アラサーリーマン攻略班 乙女編

雪月

アラサーゲーマー攻略班 乙女編

 俺は美眼良夫びがんよしお。ゲーム攻略記事を書いている、社会人兼ゲーマーである。

 そして今からプレイをするのは、「ドキドキ学園生活!〜その目で運命の人を撃ち抜いて〜」。

 まあ、タイトル見ればわかる通り、青春乙女ゲームといったところだ。次はこの記事を書かなければならないらしい。ちなみに、俺には乙女ゲームをプレイする趣味はない。なんなら、この手のゲームはエンディングやらスチルやらの回収が面倒くさいので苦手な部類だ。


 軽く設定やあらすじをおさらい。主人公は女子高生。王道学園恋愛ストーリー。魔眼を使用して運命の人を見つけよう!とのことらしい。……なんか変な設定がついているようだ。

 あと攻略対象に一人、成人男性がいる。ほんとに学園ものなのだろうか。


 早速プレイする。オープニング画面はありきたりなものである。攻略対象の5人の男たちが、タイトルの隣にいい感じに並び立ったデザイン。

 目標はとりあえず一周攻略。それではJKになりきってイケメンと恋をしてくるとします。それでは、グッドラック。


 かわいらしいフォントのスタートボタンを押した瞬間。俺の目の前が真っ暗になったのだった。


 二日酔いの朝みたいな目覚め。だが、陽の光が差し込んでいるとかそういうことはなく。ただの真っ暗な空間が目の前には広がっているだけだった。


 ――良夫。良夫。私の声が聞こえますね?


 一体何なんだ。ド◯クエ3か?俺がプレイしてるのは乙女ゲームのはずなんだが。それとも最近の乙女ゲームはこんな始まり方なのか。


 ――私はこの世界を司るもの。あなたは今、この瞬間から女子高生です。


 最近の乙女ゲームはよくできているなぁ。流行りの異世界転生もできるのかぁ。いや、どう考えてもおかしいだろ。夢か?


 ――顔のいい幼馴染。噂の転校生。インターネットで知り合った大人な男性……。女の子であれば一度は夢見るような関係性をぜひ楽しんでください。


 本当に憧れてるかなぁ。特にインターネットの男性のあたり、本当にそうかな……そうかも。ていうか、この話いつ終わるんだ。


 ――しかし、自由に選べるわけではありません。そのへんは悪しからず。転移場面はランダムになります。はい、じゃあそろそろ転移です。グッドラック。


 あ、いきなり終わり?ルートも選べないのかよ?え、ちょっと待ってくださいよ。

 

 ――あっ、そうだ、一つ伝え忘れてた。


 は?お前マジで言ってんの?

 伝え忘れたことを聞く間もなく、俺の目の前はまたしても真っ暗になった。


 *


 二度目の目覚め。今度は二日酔いのような嫌な感じはなく、むしろ体の調子がめちゃめちゃいい気がする。まるで、十代の頃に戻ったかのような……。って、そういえば俺はJK(笑)になったんだったな。


 どれどれ……。おもむろに股間をまさぐってみる俺。


「おお……。」


 思わず感嘆の声が漏れた。そこにはこれまで人生を共にしてきた大事なイチモツはなく。代わりに薄っすら毛の生えたなだらかな……これ以上はやめておこう。とにかく、俺は本当にJKになったようだ。


 無くなったイチモツにばかり気を取られていたが、ここはベッドの中である。寝心地は良好。なかなか良いベッドだ、羨ましい。

 だがしかし、問題点がある。それは俺の隣にもう一人、人間の存在を感じることだ。どうにもベッドが狭い。あと多分これ男だ。だって、デカいし。そして、無論俺は男と添い寝をするような趣味はない。

 狭苦しいベッドの中からなんとか頭を出して部屋の様子を見てみる。近くの机に無造作に広げられたバイクの雑誌が目に入った。これ女の子の部屋じゃないな。


 そうこう考えていたら、隣のやたらデカい背中が動き出した。寝返りをうち、こちらに顔が向く。ツーブロックの髪型に、無精ひげの男。どう見ても現役DKという雰囲気はない。俺は今年で27になるが、恐らく同年代といったふうな見た目をしている。こいつはなぜか紛れ込んでいた、唯一の成人男性攻略キャラで間違いないだろう。名前は猫屋敷二郎ねこやしきじろう。不動産勤務の一般リーマンらしい。


 状況から考えるに、カーテンから差し込む光の感じ、恐らく朝。そして、JKの俺はこいつと朝の目覚めを共にしている。半同棲って感じ?なにそれ、犯罪じゃない?


 そんなことを考えていたら猫屋敷も目を覚ましたらしい。目覚めて一番、俺の華奢な体をぎゅっと抱きしめると。


「おはよう。今日もかわいいね。」


 ゾッとした。全身の肌が粟立つ。

 あまりにも甘ったるく気持ちの悪い挨拶で、俺のキラキラJK生活は始まった。


 JK生活一日目。キラキラな学園生活を送るためにウキウキで登校した。誰一人として名前を知らない上に、場所さえわからないのに何も不便はしなかった。さすが異世界パワー。あと、学園内にちらほら攻略対象を見かけた。イケメン幼馴染に、チャラい先輩、どう見てもチェリーな後輩……。実によりどりみどりだ。謎の成人男性ルートに放り込まれてしまったのが悔やまれる。


 そんなこんなで部活動を終えて帰宅。偶然にも帰宅時間が重なったようだ。駐車場から歩いてくる猫屋敷が見えた。どれ、ここは一つ、かわいいJKらしい態度を取ってみようではないか。


 大げさな上目遣いに少し上擦った声で労いの言葉を述べてみる。男子ってこういうが好きなんでしょ?俺も好き。

 そんな俺を見る猫屋敷。明らかに目の色が変わっている。


「ただいまぁ〜!今日も俺頑張ったよ!」


 人目も憚らず抱きついてきた。相変わらず気持ちの悪い男だ。


 *


 ここからは帰宅後の場面となるが、この男、案外家事ができるようだ。晩御飯は彼の手料理を振る舞ってくれた。手料理なんていつぶりだろうか……。

 しかし味はそこそこだったが、食事風景は最悪であった。口を開けば、仕事の愚痴と元カノの話ばかり。


「あの上司、どうにもウマが合わないんだよなぁ。いつも俺にだけケチつけてきやがる。女のくせに、だから行き遅れるんだよ!」


 どうやら失礼な態度を取った客に対し、やり返しをしたら上司に怒られたようだ。

 うんうん、そうだね。それはお前が悪いわ。客にキレていい道理があるか。


「俺はあんなに愛してたのにあいつは一方的にフッてきたんだ……それなのに誕生日にあげたネックレスは大切にするねっ、てさ……返せよ……」


 いやお前それはないだろ、腐ってもプレゼントなんだろ?現金八万とかじゃないんだぞお前。そのプレゼント横流しにして彼女継承させるつもりか?


 と、まあ、本人の人間性の問題が浮き彫りになったのだった。途中から酒が入っていたのもあったが。それにしてもやばい。聞いてもいないのに、女性経験が二桁だの、パンツが赤色の理由だの、ちんこがデカいと褒められたことがあるだの言い出した。しまいには「もし、そのときがきたら優しくするね」だそうだ。あなたは犯罪者です。


 途中からずっと聞き流していたが、気づけば時計の針はとっくにてっぺんを越えていた。だが、自語りは留まることを知らない。永遠と何か喋っている。今はバイクの話してるっぽい。こんなのでよく女性経験豊富になったものだ、揃いも揃って節穴だったのか?


 この調子で、話を聞き流すこと数時間。ついに猫屋敷が寝落ちた。ここまで中身のない自語りよく続けられるものだ。忘れていたが、こいつ攻略対象キャラなんだよな……。いないほうがマシだろ。

 そういえば、猫屋敷が寝落ちる直前、明日はデートだとか言ってたな。先程までの様子を鑑みるにかなり憂鬱だ。いや、一周回ってどんなデートなのか気になると言えばそうなのだが。

 とりあえず風呂入って寝よう。話はそれからだ。


翌日。JKになった上にデートまでできるとは。なかなかできる体験ではない、普通に楽しみになってきた。相手がだということを除けば。


 今日のデートプランは、気になっていたカフェで食事を取ったあとにショッピングだそう。よくある感じのやつ。 

 猫屋敷より早く支度を終えた俺は、一足先に外へ出てヤツを待つことにした。室内にいるとずっとベタベタ触られたり、気持ちの悪い口説き文句を並べられたりして気分が悪くなるからだ。


 ぼんやり空を眺めつつヤツを待つ。今日は素敵な日だ。花が咲いている。小鳥達もさえずっている。こんな日には。


「おっ。お前こんなところで奇遇だな!」


 誰かに声をかけられた。振り返ってみるとそこには学園で見かけた幼馴染イケメンがいた。うーん、学生らしい爽やかさ、そしてとんでもない顔の良さ。俺こいつのルートが良かったな。


「そういえば、お前、今彼氏と同棲してるんだったな。上手くやれてるか?俺、結構心配しててさぁ」


 お前と話している間だけでも忘れたかったんだ、その事実。ちなみにインターネット発の成人男性とはまさに、ヤツのこと。幼馴染であれば心配にもなるだろう。

 当たり障りない受け答えをしていたら、突然、整いまくった幼馴染の表情が強張った。俺なんか変なこと言ったかな。だが目線の先は俺ではなく、その後ろ。おそるおそる振り返ってみると、顔面に不機嫌と文字でも書いてあるかの如くな表情をしたヤツが立っていた。


「俺の彼女に、なんか用ですか」


「あ、彼氏さんですか。俺幼馴染で……」


「なんか用ですか?」


「あー……たまたま見かけたから声かけただけっす!それじゃ!」


 話聞かないしめちゃめちゃ圧かけるじゃん……。話ができないと判断するや否や、幼馴染くんはすぐに退散していった。

 で、ヤツはと言うと……めっちゃ睨んでくる。怖い。


 このあとのデートは言うまでもなく、地獄のような有様だった。俺は機嫌が悪いんだぞアピールを全面的に押し出し、話しかけてもほとんど反応がない。こいつが怒っているということばかりで、食ったものも見たものも全くと言っていいほど記憶にない。こいつが現実にいる人物でなくてよかったと心の底からそう思った。


 なんやかんやで帰宅。なんだか、すごく気疲れした。ヤツより先に部屋に上がり、早めに着替えてしまおうと進もうとしたそのとき。圧倒的な力により床に抑え込まれた。


「朝、俺より先に外に出たのはあいつと話すためだったのか?」


 いつもより低い声で問いかけてくる。いや、マジで偶然会っただけなんだけど。


「なんで、俺がいるのに他の男と話したりするんだよ……! 俺の何がいけないんだよ!?」


 醜い嫉妬である。何がいけないってそういうところなんだよなぁ。とりあえず、上っ面だけの謝罪や弁明(事実)を並べてみるが全く効果はない。むしろヤツの抑え込める力が強くなった。押し倒されたのもそうだけど、力が強すぎて痛い。


「なあ……俺の物だってわからせなきゃダメなのか……?そういうのを待ってるのか?」


 ヤツの手が服を脱がせる方向にシフトした。さすがにこれはまずい。必死に逃げようとするが、かよわきJKの体では歯が立たない。いやだよぉ、俺こんなところで処女失いたくない。でもこのままではなす術なく襲われてしまう。


 ――良夫、良夫……。聞こえますか……。


 なんとなく聞き馴染みのある声。もしかして……!


 ――ピンチを察して助けに参りました。

 

 最序盤のポンコツの神だ!早く助けてくれ!!!


 ――伝え忘れてしまったこと……。それこそがこの状況から脱し、現実世界へ戻る方法になります。今から魔眼の真名をお伝えします。名前を読んで、力を使ってください!


 そういえばそんな設定あったな。すると、たちまた聞き覚えのない単語が浮かんでくる。なんだこの単語……聞いたこともないぞ?そんなことはどうでもいいんだ、この魔眼の真名は――。


「得難き審美眼!!!」


 その瞬間、俺の視界は真っ白になった。


 *


 目を開けると、そこは親の顔より見た天井だった。頭がぼんやりしている、寝ていたのか?

 あたりを見回すと、床に落ちた携帯ゲーム機が光を発していた。そうだ、今度の攻略記事でこれを取り上げなくてはならないのだった。あまり気乗りしないな……。乙女ゲームとのことだったが、どれ、今一度コンセプトを確認しよう。

 俺はゲームのパッケージに軽く目を通す。ん、なんだか聞き馴染みはないのに聞き覚えのある単語が。


「あなたの運命の人は誰だ!?得難き審美眼を使ってふさわしい相手を見つけ出そう!!!」

  


 審美眼SS完 

 

 

 

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