決意

 異世界へと転生するなり自分の前に現れた魔物。

 最弱と言ってもいいような魔物に転生したことが災いし、早々に死ぬ一歩寸前にまで追いつめられたところか一転。


「きゅーっ」


 今の僕は己のいる場所を寒々しい森の中ではなく、暖かな王城の一室の中へと変えていた。ここにはもう自分が死ぬような危険はもう何もない。

 

「……はぁー」

 

 とはいえ、僕の立場はそこまで万全、というわけでもなさそうだけど。

 僕は自分の前で深々とため息をつく己を拾ってくれた王女ことレーヴたんを眺めながらそんなことを思う。


「(国の状況はあまり芳しくないみたいだね)」


 ここで話されている言語は日本語でもなければ、英語でもない。

 でも、僕はこの世界に住む人たちの言語を何の問題もなく聞き取ることが出来た。

 また、これまた日本語でも、英語でもない全然見たことのない文字だって読むまで問題なく可能だった。


「……ふふっ、実は餌代を捻出することさえ難しいのかもしれないですね」


 僕は今、レーヴたんと共に仕事を行うための執務室におり、そんな僕の前にはこの国の実情が書かれた幾つもの書類が置かれていた。


「きゅー」


 書類に軽く目を通してみれば、人材の国外流出が止まらないとか、貿易赤字が拡大し続けているとか、他国からの支援がないと餓死者がちょっとした不況で大量に出るとか、絶望的な状況ばかりが並んでいる。


「あっ、ちゃんとノアちゃんのエサは用意するので安心してくださいね?」


「……」


 ちょっと餌を用意してもらうのが申し訳なくなってしまうような現状がこの国にはあった。

 あっ、ちなみに、僕の名前はノアに決定した。

 ちゃんとステータスの名前欄も変更され、ノアとなっていた。


「きゅーっ」


 まぁ、僕の名前なんてどうでもいい。

 レーヴたんが名付け親というのはちょっとドキドキするけど、そんなことよりもそのレーヴたんの頭を悩ませるこの国の現状ダロウ。

 んー。ちょっと出歩いてこの国の状況をもうちょい集めてこようかな。

 このまま一匹の飼い蛇としてぬくぬくしているわけにもいかないでしょ。情報は集めておいた方がいいかも。


「あっ、ノアちゃん!?」


 今、僕を縛るようなものは何もない。

 檻に入れられたりしているわけはなく、ただレーヴたんの肩の上で自由にさせてもらっていた。

 今なら、この場を離れて自由に散策できる。

 そう判断した僕は迷いなくレーヴたんの肩を飛び出し、スキルの逃げ足も活用して執務室を飛び出していった。


 ■■■■■

 

 僕が執務室を飛び出して約三時間ほど。

 

「まったく、蛇に逃げられるとは何をしているんですか?レーヴ様は」


「うぅ……ごめんなさい。ずっと大人しくしていたから」


 集めたい情報は大体集め終えていた。


「とはいえ、なかなか捕まえられなかった私も私ですが」


 途中からフェチズムのかなり強い獣娘───カンナが僕のことを掴めようと追いかけてきてもいたけど、今の僕はあえりないくらいに小さい。

 この小ささを利用し、僕は自分よりも圧倒的にステータスが高いであろうカンナから無事に逃げおおせることが出来ていた。


「きゅー」


 その上で、わかったのは自分が想像していたよりももっと酷かった、この国の現状だ。

 まぁ、この国があり得ないくらいの小国で何もかもがないというのは半ば想像出来ていたことだ。

 それよりも酷かった事実が今、この国を背負って立てる王族がレーヴたんしかいなかったことだ。

 この国の国王である人は病気によって寝たきり。そして、その国王の子はレーヴたんのみ。親戚筋はゼロ。

 レーヴたんがこの国における唯一の王族だった。

 つまりは、寝たきりになっている国王陛下の代わりに国王の席に近づくことが出来るのはレーヴたんだけなのだ。

 そして、そんな状況下で摂政として国の実権を握ってきそうなレーヴたんの母親は凡人としか言えないような村娘の人で、今の状況をどうこうしようとするような人じゃなかった。

 呑気に紅茶を啜っているところを見てしまった。


「ノアちゃん……駄目だよ?私の元から逃げていったら……お外は危険でいっぱいなんだから」


「きゅーっ」


 今、僕の方を眺めながら、こちらを心配してくれる少女はまだ、前世の僕よりも幼いであろう年齢でありながらも国を背負って立たねばならない立場なのだ。

 そして、このレーヴたんはそれに報いようとしている。


「(……僕に、出来ることはきっとあるよね)」


「……ッ!?」

 

 素晴らしい覚悟。美しい覚悟だ。

 僕を拾い、そして、飼い主になってくれたレーヴたんは外見も、内面も美しい……心から支えたいと思うような少女だった。


「(恩知らずでもいられないしね)」


 その上に、僕は返しきれない恩を頂いているからね。

 レーヴたんがいなければ、僕は確実に死んでいた。

 そして、幸いにも僕は恩返し出来るようなものを持っていた。

 僕のステータスの中にあった称号『竜の卵』。


《竜の卵》

《進化の可能性を有する者に与えられる称号。進化の上限が撤廃される。海千山千となった竜はどちらに転ぶか》


 これを鑑定した結果がこれだ。

 僕には無限の可能性があることを、この称号が教えてくれていた。


「(僕は必ずや強くなる。そして、必ずやレーヴたんを支えられる存在になるのだ)」


 これが、今はまだ弱い蛇に転生した僕の今世における覚悟であり、生きる目標となりそうだった。


「(お前、レーヴたんとかいうきしょい呼び方でレーヴ様のことを呼んでいるのか……?それと、ガチの知性あるな)」


「……きゅっ!?」

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