第15話 急転


オークから得られたのは栗っぽい見た目の大きな実だった。

オークが死ぬ様を観察していて気がついたのだが、体が萎むにつれこのおでこの実みたいなやつが大きくなっていた。まるで体の養分がその実に集まり、凝縮されていくような光景。何ともまあ不思議な現象である。


だがそんな事は気にせず、迷わずに殻を破り、中身を口に放り込む。

ふおおお〜〜っ!ゴブ豆とはまた違う濃厚な味わい。こっちの方が甘味が強くてかなり美味い。俺は好き。


「おっ同期率が51%に上がってる」


そしてカードを見ると同期率が上昇していた。最近では1%上げるのにゴブ豆が3〜4つは必要だったのに、オーク栗は一つでこれか。やっぱり強い魔物の方がいいもん落とすみたいだな。


「しかしまだ腹減ったな…蜜の大放出かましたからかな」


異常に腹が減った俺は中華ナベで塩味卵焼きを作って食べ、その日は木の上で就寝した。



朝起きて何気なく生徒手帳を見てみると。森ゴブリンの下に「オーク」という記載が追加されていた。やっぱりあれはオークで合ってたようだ。凶暴で残忍な魔物なんですって、野蛮で嫌ねえ。


「よっし、大分近付いてきたな」


ここから見える感じだと塔まではあと二日くらいか。水も食料も大丈夫そうだし、ゴールまではあと少し。気合い入れて歩くとするかね。


……




「よし、今日で辿り着きそうだな」


そして2日後、俺は聳え立つ巨大な塔の近くまで来ていた。ここからだと多分あと半日くらいで着くかね。何事も無ければ、だけどな。


「ただこの辺から匂うんだよな…。獲物をゴール付近で待ち伏せするってのは戦略としちゃあ定石だからな」


必ず目指すであろう鉄の塔。その付近に潜んでいるであろうハンター達の姿を思い浮かべ、俺は警戒しながら塔へ近付くことにした。



「ふうむ…匂いますなあ…」


顔が尻の探偵の如く、俺の危機感知的なアレがビンビン働く。

塔に近づくにつれ、鳥や虫の気配が無くなった。植物達も何だかざわめいている、そんな気がする。そんな力ないけど。

だが確かにすごい緊張感を感じる。敵…近づいてきている、確実に。これは何かがいる。

それにどっかかから獣の咆哮みたいな声も聞こえる。何の声だ…近くで誰かが戦闘でもしてるのか?


耳を澄ませながらゆっくりと歩く。するとその時、また変な声が聞こえた。


「…ゥ…シロ……」


何だよこの声、後ろ?

そして丁度、後ろの方から小さくパキリと音がした。

その音が聞こえた瞬間、俺は横へ飛び退き地面へ伏せた。


——ヒュンッ



それと同時に俺が立っていた場所へ高速の矢が飛来。前方の巨木にトスンと突き刺さった。あ、危ねえ!


急いで矢が飛んできた後方に目を向ける。

そこには、舌打ちをしながら弓を構える眼帯の男が立っていた。

ハンターだ。もしかしてこいつ、初日に俺を襲った弓矢野郎か?


さっきの声は敵の存在を教えてくれたのか?一体誰が?だが今はそんなこと考えてる暇はない。


地面に体を伏せた状態の俺に対して次なる矢を引き絞る眼帯男。何だこいつ、早すぎる。動きに全く無駄が無いぞ。


俺は咄嗟に体を投げ出し、横にあった木の陰に転がり込んだ。

眼帯男の照準はしっかりと俺を捉えており、次の瞬間には俺の隠れた木に矢が突き刺さる。

危ねえ!だ、だが大丈夫だ、貫通はしていない。この木はちゃんと盾の役割を果たしてる。

そこらの巨木と比べると少し心許ない太さの木。だがこの木が俺の生命線。どうか頑張って耐えてくれ。 


しかし追撃の矢は一向に飛んでこなかった。

静かだ。諦めた?いや、そんな訳ないだろ。

敵の動きを確認するため、木の陰からそっと顔を出す。


「…何だ?あいつ何しようとしてるんだ?」


その眼帯男の様子を見て俺は戸惑った。

眼帯男は次の矢を発射せず、弓矢をこちらに構えた状態で目を閉じていた。

どうやら深く呼吸しているようだ。集中している…のか?


だがこれはチャンス。今のうちにここから逃げよう。

そう思ったまさにその時、眼帯男の手と弓矢が淡く光り出した。

そしてその纏った光がみるみるうちに矢へと収束していく。


あれは何だ。

何だろう、すごく危険な気がする。本能的にあれはまずい気がする!

マンドレイクが頭に咲く世界。ゴブリンなんかがいる世界。そして殺し合い上等のデスゲームの世界。

いわばファンタジーな世界。そう、ファンタジーだ。

もしかして…もしかしてこの世界、魔法とかスキルとかが存在するんじゃないのか?いや、普通にありえる。だとしたらあれは———


「…あれは絶対にヤバい!!」



輝く矢を引き絞り、閉じていた男の目がゆっくりと開かれていく。これは、来る。

俺は背中の中華ナベを手に構え、反射的に身を屈めた。

ビリビリと物凄い威圧感を感じる。まるで大地が揺れているようだ。

そして覚悟を決めた次の瞬間。



「ううぅうわああぁーーっ!!」



眼帯男の横の茂みから、我が校の学生服を着た男が突然飛び出してきた。

集中している眼帯男はその出来事に対して反応が遅れた。そして——



バキャドゴオォォーーーン!!!



先の男子学生に続いて、なんと超大型の生物が茂みから飛び出してきた。



それは漆黒のドラゴン。

凶悪に捻れたツノに太い尻尾、背中には立派な翼。そして硬そうな鱗に覆われた、まさにイメージ通りのドラゴンそのものだった。

頭まで5メートルはあるだろう巨体。

その巨体が車くらいのスピードで突っ込んできたのだ。



バキバキと木々を薙ぎ倒しながら疾走してくる黒竜。

その巨体が眼帯男に直撃。男はまるでボールのように跳ね飛ばされて宙を舞った。

手足はあらぬ方向に折れ曲がり、首も180度後ろを向いている。どう見ても即死だ。



「ギャアオオオォォォウ!!、」



黒竜は眼帯男を轢き飛ばしたところで急制動。恐ろしい咆哮をあげた。

そしてこちらを向けて、その恐ろしい口から何かを吐き出すかのようにググ…と力を溜めた。

呆然としていた俺は、その動きを見てハッと我に帰った。ドラゴンがこんな動きをしたら次に何が来るのかは分かりきってる。


「ブレス…おいマジかよ!」


俺の横をさっきの男子学生が駆け抜ける。俺も急いで竜の正面から外れる軌道でその場から駆け出した。


轟音と共に極大の黒い閃光が走る。極黒の閃光は走る俺たちの横を通り抜け、射線上の森が消滅した。

あ、危ねえ…あんなもん当たったら死体も残らんぞ!

凄まじい衝撃と爆風が荒れ狂う中、俺たちは必死に走り続けた。


「くそっ、本当に何なんだよ!!」



走る。とにかく走る。

俺の前を走る男子学生の背中を追いかけるように全力で走った。誰だか知らんがなんてもん連れてくるんだ。肩に黒いリスみたいな動物乗せやがって…風の谷かよ。

あ…気付かなかったけど女子もいたのか。え…何か透けてない?全然存在感ないんだけど、生きてる人ですよね?


まだまだ後ろから破壊音と足音が聞こえる。案の定黒竜は俺たちを追いかけてきているようだ。自然破壊の権化と化している。


「はあっ、はあっ、くそっ!おい!お前ふざけんなよ!アレなんっとかしろよ!」


しかし前を走る男子学生は俺の叫びに見向きもせずに走り続けている。くそっ、そもそも誰なんだよこいつ!顔見せろ!


死ぬ気で走っているが所詮は人間。あと数秒もすれば黒竜との距離は無くなってしまう。

このままだとすぐ追いつかれて食われる!くっ…仕方無い、アレを使うしかない!



俺は頭から黒い球状のキノコを生やし、すぐにそれを収穫。そして走りながらそのキノコを後方に向けてポイと投げた。

そしてキノコが地面に着いた瞬間、パン!という軽い音と共にポワワ〜ンと辺り一帯に凄まじい激臭が立ちこめた。


「グギャオオォォォオン!!!」



糞尿とザリガニの死体をかき混ぜて数日発酵させたような異次元の匂い。それが黒竜の鼻を襲い、その場で猛烈に暴れ出す。


今がチャンスだ。

その隙を逃さず、俺と男子学生、それと存在感の薄い女子生徒は無事その場から離脱した。


……




「はあっ、はあっ…うっげ、腹いてぇ…」


しばらく走り続けたせいで横腹が痛い。どうやら逃げ切っただろうと判断したところで、俺たちは足を止めて切らした息を整えていた。


例の男子生徒は地面に倒れ伏し、肩で息をしている。そしてその横で黒いリスみたいな動物が心配そうにそいつを見ている。何だろうこの生き物、可愛いのう。

あれ、そういえば女子はどこ行った?さっきまで確かにいたような…あ、いたわ。本当に存在感薄いな。


「まあいいや…おい」


とりあえずそれは置いといて、俺はよろよろとその男子のところまで歩き声をかけた。、

呼ばれたそいつはゼエゼエと息を切らし、そして俺に顔を向けた。


「はあ、はあ、はあ…ご、ごめん。僕も必死で…」


そう気弱に言ったそいつはやはり俺のクラスメイトだった。

クラスの中では全然目立たない大人しいやつ。俺とは殆ど話したことがない、でも何故だか俺のことを避けている変なやつ。


「お前…児玉 剛義つよしか」


「あ…瑠璃丘…」


そう返答した相手、児玉剛義は俺を見た途端にその目つきを鋭くするのだった。

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