4 will(意志)――立川
『それじゃあ、その時の感情と意志を再現してくれ』
そう簡単にできるもんじゃない。
言葉にならぬ愚痴を腹中に留めながら、私は椅子に座っている医師――、スティグラー博士を見つめた。この男も『神聖同盟』日本支部の隊員である。ただ、彼は軍属の医学博士なので、表立っての立場は私に近い。
それにしても――、ぶっきらぼうに要求する男である。
外見はハンサム。美しい銀髪なのにボサボサ頭。筋の通った鼻とキリッと目立つ眉は、精悍な武士のようでもある。しかし、その態度は冷徹と言うより
しかし、医者としての腕は立つのだろう。デービッドは頗る信頼している様子だ。
博士は顔の上面をすっぽりと覆うほど大きい、銀色に輝く全金属製ゴーグルを付けていた。溶接工が付ける保護面。私にはそういう形容しか出来ない。隣に立っているデービッドも同じ〝お面〟である。曰く、
――クラウディアに殴られて。
丸一日寝込んでいた私は、また以前と同じ医務室に寝かされていた。白い壁に白いベッド、ツンと鼻をつく医薬品の臭い。相変わらずの白亜の空間である。
怪我は大したことはない。そもそも、軽い怪我程度であれば、デービッドの異能である『
しかし、意識を回復してから私は博士から恐ろしいことを知らされた。
『君の眼にも、怪異、或いは対怪異の能力が備わっているようだ』
あの怪異――
――
あの瞬間に、何が起き、何が怪異を死に至らしめたか。それを確認するべくの検診である。
クラウディアによると、遠目に見た私の眼は、――
――黒く塗りつぶされた白目。
――血のように赤い瞳。
俄には信じられない。
しかし、私の眼を見てしまったクラウディアは、突然猛烈な怖気と悪寒、吐き気に襲われたため、急ぎ目を瞑って私を昏倒させた、と言う訳だ。
私の眼が、
『どうして――、急に、こんな』
『ふむ。なんでだろうな』
スティグラー博士の、あまりに無愛想な相づちに、私は怒りよりも驚き、呆れてしまった。
『まぁ、眼に怪異の能力が宿るのだから、典型的な、いや、ちょっと珍しい
『
『魔眼、邪視、オーバールックとも言うな』
――初めて聞く単語だらけである。
『どういうものですか、それは』
『世界中で信じられてる災いを呼ぶ「視線」のことだ。神でも動物でも人間でも、眼から投射した呪い、或いはエネルギーで相手を不運にしたり、場合によっては殺したりも出来る力だ。基本的には穢れや敵意に満ちたものとして認識される。バロル、バジリスク、アルゴスなど例は幾つもあるが、一番有名なのは
よくすらすらと出てくるものだと感心したが、最後の一言にカチンときた。
『知ってますよ、
――それしか知らなかった。
『まぁ、よく知ってるじゃないか。まぁ、見たものを石に変えるのか、
一々上書きと補足を入れて、人を不快にさせる男である。
しかし、私の眼がメドゥーサのような人を殺す力を持っている。見るだけで、相手が死ぬ。そんな恐ろしい力、生まれてこの方持ったことなど無い。
敗戦後に怪異の存在を感じても、感じるだけで、逃げるしかなかった。力が発現したとするなら――、
スティグラー博士は、その力を再現したいのだ。今この瞬間、私の眼は普通であるらしい。差し出された鏡を見ても、日常通り、いつもの眼である。
『ふーむ、なんともないな。だがあの時、あの場所で、何か変わったことはなかったか?』
そもそも怪異が現れ、闘うこと自体が十分に”変わったこと”なのだが、そういうことではないのだろう。あの時――遭遇、銃撃、吹き飛ばされ――。
そうだ、
『声? 誰の声だ』
『――それが、聞いたこともない声なんです。男でも女でもない、若くも年老いてもいない――不思議な声でした』
『デービッドは聞こえていたか?』
横で立っているデービッドは、静かに首を振る。
『私に聞こえたのは、ウラベの
――呪詛。そう、呪詛だ。
『ふむ。それが、鍵になるな。――どれ、ウラベ。その声を思い出しながらだ。この仮面をあの怪異と思い、
『……分かりました』
相変わらず、ぶっきらぼうである。
本当に呪い殺したい訳ではないが、自分の力を試したい思いもあり、素直に従うことにした。
保護面の眼の部分は、真っ黒なガラスである。本当に溶接工の
――このまま殺されるくらいなら――
俄に背筋が寒くなり、毛が立つ。
――この眼で呪い殺してくれる――
汗がじんわりと浮き出る。
――死ね、果てろ――
まんじりと視線に力を込め、練り、突き刺す。
バリンッ――!
「『
突然、スティグラー博士の保護面が弾け飛ぶように割れ、大声が部屋に響き渡った。
全金属製の面は踊るように虚空を舞い、甲高い金属音を反復させながら床に墜ちる。見ると、面は綺麗に真っ二つ――、である。
『驚いたな……。これは結構強めに「
スティグラー博士は私と眼を合わせることもなく、割れた面を拾いながら指示を出した。
『デービッド、どうだ?』
眼が合う――。
『大丈夫です。怪異症状はありません。普通の眼に戻っています』
『そうか、良かった』
――良かった、のだろうか。
この力は使いどころを誤れば、簡単に人を殺してしまうものだろう。あの怪異ですら極度に弱体化したのだ。人間など――。
『ウラベ。皆、誰しも同じだ。ここのチームや「神聖同盟」の皆も、同じ悩みを抱えている』
あまりに唐突に見透かされた。
ぶっきらぼうだが、良く人を見ているのだろう。
『皆――、同じ?』
『そうだ。皆、何かしら常人を超えた能力を持っていることに、最初は戸惑い、悩み、苦しむ。犯罪に走る奴もいれば、山に引きこもる奴もいる。だが、それぞれに艱難辛苦を乗り越えてきて、今があるのだ』
何事も端的に言う博士である。
理路整然と正論を述べる。
だが、そこに〝私〟という存在、〝私〟という悩みは、上手く投影出来ない。怪異と同じ能力など。
『自分以外の皆は、もっと神聖な能力を持っている、とでも思っているのか?』
『……違うんですか』
『あぁ、
飄々としていた博士が語気を荒げた。
『……いいかね。名前や見え方が神聖に見えようとも、その力は
酷い例に使われたデービッドが、苦虫を嚙み潰したような顔になった。
『そんなことはしませんよ』
『――分かってるよ。だが皆が皆、そうじゃない。怪力だって人を助けられるし、強盗も出来る。要は力の使い方だ』
何処までもこの人は冷静なのだな――。
きっと、今まで様々な怪異や異能を見てきただろう。その経験則が、最善かつ最短で物事の道理を説かせているのかもしれない。
ただ、譬え話は秀逸である。
格闘家だろうが銃の扱いが上手かろうが、
ふっと腑に落ちる感覚が、気を落ち着かせてくれた。
『分かりました。ただ、この力はあまり使わないようにしたいと思います』
『……いや、それは君の裁量で決めたまえ。邪眼を使いすぎで死んでしまう話は伝承も類例もない。君の体調と状況を見極めるんだ。その力を使わず殺されたり、怪異に取り込まれでもしたら、本末転倒だろう? ――それでも、危険と思ったら即座にやめるんだ』
決して使うな、という助言ではない。必要な時に使えなければ意味が無いのは、その通りである。
『心遣い感謝します、スティグラー博士』
意識に止めず発した言葉が、彼にとっては意外だったのか――、博士は片眉をつり上げて驚いた。
『そんな……、礼を言われるものでもない。さ、さぁ、問題が無ければ仕事に戻るぞ』
そう言うと、そそくさと道具を仕舞い、さっさと部屋を出て行ってしまった。白亜の医務室に残された私とデービッドは、眼を合わせて肩を竦ませた。
『照れ隠し、ですかね』
『そうだったら、意外な一面と言った所だな。ところでデービッド』
『何です?』
『戦い方を教えてくれないか――。人間じゃなく、怪異との戦い方を』
デービッドは深く頷き、了承してくれた。
私は、学ばねばならない、色々なことを。この戦争で荒廃した日本で、明日をも知れぬ命だとしても、生きるために――。
ディバイン・インキュベーター1946 ~東京天魔揺籃記~ 月見里清流 @yamanashiseiryu
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