お見舞い

 翌日、帰りのホームルームが終わると、立花少女の名前が呼ばれた。少し教卓の近くで篭原教師と言葉を交わした後、彼女は職員室へと連れられた。

 篭原教師曰く、あれだけの言い合いが行われたというのに、全員から集めた情報紙に、告発や告白、自白は一つとしてなかったらしい。それどころか全てが全て示し合わせたかのように、おおむね同じ内容だったそうだ。

『私は何も知らない』

 重ねた情報紙をめくれどめくれど、似た文章しか出てこなかったという。

 無論、立花少女も同じようなことを書いていた。知らないものは知らない。知らないものは仕方ない。

 だというのに彼女が呼ばれた理由は、また別のところにあった。

 プリントを届けて欲しい。

 ありきたりでありふれた理由。

 単純に『家が近い』という一点のみによって選ばれたものだった。

 ただそれが本当にプリントを届けるだけという訳ではなく、暗に様子を見てきて欲しいということなど、立花少女はすぐに理解した。教職──それも担任というあまりに忙しい立場にいる篭原教師は、頻繁に細川少女の様子を見に行くことができない。その代理を任されたのだ。

 断ることもできただろう。

 しかし、彼女断らなかった。

 断っていたほうが良かったのかも知れない。まだ良かったのかも知れない。

 二つ返事で了承してしまった立花少女は、中にプリントを詰め込まれたA4サイズの茶封筒を受け取った。一週間と四日という時間を感じさせる分厚く重い封筒だった。彼女はそれを手に持ったまま職員室を後にした。


 職員室を出てから三十分、立花少女が細川少女の家に着いたのは、まだ日が沈みきっていない夕暮れだった。この時間は古来より逢魔ヶ刻と呼ばれ、何か良くない物に出逢ってしまうという。けれど彼女が逢ったのは、『魔』ではなく『真』──ことの真相と出逢った。

 立花少女が細川家のチャイムを鳴らすと、細川少女の母と思しき女性が出迎えてくれた。その表情はどこか困った様子で、申し訳なさそうにも見て取れる。

 案内されるまま二階にある細川少女の部屋の扉越しに声を掛けると、いつもにもまして暗い表情の細川少女が現れた。

「調子どう?」

 歩きながらに考えていた挨拶意外の第一声に、細川少女は「そこそこです」と呟いた。

 促されるまま細川少女の部屋に入った立花少女は、部屋いっぱいの本に圧倒されながら中央に置かれた卓袱台のような机に向かって座る。細川少女もベッドにもたれ掛かるようにして立花少女の近くに座った。

「あの、これ、プリント」

 半ば忘れかけていた茶封筒を思いだし立花少女が机に置くと、細川少女はお礼を言いつつそれを受け取った。

 そこで会話が途絶えた。

 何を話せばいいのか、話していいのか、悪いのか。

 立花少女の中に思い浮かぶ話題は、どうしたって『学校に来ないか』に行き着いてしまう。

 思考の堂々巡りを立花少女が繰り広げていると、細川少女の方が話題を振ってきた。

「何かありました?」

 それはあまりに普通で、世間話でもするかのような問いだった。

 驚き、呆れにも近い表情で自分の顔を見る立花少女に、細川少女は母親とよく似た困った表情を浮かべる。

「いや、誰かがプリントを持ってくるなんて滅多にないので、学校で何かあったのかなと思って……」

「何って……、細川さんが来ないから心配して……」

「え? いつものことですよね?」

「それとこれとは訳が違うんじゃ……」

 そこで細川少女が首をひねった。

 立花少女も同じようにひねる。そして、意を決して先延ばしにした話題の根底についての質問を投げた。

「えっと……、いじめられてるんだよね? それで不登校なんじゃないの?」

 唖然としていた。細川少女は口を半分開けて、よく見えない目が大きく開かれるのが分かるほど、唖然としていた。

「誰がですか?」

「細川さんが?」

 かみ合わない会話。示し合わない前提。

 お互いより一層、首を傾げ合い、細川少女ははたと何かに気付いたように笑顔を見せた。

「それは勘違いです」

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