第13話 ハンター余裕でした


ポリ、ポリ…


慣れてきたとはいえこの樹海は異様に蒸し暑い。そんな熱帯気候の密林の中、俺は遠くに見える塔に向かって進んでいた。


飲料水の不安があって川辺から離れる事になかなか踏ん切りがつかなかったが、ついにそれを解消する素晴らしいアイテムを見つけ出したのだ。


「これ、なんか中国の老師みたいだな」


俺が皮袋から取り出したのは、ペットボトルサイズの瓢箪ひょうたん。何とこの瓢箪、自生している時から中が空洞になっていて、そこにちょっぴり苦い水が入っているというモノだったのだ。


ちなみにこの瓢箪は「シッコの実」という名前で、入っている水を飲むとすんごい量の尿が出る、という恐ろしい効果だった。

やはりと言うべきか、俺はその水を飲んでも平気だった。どうも植物由来の毒は謎の力で打ち消してくれるらしい。何なら逆に水分が取れるくらいだ。

しかし普通のやつがこれを飲んだら確実に脱水まっしぐら。とても危険な代物なのだ。


空っぽにしたその瓢箪の中に川の水を入る。これで簡易水筒の出来上がりだ。

そして飲み口には蓋代わりに、その辺の木の皮を丸めてねじ込む。原始的だが、今この場においては非常に頼りになるアイテムだ。

その瓢箪がこの皮袋の中には数本。これでしばらくは飲み水には困らないっていう算段だ。

 

ポリ、ポリ…


て、さっきから俺が食ってるのはゲルリロの種。体を最適化する、みたいなよく分からん効果がある種だけど、俺は味が好きだからオヤツ代わりにこうして食っている。マカダミアナッツの上位互換みたいな味がしてめちゃくちゃ美味い。心なしか最近体の動きも良くなってきている気がするし、良い効果が出ているのかもしれない。



しかしここに来てからもう一週間。森歩きにも慣れてきたし、魔物を相手にすることにも余裕が出てきた。

幸運にも未だに強い魔物には遭遇せず、ゴブリンしか見ていない。出来れば巨大モンスターみたいなヤツとは出会いたくないもんだ。

そういえば生徒手帳の巻末に「魔物図鑑」という項目が追加されてるのを最近見つけた。そこには『森ゴブリン』という記載しかなかった。どうやらあいつらは森の生活に特化したゴブリンらしい。ちなみに足卵は図鑑に書いてなかったので、あれは魔物ではなく普通の生物なんだろう。


気付いたと言えば、同期率の秘密にも気付いてしまった。

何とゴブリンのお豆、あれを食べた時に同期率が上がったのだ。

…そこに気付くとは…やはり天才か。まあ気付いたのは偶然なんだけど、謎を解き明かしたみたいで興奮したもんだ。

いやまあ同期率が一体何なのかはサッパリなんだけどね。でも数値が上がるって何だかステキやん?それにゲームのステータスみたいで楽しい。オラワクワクすっぞ。


それに気付いてからは更にゴブリンを狩りまくったね。あんなやつら複数で来ても、粘着液で足止めからの棍棒フルボッコでキル余裕でした。

そんな訳でゴブ豆も大分食った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 【混沌茎マンドレイク+】 ☆1 

 『再現』の力。その混沌は全ての植物を喰らい、そして成長する。


  同期率:49%


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



同期率の数値はかなり上がったけど、最近は上がりが悪くなってきた。数値を1%上げるのにも豆が数個必要だ。

うーむ、俺の体はもはやゴブリンでは満足できない体になってしまったようだ。もうゴブリン君、責任取ってよねっ。


「よし、こんなもんだろ」


そんなアホみたいな事を考えながらも並行して行っていた作業が終わり、俺は素早い動きで近くの岩陰に身を潜めた。そして背を岩に預けながら様子を確認。


「…知らんおっさんだ」


しばらくするとそこに一人の男が現れた。

ファンタジーな革装備を身に付けたその男は、コソコソとした動きでこちらの様子を伺っている。


実のところ、俺は昨日から何者かの視線を感じ取っていた。「貴様…見ているなッ!」と言ってやりたかったが、相手が分からない以上そこはグッと我慢。

ゴブリンならこんな回りくどいことしないで速攻襲ってくるし、知り合いなら多分声ぐらいかけてくるだろう。

そのどちらでも無い以上怪しさ満点。もしかしたら初日に矢をぶっ放してきた頭おかしい野郎かもしれん。

そう考えた俺は丁度良い場所を探し、こうして罠を張る事にしたのだ。


以前は危ないやつがいたら逃げる、という選択肢しか無かった。しかしマンドレイクの力を得てゴブリン絶対殺すマンと化した今の俺は違う。

搦手ありなら多分そうそう負けることは無い。そんな自信が俺にはあるのだ。



男は警戒しながらこちらへ近付いてくるが、すぐに立ち止まった。木と木の間に、ピンと張られた長いツタに気づいたからだ。

このまま進めばツタが首にかかってしまう。男はわずかにしゃがみ込み、中腰でそのツタを避けた。

そして一歩足を踏み出すが、そこは俺が厳選した場所、そう急角度の下り坂だ。


地面にはぬるぬるとしたローション状の液体が撒かれており、男はその地面を思い切り踏んでしまう。かかりおったわ。


「おわっ、おわわわあーーっ!!」



漫画のごとく足をバタつかせ、男はステーーン!と豪快に転倒。

そしてM字開脚の体勢でツルーーッと坂道を下ってゆく。


「うわっ、とめっ!と、止めろーーっ!!」


この下り坂は長い。何せ違いの分かるこの俺が厳選したのだ。

男はさらに滑る勢いを増す。その体勢はもはやV字開脚に昇華しており、尻を突き出しながら滑走。うーむ実に見事なフォーム。10点!


「よし、読みはバッチリ」


そしてすごい勢いで滑走する男の行く先には、地面から生えた黒い腕。その黒い腕が2本噛み合い、まるでカンチョーのような手の形になっている。

勢い良く滑る男。待ち受ける黒い手。そして———


     

「…ジ・エンドだ」



アッーーーーーー!!

(アッーーー…!)

 (…アッー…)


     

深い森の中に男の絶叫が響き、その声が美しくこだまする。


「死して屍拾う者無し…」


俺は姿を晒し、白目を剥いた男に両手を合わせた。むう、尻に刺さった黒い手が何とも痛々しい。

そしてガムフラワーの蜜をかけ、男の体を大木にしっかり固定。拘束完了である。


「ううむ、完璧すぎて自分が怖い」


坂道手前に撒いておいたのは「ヌルポギ」という低木の樹液。これはほとんどローションみたいな樹液で、いろんなことに使えそうだと前々から考えていたのだ。

そしてあの黒い手は何とキノコの一種。名前は「ウデタケ」といって、キクラゲみたいな感じがみっちみっちに凝縮された、やけに硬いキノコだ。

その形はまるで人間の腕みたいなキモい形をしていて、頭から生やすと割と自由に手の形を変えられる面白いキノコだ。

そして理想のカンチョーフォームで生やした2本のウデタケを収穫し、あの場にガムフラワーで固定した、という訳だ。


正直こんなキノコ遊びにしか使えんと思っていたが、予想に反してしっかり罠として活躍してくれた。下らないもんでも意外と使い道次第で化けるのね。


さて、じゃあじっくりと彼が目覚めるのを待つとしようか。



   

「う、うぅ〜ん…」


「お、ようやくお目覚めか」


ようやく男が気絶から立ち直ったようだ。

ゆっくりと目を開け、俺を正面から見据えた男は、一睨みした後チッと舌打ちを打ち鳴らした。体ごと手足を木に固定された自身の姿を見て、今の状況を理解したらしい。


「さて、あんたにはいくつか聞きたいことがある」


「チッ……」


「あんた何で俺を尾けてきたんだ?目的は何だ?」


「……」


しかし俺の問いに男は全く答えようとしない。尻が痛いのか、モゾモゾと下半身を動かすのみだ。

さらに質問をするがやはり答えようとしない男。ふう…仕方がないね、やっちゃうよ?俺、やっちゃうよ?


「仕方ない…あんまりこういう事はしたくなかったけど」


「な…!お、お前それはまさか」


「おや、知ってるのかい?これの事を」


俺は下痢の実ことゲルリロの実を頭から生やし、一つもぎ取って見せた。食べると下痢まっしぐらの果実、男はその存在を知っていたようで今から何が行われるのかを察したようだ。


「さらに俺のターン!ドロー!召喚、シッコの実!」


ノってきたぜえ。俺はさらに瓢箪型のシッコの実を頭から生成。そのシッコの実を見て男はさらに顔を青ざめさせる。

あー何か楽しくなってきた。おそらく今の俺の顔は某カードゲーマーのコラ画像のように顎がしゃくれている事だろう。


「まだだ、ずっと俺のターン!ドロー!召喚、オクサレボム!」


そして俺は最後にオクサレボムを生成。キノコの一種だが、球状のそれはまさに爆弾。恐ろしい破壊力を秘めている。

博識な男はそのオクサレボムを見てガタガタと震え出すが安心して欲しい。これ本当にすっごい臭いから実際に使うつもりはないよ。ただの脅しですよ脅し。


「さて、こんなもの口に入ったらどうなっちゃうんでしょうねぇ…」


フヒヒ…と俺がいやらしく笑いかけると、男は観念したように口を開いた。


「…お、俺は『ハンター』だ。このゲームでお前らガキを狩る役割のハンターだよ」


「ゲーム?ハンター?…この試練とやらは何かのゲーム的なやつなのか?。それに『お前ら』と言ったか?他にも俺みたいなのがいるのか?」


「…お前らのゲーム内容は詳しく知らん。俺はただ星が欲しいだけだ。…それと、お前の他にもガキがいっぱいいるはずだ。魔獣の力を持ったガキ共がな」


「やっぱりいるのか…。最後の記憶は学校だったし、やっぱクラスメイトか?それに星ねえ。生徒手帳にも書いてあったけど…もしかしてお前の胸に付いてるそのカードの事か?」


そう言って俺は、男の胸に付いている『ハンター ☆1 』と書かれたカードを掴む。しかしその瞬間、突然男は激しく暴れ、叫び出した。


「おいバカやめろ!やめてくれ!それを取るな!!」


ガッチリ体を固定されながらも激しい抵抗を見せる男。

これは怪しい…。やはりこのカードには何かある。その秘密、俺でなきゃ見逃しちゃうね。


俺は構わず、無言で男の胸のカードをベリっとはがした。


「おい!おいやめろ、戻せ!返せ!!早くうーっ!!」


すごい暴れるじゃん…。

これじゃ話にならんし、一回戻そか。


喚き散らす男の胸にペタっとカードを戻す。ちゃんとくっつくのね、これ。

すると男からしなしなと力が抜けていき、何だかぐったりとしてしまった。


「…そのカードって何なの?あんたは何で星を集めないといかんの?」


確かに星を取られたら死んじゃうとか手帳に書いてあったけど、この反応はいよいよ真実味帯びてきたな。

何かこいつもぐったりしちゃったし、今のうちに情報を聞いておきたい。


「そ、それは…。…お、俺はこの星を集めないと死ぬんだ。俺たちハンターは、全員何かしらやらかした死刑囚…なんだ」


ボソボソとした声で男が言葉を吐き出す。


「…そして死刑を逃れる条件が星だ。星一つにつき10年の自由が得られる。お前のベルトの中にあるんだろ?俺は…俺たちはそのカードの星が欲しいんだ」



なるほど。

なるほど、なるほど。そういうゲームか。

あれか、いわゆるデスゲーム。権力者とかそういう偉い奴に無理矢理やらされてるってところか。 

…いや、無理矢理じゃないのか。

むしろこいつらにとっては「チャンス」か。子供からカードを奪えば死刑が遠くなるんだもんな。喜んで参加してるんだろう。


だがこっちはそんな事で殺されてはたまらん。

初日のやつも明らかに殺しにきてたし、多分こいつもそうなんだろう。カードを奪われたら死ぬ疑惑があるし、結局は命を奪いにきてる事に間違いはないはずだ。

自分が助かるために他人を殺す。結局そういう事なんだよなあ。


こいつらも、そして俺も。


「どの道これは必要なんだよな」


そう言いながら俺は、再び男の胸からカードを剥ぎ取った。


その瞬間男は「おい!!返せえぇーーっ!!死ぬ!死んじまう!」とまたも絶叫するが、俺はただ黙って拘束された男を見ていた。


これは必要なことだ。

どうやらこれはイカれたゲームらしい。自分が助かるためには他人の命を奪わなければならない。

ならば情報が必要だ。俺には知識が、情報が圧倒的に足りない。全くと言っていいほどに。


星を集める。どうやらそれがこのゲームの肝らしい。俺も集めるし、敵も集める。

ならば知っておかねばならない。星が奪われた人間がどうなるのかを。


粘着液で拘束され、唾を飛ばしながら喚き散らす男をじっと観察すること約3分。そこで急に変化が現れた。

それまで大声を出して激しく抵抗していた男が、ピタリと動きを止めたのだ。


そして目と耳と口からドロリと血が流れ出し、男はガクリと脱力した。


どう見ても死んでいる。


「おいおい…これがカードを奪われた人間の最後かよ。原理は分からんが、こりゃマジでカードを取られるわけにはいかなくなったな」


そして男が死ぬと同時に、俺が手にしたカードがポン、と音を立てて一つの銀色の星に変わった。


「星…なるほど、これの事か」


急にカードから変化したその小さな星をつまみ、まじまじと眺める。


「…うーん、まるでオモチャだな。こんなもんを命かけて奪い合うのか」

 

俺の口からふう、とため息が漏れる。


まるで出来の悪い小説だ。まさかこんな事が自分の身に起こるなんて考えもしなかった。

星は命そのもの。そしてその星を3つ集めなければ多分ここからは出られないんだろう。ここまで人の命を遊びみたいに使うんだ、本当にそれしか道は無いんだろうな。


俺には星が必要で、ハンターも星を求めている。そしておそらくいるだろうクラスメイトも、きっと俺と同じような状況なんだろう。


つまりここでは誰もが敵。逃げ場もなく、どこまでも孤独な戦いを強いられる。

狩るか狩られるかのデスゲームだ。


「…なら、やるしかないか」


すでに動かなくなった男へと目を向ける。死体だ。俺が殺した人間の死体。

何故か分からんが、人を殺しても俺の心には全く動揺が無かった。自分の意思で殺したにも関わらず、だ。

変化…してきている。そりゃ頭には変な植物も生えてるし、色んな見えない部分も変わっているんだろう。何ならもう普通の人間じゃないのかもしれんな。

それなら最後までやってやる。このクソみたいなゲームをクリアしてやるんだ。


それより何より、自分でもおかしいと思うが俺は少しだけ楽しくなってきていたのだ。


楽しい。そう、俺は今楽しい。


いつ命を落とすか分からない、そして同級生とも殺し合うかもしれない、そんな状況に。どこかワクワクする気持ちがあるのだ。

この気持ちはどうしようもない。


「……ア……ァ……」


そんな時、何か声のようなものが聞こえた。しかし周りを見渡しても何もいなかった。うーむ、気のせいだろうか。植物いっぱい生やしたし疲れが溜まってるのかもしれんな。

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