第16話 児玉 剛義
僕の名前は
飛び抜けた才能はないけど特別苦手なことも少ない。しいて欠点を挙げれば、人前が苦手でアガリ症ってところかな。初対面のコミュニケーションとか本当苦痛だよね。
もちろんそんな欠点だって他と比べて多少ってぐらいのもの。でも狭い学校の中じゃ、そんな些細な事だって面白がっていじってくる奴もいる。
そんな奴がまさに中学の同級生。僕はそいつにいじられ、やがていじめへと変化していった。
「反応がウケる」「ちゃんと喋れ」そんなことを言われながら毎日、罵声や暴言、時には暴力も飛んできた。
正直辛かった。相手は一人だったけど、気の弱い僕は反抗できなかった。そいつに睨まれただけで身が竦んじゃうんだ。
ところで僕には双子の兄がいる。いやいた、らしい。
物心つく前に両親が離婚して家族がバラバラになった。だから僕ははその兄の存在をずっと知らなかったんだ。
でも中学2年生になったぐらいの頃、僕はそんな兄の話を母親から聞いた。そしてその兄が同じ学校にいるということを知った。
二卵性の双子。だからか、僕と兄の外見は全然似ていなかった。兄の顔を見た時も「他人だなあ」という感想しか浮かんでこなかったし。
当然というか何て言うか、兄の事はまあ意識はしてた。
僕の控えめな性格とはまた違って、兄は何というかそう…適当で自由な人だった。
学校をサボるのは日常茶飯事。それなのに運動は出来るし成績はほぼ上位としっかり結果を出す。
勉強も運動も努力して平均くらいの僕からすれば、そんな兄の理不尽な優秀さには納得いかなかった。
自慢するわけでもなく、あくまで自然体。でもそれが余計に僕に嫉妬心を抱かせた。情けないのは分かるけど、こればっかりはしょうがなかった。
何でも出来る兄。それなのに僕のいじめには関与してこなかった。あいつだって僕が弟だって事は多分知ってたはず。たまに目が合うし、探るような目をしてたし。
でも助けようとはしなかった。
だから結局、兄とは距離をとって殆ど話すこともしなかった。なんていうか…半分意地もある。お前みたいな奴なんかどうでもいい、関係ない、みたいな。しょうもない意地。
それに丁度その頃、僕を救ってくれた人がいた。それは一人の同級生。
彼の名前は
彼はずっと僕のことを気にかけてくれてたみたいで、ある日真正面からいじめっ子に注意してくれたんだ。
僕はすごく嬉しかった。でもそのせいで竜生君が次の標的になるんじゃ…と心配したけど、そんなことは無かった。何とその日からいじめはピタリと無くなったんだ。
それどころか、そのいじめっ子は僕に一切関わろうともしなくなったし、何なら僕を避ける素振りさえ見せた。
そうして全て竜生君のおかげでいじめは収束。彼は「本当に僕は一言言っただけだよ」って笑ってたけど、僕は心の底から彼に感謝したし、今だって変わらず感謝している。
彼とは同じ高校で同じクラスになったのも最高に嬉しかったな。…まああの兄も同じ学校なんだけど。
「はあ…鳳さん、今日も可愛いなああ…」
そして高校生活も平穏に送る事が出来た僕は、一般的な男子高校生の例に漏れず恋愛にうつつを抜かしていた。
僕の意中の人は鳳小麦さん。尾野崎さんみたいに派手で目立つわけじゃないけど、そのおしとやかな振る舞いが良い。顔も可愛いし。
でも自分からは話しかけられない。だって何話していいか分かんないし。こうして遠くから見てるだけで僕は幸せだからいいんだ。
「それじゃ、ゲームスタートだ」
でもそんないつもの日常は、ある日音を立てて壊れた。
突然訳が分からないことが起きた。僕の頭はパニックで、何もできずにされるがままだった。
「こ、ここどこ…?」
気付くと僕は見知らぬ場所にいた。
やけに蒸し暑い、気持ち悪い植物が生い茂る深い森の中。
「ぼ、僕は確か真田丸君と…」
僕が思い出せる最後の記憶。それは阿鼻叫喚の地獄のような光景。他のクラスメイト同様、化け物になった真田丸君と無理やり融合させられた。
化け物と自分が一つになるあの感覚。自分の体に得体の知れないモノが入ってくるあの悍ましい感覚を思い出し、僕は吐き気を抑えきれなくなった。
「おごっ、うげえぇぇっ!!」
ビタビタと胃から吐瀉物が流れる。
しばらく嘔吐が続き、胃の内容物をあらかた出し尽くした僕は、涙と鼻水でグチャグチャになった顔をゆっくりと上げた。
そして友人と融合したであろう自分の体に、恐る恐る意識を向けてみた。
「ゲホッ…べ、別に変わったところは…無い…みたい?」
最後に見た、のっぺりとした姿の友人。確かに僕はその化け物と融合させられたはずだ。
でも見た目とか感覚は今までの自分と変わりないような気がする。
その事に安堵し、少し落ち着きを取り戻した僕は、改めて自分の状況について考えた。
「ここは…何だか熱帯雨林みたいだ。ヤバいな、早く安全な所を探さないと…。ええと、確か塔がどうのこうの言ってたような。あっそうだ、生徒手帳…」
こんなよく分からない場所は怖い。早く安全な場所まで行きたい。
僕はひどく不安になったけど、あの男の人が言ってた事を思い出した。
「あった。…ええと、鉄の塔…星…そ、そうだ」
あの研究者みたいな男の言葉を思い出す。星を集める。そのためにクラスメイトと殺し合え、ハンターとかいう物騒な奴と戦え。確かそんなことを言っていた。
無理だろ…。
この僕が人と殺し合う?しかも友達同士で?…無理、絶対に出来ない。
しかも見るからに過酷そうなこの環境。これ、ただ生きてくだけでも高難易度だって。
「ま、まずは生き延びなくちゃ…」
いつの間にか持っていた皮袋の中には、水や回復薬なんかが入っていた。効果があるかは分からないけど、お守り代わりにはなるかな。
そして「支給品ガチャ」と書かれた、何ともファンタジーな宝箱を開けてみると、チョコレートが10個入った小ビンが出てきた。一応「
「それと気になってたこれ…。あっ、中にカードが入ってる」
これまたいつの間にか装着していた妙なベルト。そのバックルの中には以前僕たちが引いたカードが入っていた。
あの研究者の話では、どうやらこれを取られたら死ぬらしい。まさに命のカードだ。そして…これをみんなで奪い合うのか。
「やっぱり僕には無理だ…。それにこんな能力じゃあ誰にも勝てないし、身を守る事も…」
そんな泣き言を言いながら手にしたカードにはこう書いてあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【
『調和』の力。様々な生物と心を通わせる事が出来る、森の精霊。魔物との交流は不可。
同期率:29%
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「こ、こんな能力じゃとても戦えないよ…。何だよ木霊って…僕の名前にこじつけただけじゃないか」
絶望だ。こんなしょうもない力でどうすればいいんだ。
怖いし戦いたくない…でもずっとここにいても仕方がないのは僕でも分かる。生きるために、とにかく早いところ水場や食料なんかを探さなきゃいけない。
そう覚悟を決めて動こうとした時、すぐそこの草むらがガサガサと揺れた。
「ヒィッ!…だ、誰?」
変な声を出しながら僕は硬直。でも目の前に現れたのは一匹の小さなネズミだった。ネズミ…尻尾が二つあるからちょっと不安だけど、これネズミだよね?それに何となくだけど敵意も無いみたい。
鼻をヒクヒクとさせて周りの様子を伺う小さなネズミ。その様子を見て、僕はそうだ、と思いついた。
「ネ、ネズミさん。ちょっといいかな?」
小動物相手に何やってんだと自分でも思うけど、木霊の能力の検証にちょうど良いと思ったんだ。
そんな僕の呼びかけに、果たしてネズミは期待通りの反応を見せてくれた。
声が聞こえる。
いや、ネズミが口で言葉を喋るわけじゃないんだけど、鳴き声に合わせて思念というか…テレパシーみたいなのが頭の中に聞こえてきた。
その思念を言葉に表すと次のような感じ。
『なあに?君はだれ?』
その思念に僕は「うわわっ!」と驚いたけど、気を取り直してネズミに語りかけた。
「ぼ、僕の名前は児玉剛義。ちょっと聞きたいんだけど、この辺りに川とか湖とかあるかい?」
『川ならあるよ。こっち』
おお、ちゃんと話が出来る。すごい!
このネズミさん、何と親切にも水場まで案内してくれるらしい。何て優しいネズミさんだろう…いや、もしかしてこれも能力のおかげなのかな?
「心を通わせる」ってカードに書いてあったし、もしかしたら好感度も上げてくれてるのかも。
そんな事を考えてるとネズミはチョロチョロと移動を始めた。置いていかれないように急いで追いかけないと。
20分ほどネズミの案内で後を走ってついていったけど、ちょっときつい。
こ、このネズミ速いし体力ありすぎ…。
「ちょ、ちょっと待って…休ませて」
あまりにもきついので恥を忍んでネズミに休憩。『だらしないなあ』的な思念が聞こえたけど、こればかりは仕方がない。この蒸し暑い環境だって僕には辛いんだぞ。
ハアハアと息を切らせながら休んでいると、不意に横の茂みがガサガサと揺れた。
またネズミか何かかな?と、膝に手を当てながらぼんやり見ていたけど、茂みから出てきたそいつを見て息が止まった。
ガサリと草をかき分けて出てきたのは、何とも醜い緑色の化物。まさしくゴブリンだったのだ。
身長こそ子供みたいに小さいけど、手にはしっかり棍棒みたいな棒を持っている。それに爪も鋭く凶悪に尖っている。
僕を見てニヤァと笑うそのゴブリンを見て、僕の頭は真っ白になった。
「ゲゴフォ、グゲヒヒーッ!」
ニヤつきながら棍棒を手に走ってくるゴブリン。ハッと我に帰った僕は、パニックになりながらも声を絞り出した。
「ま、待って!襲わないで!!」
しかしゴブリンは全然止まらない。ま、魔物不可ってそういうこと!?ゴブリンはやっぱり魔物で、この力は通用しないってこと!?
「ヒィッ」と叫んで僕は身を固くした。ゴブリンは手に持った棍棒を振り上げ、今まさに僕に叩きつけようとしている。嫌だ、あれは絶対に痛い!
でもまさにその時、ゴブリンの顔に何かが貼り付いた。
「ネ、ネズミさん…!」
ゴブリンの顔に貼り付いたのは、道案内をしてくれていたネズミだった。そして身を挺してゴブリンを足止めしながらそのネズミは僕に語りかけた。
『早く、早く逃げて!』
「フガァ!ゴファ!」
でもそんなもの邪魔だと言わんばかりにゴブリンはそのネズミを手で掴み、思いっきり地面に叩きつけた。
ビタン!と叩きつけられたネズミはブハッと口から血を吐いて動かなくなった。
「ごめん…!ありがとう、ネズミさん…!」
僕はその隙を見逃さず一目散に逃げた。
罪悪感で胸が一杯になったけど、武器もない非力な僕じゃどうしようもないじゃないか。
でもゴブリンはしつこく追ってきている。
足はそんなに早くないけど全然引き離せない。くそっ、あのゴブリンどうみても僕より体力があるぞ。このままだとそのうち追いつかれそう。
僕は焦りながら「助けてー!!」と、声を出して走った。途中で変な兎とか蛇とかと目が合ったけど、ゴブリンを見たらすぐに逃げてしまった。助けてよ!
足と脇腹が痛い…。も、もう走るのがしんどい…。
足に力が入らずペースが落ちる。それを見逃さず、緑色の手が僕の襟首を掴み、僕の体をグイと後ろに引っ張った。
「うわあぁーーっ!だ、誰か助けてぇぇー!!」
そう叫びながら僕は無様に後ろにすっ転んだ。そしてニタニタと笑いながら棒を振り上げるゴブリン。今からあの棒で死ぬまで殴られる。嫌だ、嫌だ!
これから始まる蹂躙に僕は絶した。でも、そこに救世主は現れた。
『待ってろ。今助けてやる』
そんな思念と共に現れたのは、さっきのネズミと同じくらいの大きさの黒いリスだった。
そのリスが高く跳躍し、ゴブリンの顔に大きな尻尾を叩きつけた。
「ゲァッ!」
その一撃を受けてゴブリンは大きく仰け反って地面に倒れた。
よく見るとゴブリンは顔中から出血している。あんな小さいリスの尻尾が当たっただけなのに…どうして?
そんな疑問を抱えながら黒リスを見ると、その尻尾はハリネズミみたいに固まり、トゲトゲしたものになっていた。一瞬前はフワフワしていたはずなのに…もしかして硬質化的な力?
いや、そんな事よりも…
「あ、ありがとう!助かったよ」
お礼を言いながら立ち上がり、黒リスに近付く。でもそこでまた黒リスから思念が飛んできた。
『バカヤロウ、まだだ!気をつけろ!』
その黒リスの言葉通り、すでにゴブリンは憤怒の形相で起き上がっていた。
手に握られた棍棒はすでに振りかぶられ、僕の頭を撃ち抜く軌道にある。あ…これもう避けられない。、
でもその時、また僕の頭の中に思念が届いた。
『俺、お前、助ける』
「え?」
その言葉と共に、ゴブリンの頭が一瞬のうちにグシャリと上から叩き潰された。
潰れた頭が胸まで埋まったゴブリンは、少しだけピクピク痙攣した後、急速に体が萎んで崩れ去った。
唖然とする僕の目の前には、2メートルを超す大型の動物?が立っていた。
ワシの頭にライオンみたいな体。一見するとグリフォンみたいだけど、翼は無いし二足歩行だ。それに筋骨隆々のボディビルダーみたいな体をしている。
さっきゴブリンの頭を拳骨一発で潰してたし、恐ろしい力の持ち主だ。
その鋭い眼光を前に僕は一瞬怯んだけど、危ないところを助けてくれたんだ。ちゃんとお礼は言わなくちゃダメだ。
「あ、ありがとう。僕を助けてくれた…んだよね?」
緊張しながらお礼を言うと、その怪物は少し優しい目になって頷いた。
『良かった。お前、無事』
もしかしてこいつ、良いやつなのかも。それに口は悪いけどこっちの黒いリスも…。
そう思いながら、僕は命の恩人である二匹の獣に向き直った。大事な話をするために。
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