好きになれない私たち
氷菓 霙
FILE1 相談屋結成秘話
Ep.1 愛
目を開けると、そこは魔法の地であった。
木製の家に住まう人々は杖を使って火をおこし、空を見上げれば見たこともない動物が空を翔ける。
そんな
***
草の感触を肌で感じ、心地良いそよ風と温かい日光を浴びて、目を覚ます。
そこは、やっぱり異世界であった...。
「はぁ(*´Д`)」
隠す気すらない、落胆したため息におじさん構文のような顔文字がついてしまった。
そんな日もあるだろう。
……………ないか。
「ユウセー。ごはんよー」
「…」
この世界に来て数日もの間、勇生が生存できているのもこの
ユリカは面倒見がいいうえに、スタイルもかなりいい。正直、25歳と偽れば信じる者も多いのではないだろうか?と思うほど若々しい。
家に入り、手洗いを済ませるころには、ピカピカなテーブルに温かい料理が並べられていた。
席に座り、黙々と料理を口に運ぶ勇生にユリカは口を開いた。
「記憶がないってのも大変だねぇ~」
「…」
湊川勇生、おそらく18歳。
…彼には記憶がなかった。
言葉の意味や文法、自身の名前。加えて今いる場所が自分のいた世界とは違うということくらいしか、彼は覚えていなかった。
そのくせ、心が凍っているかのように感情を示さない。
本人にもわからない靄もやのようなものが彼の心に
異世界転移の代償か、あるいは偶然か。なんにしろ、今の勇生にはこの世界で生きていく術はなかった。
それを見かねたユリカが勇生を引き取り、今に至る。
「おっと、すまないね」
「…」
口を滑らせた。といった様子でユリカがキッチンに下がっていった。
独りになって、しーんとした室内に落ち着きと少しの寂しさを感じ、「はぁ。」と、またため息が漏れた。
再び料理に目を落とす。
使われている食材は少し違うがスパイスが効いたカレーだ。決して多くはない。大しておいしいわけでもない。それでも、スプーンは口へ運ぶことを続ける。
そういえば、彼女の料理をまじまじと見たことはなかったかもしれない。
――ふいに、勇生の頬を一粒の涙が伝い、カレーの中に落ちた。
「ねぇー、あたしの料理を塩っぱくするのやめてくんない?」
「…」
「…」
「……」
「……」
「………おいしいです。」
「…え?…涙っておいしいの…?」
「そうじゃ……なくて…りょう…り……おいしいです。」
嗚咽混じりの感謝をきいて、ユリカは静かに笑った。
「ちょっと待ってな。」
上機嫌なユリカはそのままキッチンへ。
ユリカが見えなくなると、カレーに再び涙がこぼれた。1滴、2滴…数えられないくらいの涙がお椀に溜まっていく。静かだった室内は勇生の嗚咽で満たされてゆく。
この世界に来て数日、今、初めて気づいた。
このカレーの具材がすべて乱切りであること。
ユリカの手が傷だらけであったこと。
そして、自分がいかに周りが見えていなかったかを。
「このカレー手作りじゃん…」
この世界の住人なら、料理を、いや、野菜を見ただけですぐに分かっただろう。
だって、野菜が不規則に切られているんだもの。
魔法で火が起こせるのなら、野菜だって切れる。
野菜が切れるのなら、手を切ることなんてない。
なんなら、完成した料理が出てくる魔法だってあるかもしれない。
何より、ずっと独り暮らしのはずの彼女の手が傷だらけの時点で、この世界で、手で料理をすることが一般的ではないことを示している。
それは彼女が愛をもって勇生に接していた証拠であった。
そのことに気づいたとき、勇生の心の氷は大きな音を立てながら溶かされた。
それは、この世界での彼の人生が始まったことを示す、合図であった。
+++
あとがき
ご拝読くださり、ありがとうございます!
氷菓霙です!久しぶりの創作、楽しいものですね。やはり創作は楽しんでこそですね。読者の皆様にも、楽しんでいただけたなら幸いです。
初めての長編!気合を入れて楽しみます!
ご意見等ありましたら、是非!
それでは、続くことを祈って!おやすみ!
好きになれない私たち 氷菓 霙 @Mizore74
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