彼女のポメラニアン姿が見たい!

珠洲泉帆

第一話

 わたしは二宮絵梨、大学一年生。自分で言うのもなんだが、かなり幸せだ。

 なぜって、まず大学生であるということ。今年の春、第一志望の大学に入学し、一人暮らしを始めた。憧れの学校、憧れの自由な暮らし(別に実家が不自由だったわけではないけれど)! 高校では禁止されていたバイトだって思うがままだ。存分に好きなことを研究し、お金を稼ぎ、余暇は余暇で気ままに過ごす。思い描いていた夢の生活は、まだまだ始まったばかりだ。

 二つ目に、理想の彼女の存在がある。彼女の名前は三ツ谷茉由、わたしと同じく大学一年生。わたしたちは大学の入学式が終わった後に出会った。式の会場から学校まで、慣れないパンプスに悪戦苦闘しながら歩いていたら、後ろから茉由が声をかけてきたのだ。

「あの、一緒に行きませんか?」

 子犬みたいな子だな、というのが茉由への第一印象だった。くりくりの目にちょっと褐色がかった肌、くるくると巻かれた髪。アイロンで巻いたのでなく、天然ものらしい。背も小さいほうなのが余計に子犬っぽく思わせた。

 突然声をかけられて驚きはしたけれど、これは友達ができるチャンスだと思って断りはしなかった。そして学校まで歩いていく道すがら、わたしたちはすっかり意気投合した。

 まずわかったこととして、二人は同じ学部の同じ学科の所属ということ。使う路線も最寄り駅も同じ。この春から地元を離れての一人暮らしということまで。受験の苦労からこの先の期待まで、わたしたちはとことん盛り上がった。その時点で、わたしは茉由のことをとても可愛らしい人だと思ってはいたけれど、もちろんまだ恋愛感情を持つには至っていなかった。

 その日の終わり、驚いたことに、わたしたちは同じ学生マンションに住んでいるのだということが発覚した。これはまさに運命だとはしゃいだことをよく覚えている。まあ、二人はもっと強い運命に導かれて出会ったとも言えるわけだが……。その意味は後ほど説明しよう。

 わたしが茉由を好きになる瞬間はすぐに訪れた。入学式の次は健康診断、各種説明会、部活やサークル選び、オリエンテーション……慌ただしく過ぎる四月が終わろうかというころ、茉由はわたしに告白した。

「あなたのことが好き。これからも、できる限りそばにいていい?」

「付き合ってください」ではない、ちょっと思いがけない言い方だった。でも茉由がそんな言い方をした理由は後に分かる。むしろ、最初に「付き合って」と言ったのはわたしのほうだった。

 それは100パーセント衝動に駆られての発言だった。でも、わたしには分かる。この衝動は正しかった。茉由の告白を受けたとたん、わたしの中で彼女への愛情があふれ出したのだ。心の中に突然泉が出現したかのように、それはこんこんと沸き出てきた。同時に、もし茉由が別の人と付き合ったらと思うと、言葉にならない気持ちを感じた。嫉妬と怯えが混ざり合った胸のうずき。だから、私から提案した。茉由は目を丸くし、それから一気に破顔して、ぎゅっとわたしに抱きついた(茉由は女子校出身で、同性とのスキンシップに一切の躊躇いがない)。

「嬉しい! わたしたち、これから恋人同士なんだね! よろしくね!」

「こちらこそよろしく。ふふ」

 わたしたちは二人して笑い合った。

 そして今は七月始め、梅雨が明けて夏が本格的に始まっている。わたしたちは毎日のように一緒にいた。ゴールデンウィークには帰省せず、茉由と一緒に遊びほうけた。実家を出てまだそんなに時間が経っていなかったし、生まれて初めての恋人と過ごす初の大型連休だった。お互いの家を行き来しながら借りてきた映画を何本も観たり、引っ越してきた街を徒歩で遠くまで探検してみたり、思い切ってキャンピング施設に行ってみたり。なんならバイトも同じところにしようかという話になったが、いろいろ考えた末にそれは別々になった。

 大学にも一緒に通学している。一年生のうちはほぼ全員が同じような授業を取るから、バイトの兼ね合いさえなければ帰りも一緒だ。わたしと茉由の仲はどんどん深まった。手を繋いで歩くことにはもう遠慮も緊張もしなくなったし、お互いに二人の時間をリラックスして過ごすことができている。

 こんなに幸せでいていいのかと、ふと思うことがある。でもこれぞ人生の夏休みと思って楽しまなきゃ損だ。世界中の人から羨まれるくらい謳歌してやるつもり。

 ただ、こんなわたしにも一つだけ悩みがある。

 それは、茉由がポメラニアンになる姿を見たいという悩みだ。

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彼女のポメラニアン姿が見たい! 珠洲泉帆 @suzumizuho

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