ。

明星送致調査局のユリマル、デス。

金星から抜け出した金星人達が、地球に来ているというコトで私は日本に配属になりマシタ。

なので、貴方と"細胞的契約"したクテ」



普通の人なら、きっと怖くて怖気付いてしまうと思う。

でも、私は金星人......金星人と交信している、この目で見てみたい。


「どんな契約なの」


「私の核をお渡ししますノデ、貴方の命を預かりマス」


命......私は黙ってしまった。

この好奇心と自分の命、どちらを優先するか。

そんなの決まってる。


「分かったわ」


好奇心だ。



そう言った瞬間、目の前に無数の光が瞬いた。

眩しいほどの黄色や、鮮やかな赤や青がキラキラしていて美しい。

その光が集まり人の形を成していく。

美しい黄金の髪色に、透けるような白い肌、目は宝石のように輝いて私をまっすぐ見つめていた。


「"細胞的契約"結ばせて頂きマシタ」


ユリマルと名乗った美少女は、恥ずかしそうに微笑んだ。

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OH! VENUS! 神野 ユーヒコ @yuuhiko_kamino

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