第12話 対大アリ戦
「やるぞ!赤羽!」
「ら、らじゃ!」
拳士郎の掛け声と共に、翔子が大アリへ向けて石を投擲。
およそ女子が投げ放ったとは思えない速度で石は大アリへと向かうが、大アリはその投石に反応し。左の前脚でガードした。
ゴガ、と音を立てて石は粉々に砕けるが、大アリの前脚にダメージは見られない。
「くそっ!近付けねえ!」
その隙に攻撃を叩き込むべく鉈を手にして機を伺うが、大アリは隙を見せない。投石をガードしても大アリの使える脚はまだ三本もあるのだ。
鉤爪のように鋭くギザギザとした脚を器用に動かし、拳士郎の体に組み付こうとしてくる。
拳士郎が振るった鉈は、ガキン!とあっさり前脚に跳ね除けられる。やはり硬い。何なら鉈の刃が先に欠けそうだ。
「いっそわざと捕まって爆発叩き込むか…?いやダメだな、あの硬い甲殻に通じるとは限らねえ」
伸ばしてくる右の前脚を首を振って躱し、左から迫る中脚をしゃがみ込んで回避する。
そして同時に伸びてくる右の中脚に向けて拳士郎は拳を合わせた。
「おらッ!!」
拳士郎の打ち出した左手と大アリの右中脚が接触し、ドゴム!と音を立てて爆発。
衝撃波に乗ってゴロゴロとその場から離れた拳士郎は、すぐに大アリの状態を確認するが、
「案の定かよ…。硬すぎだろうが」
その結果に文句をこぼす。
だがそれもそのはず。爆破をかました大アリの右中脚、その爪の根本あたりには一応だが傷は付いていた。
しかしそれは、ごくごく小さなヒビ割れのような傷で、殆ど戦闘には影響が無いようなダメージだった。
これじゃいくら爆破してもキリが無い。そもそもこっちは数発撃つのが限界。持久戦じゃあ勝ち目が無い。
「表面じゃなくて関節狙ってみるか…?脚をもいでから首を破壊する。それか、あるいは…」
拳士郎は思案しながらも間合いを保ち、大アリの腰についているベルトに目を向けた。
「あそこからカードを抜き取るか、だな」
あの男は言っていた。カードを手放して3分経つと死ぬ、と。
ならばカードを抜き取り、3分間死守すれば勝てるはずだ。
しかしこの作戦には懸念がある。それはロック機能の存在だ。
あの大アリがまだ人間だった時にベルトをロックしていたら、ただボタンを押すだけでは開かない。横のつまみを操作してアンロックする作業が必要になる。
幸いにもあの大アリの動きはそれほど機敏ではないようだが、それでもその工程を踏むには不安が残る。
ハードルが高い。それがその作戦に対する拳士郎の率直な感想だった。
「しかし、それしか手がねえってのも事実なんだよなあ」
そうして、カード抜き取り作戦を試す事に決めた拳士郎だったが、そこで突然目の前の大アリの挙動が変化した。
今まで二本足で立っていた大アリが、普通のアリと同じように脚を6本全て地面に着けたのだ。
その体勢のまま拳士郎へ向かって猛然と駆け出す大アリ。
「なっ、速っ…」
突然のスタイル切り替えに加え、予想以上の動きの速さ。驚いた拳士郎は反応が遅れてしまう。
保っていた距離など一瞬のうちに溶け、気付けば大アリの開かれた大顎が眼前に迫っていた。
やべ、避けきれねえ!
拳士郎の首元へ迫る大顎。だがあと数センチといったところで、大アリの顔面に衝撃が走った。
翔子の投げた石が見事に大アリの顔面を捉えたのだ。
生じた一瞬の隙を見逃さず、拳士郎は横に転がるように身を放り投げた。
ガチン!と音を立てて噛み合う大顎。
心の中で翔子に礼を言いつつ、地面に這った体勢で大アリに向き直る拳士郎。だが大アリの攻撃の手は緩まない。
異常な動きで方向を切り替え、ガサガサと恐ろしい速度で拳士郎の下へと再び迫る。
「だからっ、速すぎだろうがッ!」
地面に手をつき爆破させ、その煙幕に隠れて再び横へと転がる。
だが大アリは煙幕をものともせずに突き破り、その前脚の鉤爪を拳士郎の左足へと引っ掛けた。
「ぐっ!」
地面へ転倒する拳士郎。後頭部を軽く打ったが、それどころではない。
大アリは素早い動きで拳士郎の上へとのし掛かり、そして大顎を開いた。
「ぐああーっ!!」
大アリの鋭く重厚な顎が、拳士郎の右肩に噛みついた。
凄まじい咬筋力に肉が抉られる。このままだとすぐに千切れる!くっそまずい!こいつはやべえ!
大アリの頭や体にガキン、ゴキン!と翔子の投石が当たるが大アリの噛む力は揺るがない。くそっ、明らかに投石はダメージになっていない。
拳士郎は痛みで整理がつかない頭で考える。
力をさらに解放するしかない。このまま殺されるよりかはマシだ。やるしかねえ!
制限していた意識を緩め、腕に魔獣の力を込めていく。
その意思に呼応するように拳士郎の右腕全体がボコボコと脈動し、シュウゥと赤い腕から蒸気が発生する。
そして意識が持っていかれる感覚。頭の中が前後不覚になり、夢か現かの判断も出来なくなっていく。
「が、ぐ、ぐ、ぎ、、!」
そうして蒸気を発生させた右腕を大アリへ向けんとした、その直前——。
「だあありゃあぁーーっ!!」
勇ましい掛け声と共に、何かが大アリの顔面に突き刺さった。
それは赤羽翔子。
しかしその姿は異質なものになっていた。
赤茶けた翼に変化した両手。白目は黒く染まり、食いしばった歯はまるで牙のように鋭く尖っている。
そして大アリの顔面に突き刺さり破壊をもたらしたのは、鷹のように鋭い爪を持った脚を用いての、強力な飛び蹴りだった。
「あか、ばね…。お前…」
「大丈夫!やっちゃって大破君!」
その翔子の返答を聞いて拳士郎は我に返った。そして瞬時に頭を切り替える。不思議と、今度は冷静に右手へと意識を向けられた。
大丈夫だ、自我は保てている。
蒸気が立ち上った右腕。今までよりもずっと力の規模が大きい…が、いける。大丈夫だ。
「おっらあぁーーッ!!」
赫く脈動したその右腕を振り上げ、大きく亀裂が入ったその大アリの頭へと、拳を叩き込んだ。
ボッ!ズゴオオォォォン!!!
今までとは比較にならない程の大爆発。
地面が大きく揺れてクレーターのように抉れ、辺りには暴風が吹き上がる。
辺り一帯に衝撃波が広がり、小さな岩山などは吹き飛んでいった。
そしてパラパラと岩片が落ち、静寂が戻ると、そこには上半身が消し飛んだ大アリの遺骸が残るのみだった。
「やっと…終わったか」
そう言い、拳士郎はガクリと膝をついて地面へ座り込んだ。
「…おい、赤羽。お前大丈夫か…?」
右肩から大量の血を流し満身創痍の拳士郎だったが、それよりも気になるのは翔子の方だ。
見た目もそうだが、あの力は明らかに異常だった。確実に融合した魔獣の力を引き出している、それも大幅に。
殆ど魔獣と化していたあの姿を思えば、翔子の精神も蝕まれていてもおかしくないはずだ。
「あはは、何とか大丈夫だよ。あの姿はすぐに解除できたから」
しかし翔子の返答はいつもと変わらない調子で、それは拳士郎を大いに安堵させた。
そして自身の傷を治すべく、皮袋から回復薬を一つ取り出してグイと一気に飲んだ。
大アリに噛みつかれた右肩の傷はみるみるうちに癒えていく。こいつはすげえな。
回復薬は節約したいところだが、肩が裂けていたんじゃ動けたもんじゃない。ここが使い所だろう。
「お前、あんな力使えたのか。もう少し早く言えよな」
「いやーそれが自分でもビックリなんだよね。まさかあんな事が出来るとは。少しの無理もしてみるもんだねぇ」
そう言って笑う翔子。その能天気ぶりに呆れかけた拳士郎だったが、その翔子の言葉にふと思う。
「少しの無理、か…」
そう呟き、未だプスプスと煙が立ち昇る自身の右腕に目を向けた。
あの時自分は暴走覚悟で力を使ったが、その力は思いの他コントロールの内側だった。
これは、同期率が上がった事が原因なのか?
それとも力の使い方が分かってきた、つまり「慣れ」がコントロールを上手くさせたのか。
結局結論なんか出ないが、これだけは言える。
「どんどん力は使って、自分の限界は把握しておくべきだな」
そう当面の方針を定め、拳士郎は諸々の確認をすべく大アリへと歩み寄った。
「私たち、クラスメイトを殺しちゃった、ね…」
「今さらそんな事言っても仕方ねえだろ。あの状況じゃ、やらなきゃ俺たちが殺されてたんだ」
「そ、そうだよね…。はあ、このアリ一体誰だったんだろ…」
下半身だけになった大アリ。そのベルトのロックをカチリと外し、拳士郎は中からカードを取り出した。
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【
『掘削』の力。どんな地盤にも穴を掘り、土中を移動しながら敵を襲う。
同期率:21%
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「キラーアント…おいおいマジか、あれで星一つかよ」
「同期率21%…星一つなのに少し低めだね。何か無理してああなっちゃったのかな…」
二人でカードを確認していると、急にカードがポゥンと音を立て、一つの星になった。
「これはハンターの時と同じだね。あ、でもすごい!金色だ」
不思議な現象だが、すでに見ているので大して驚く事もない。だがさっきと違った部分が一つ。星の色が銀色ではなく金色だったのだ。
何が違うんだろう、と翔子はその星をツンツンとつつくが、見た感じ色以外に銀色の星と違った様子は無い。ともかく星は星だ、深く気にしないでいいだろう。
「星一つであの強さ。相手の星が少なくても油断はできねえって事だな」
「そうだねえ。あ…それなら星二つ以上の人が暴走しちゃったら、逃げた方がいいのかも…」
思い浮かべるその状況。今の自分たちではおそらく対処できないだろう。
ハンターにしても暴走したクラスメイトにしても、出会えば戦闘確実だ。当面は同期率を上げることに注力した方が良さそうである。
「それじゃ赤羽。ちょっとその辺りにこいつの荷物が落ちてないか探すぞ」
…
そして一時間後、翔子が一つの皮袋を手に戻ってきた。
「あったよ大破君。…でも私。これ見るのちょっと怖いな…」
あの大アリの正体を知るのが怖い。
その気持ちは拳士郎も分かるが、それは横に置いといてちゃんと確認しなければならない。
土で汚れた皮袋の中を見てみると、中に入っていたのは生徒手帳、残り三分の一ほどの水のペットボトル、回復薬が一つ、それと豪奢な懐中時計だった。
生徒手帳は近くに落ちていたのを拾ったと翔子が言っていた。多分魔獣に変化した時にでも落としたのだろう。
拳士郎はそっとその生徒手帳を開いてみた。
「こいつは…堀田だったのか」
堀田聡。
クラスの中でもお調子者で、いつも皆を笑わせていた愛嬌のあるやつだ。
拳士郎も翔子も深い付き合いこそ無かったが、クラスのムードメーカーとしての堀田の姿はよく覚えている。
「堀田君…ごめんね」
人が死ぬことに動揺は少なくなったとはいえ、やはり見知ったクラスメイトの死亡は堪える。それも理由はどうあれ、結果的に自分たちが殺したとなれば尚更だ。
「…悪かったな堀田。さっさとこのクソみてえなゲーム終わらせて、あのニヤけた野郎を思クソぶん殴ってやるよ」
そう言って拳士郎は大アリ、残った堀田の下半身も全て爆破し、消し炭にした。
そして堀田の皮袋の中身を全て自分の皮袋へと移し、地面に落ちていたそれを拾い上げた。
「…それと悪いが、これも貰っていくぞ」
それは一本だけ千切れて吹き飛んでいた堀田の前脚。
先端が鋭い鉤爪になっており、耐久性も高い。鉈よりも立派な武器になるだろう。
その前脚を握りしめ、二人は鉄の塔へと歩を進める。
様々な気持ちを胸に抱えて。
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