第11話 対ハンター戦
「いる…。あそこの岩の陰、岩壁を背にしてこっちを伺ってるよ」
岩の隙間から顔を出してた翔子が拳士郎へ情報を伝える。
翔子は【ハーピー】の特性か、元から良かった視力が更に上がっている。おそらく今視力を測ったら5.0ぐらいはありそう、と翔子は言っていた。
その視力を生かして翔子は物見役を担う。
初撃は意識の外から狙撃されたので喰らってしまった。しかし相手の場所さえ分かっていれば、飛んでくる矢など余裕でその目で見切れるのだ。
「…多分だけどね。見切れる、はず」
この異常に上がった視力に、翔子も最初は戸惑っていた。
今までの感覚とズレが大きく、知覚した情報と自分の体が噛み合わなかった。飛んでいる虫でさえ目を凝らせば細部までハッキリと捉えられる、そんな今までとは全く違う異常な感覚。すぐに慣れることが出来ないのは当然の事だ。
その感覚のズレゆえ、最初に魔物に襲われた時も余裕でその動きは見えていたが、恐怖とその感覚のズレにより派手にすっ転んでしまったのだ。
だが今は違う。
この体に慣れたのか、同期率が上がったせいか。かなり体のコントロールは上達しているように思える。
だから例え飛んでくる矢でも、来る事が分かっていれば多分くっきりと見える。そして今ならそれに体の動きも付いていける。そんな自信があるのだ。
「そんじゃ目眩し作戦で特攻するぞ。赤羽、お前は石でも投げて援護してくれ」
「らじゃ!」
拳士郎の作戦に翔子が敬礼で応える。その様子に口元を緩めながら、拳士郎は【ボム】の力を解放した。
「俺は未だに手でしか使えねえからな…おらよっと!」
赤く染まった左の掌を地面へ叩きつけた瞬間、ズゴオォォン!と轟音が鳴り、地面が爆ぜた。
衝撃と爆風によって岩片、そして砂煙がその場に舞い上がる。そんな即席に作り出した煙幕の中、拳士郎は敵に向かって駆け出した。
「ちっ!あのガキ、クソみてえな小細工を!何にも見えねえじゃねえか」
そう悪態を吐くのは弓に矢を番えた青髪の男。年は30後半ほど、人相が悪く無精髭を生やしたその顔には清潔感の欠片もない。
だがその武装は整っている。軽鎧に弓矢、腰には鉈と、日本の高校生相手には些か度が過ぎている装備だ。
しかし相手はただの子供ではなく、人外の力を持っている。その事を知っている男は、子供相手でも気を抜くことはしない。
どの道煙幕を抜ければ姿が見える。それが分かっている男は壁に背を預け、冷静に弓矢を構えた。
そしてボッと煙幕から飛び出る影を捉え、その標的へ矢を放たんと男は指に力を込めた。
「ぅがっ!!」
だが矢を放つ寸前、男の指に拳ほどの大きさの岩がめり込んだ。
男の弓を持つ左手、その指のうちの2本がグシャリとひしゃげ、男は苦鳴を上げながら弓を取り落とした。
「やった!大当たりー!」
投球後のフォームのまま、放った石がクリーンヒットした事に喜ぶ翔子。
その結果に「やるじゃねえか」と笑いながら拳士郎は更に駆けていく。
「あ、あの距離から投石だと…!?しかも砂煙でろくに見えないはずなのに…!くそっ、化け物が!」
「化け物で悪かったな、オッサン」
そして男の眼前まで迫った拳士郎がその拳を振りかざす。
「舐めるな、ガキが!」
しかし男も幾多の修羅場を潜ってきたのだろう。瞬時に右手に持った矢も手放し、腰の鉈を抜いて拳士郎の拳に合わせた。
「んなもんフェイントに決まってんだろ」
しかし拳士郎の方が上手だった。
拳士郎は振り上げた拳を寸前で止め、体を反らせる事で下からの斬撃を回避。そしてそのままそっと左手を男の腹部へと置いた。
ただそれだけ。
だがそれが勝負を決めた。
ボゥン!と爆発音が鳴り、腹から煙を吹き出しながら男が後方へ吹き飛んだ。
「… あのオッサンがバラバラになってねえ所を見ると、ちったあ力の調節が出来たみてえだな」
肉の焼ける臭い。それを不快に思いながらも拳士郎は自身の力のコントロールに多少の手応えを感じていた。
自分が得た力は殺傷力が高い。ならば出力は最小限で十分だ。
使いすぎると意識が化け物に持っていかれかねない危うい力。それをこの状況で生かすには力の調整、それこそが最も重要なのではないかと拳士郎は考えていた。
「まあ、それが一番難しいんだけどな…」
そう呟きながら拳士郎は、倒れ伏す男に近付いていく。
腹に大穴が開き、血が大量に流れている。あれでは反撃はおろか、体を動かすことすら困難だろう。
警戒しながら男の側まで来た拳士郎は「おい、オッサン」と声をかけた。
口からもゴボボと赤黒い血を流す男は、定まらない視線を拳士郎へ向ける。
「オッサン、あんたハンターってやつか?星は持ってるのか?」
「…ハン、ター…。今は…そう…だ…。星…胸のカード…」
どう見ても男はもうすぐ死ぬ。必要な情報を聞き出したい拳士郎は早口で質問したが、意外にも男はすんなりと答えてくれた。
拳士郎が男の胸を見ると、シンプルなカードが取り付けてあるのが見えた。おそらくこのカードが重要な、星とやらなのだろう。
「あんたみたいなのがいっぱいいるのか?あんた一体何なんだ?あんたは何で星が欲しいんだよ」
「俺たち…は…死…囚…。グボッ……!」
しかし男は大量の血を口から吐き出し、もはや何を言っているのか聞き取れない。
「おい、今何て言った?おい!」
「…ぅ、あぁ……母…ちゃ…も…いち……」
そう最後に呟いた男の目から光が消え、男は二度と動かなくなった。
「…ちっ、くそが」
赤羽が襲われた時から相手を本気で殺す覚悟はしていた。命のやり取りだ、臆したやつが一方的に殺されるだけ。
だから殺した。
だが胸にあるのは後味の悪さと少しの不快感、それだけだった。意外にも罪悪感なんかは感じず、動揺は少なかった。
その事に違和感を感じ、拳士郎は舌打ちをした。
自分は心までもが化け物に近付いているのではないか、少しずつ変わり始めているのではないか、と。
「大破君…仕方ないよ。やらなきゃこっちが殺されてた」
そこへ翔子がバサリと翼をはためかせ空から降りてきた。どうやら周囲の警戒をしながら移動して来たらしい。そして拳士郎の様子を心配してくれているようだ。
意外にも翔子の殺人への動揺も少ないように見える。やはり化け物との同期率が関係しているのだろうか。
「ああ…いや。別に殺した事をどうこう思ってるわけじゃねえ。逆だ、逆。あんまり動揺してなくってな。それが気になっちまったんだ」
それを聞いて翔子も「あっ確かに私も」と気が付く。どうも言われるまで自分の心情の変化に気が付かなかった様子である。
「まあ、ここじゃそれくらいじゃねえと生きていけねえってこった。いちいち気にしてらんねえわな」
そう言いながら拳士郎は男の胸に付いていたカードをバリッと剥がし取った。
そのカードには『ハンター ☆☆』と書いてある。おそらくこれが例の「星」の事だろう。
そのカードが次の瞬間、ポワン!と音を立て500円玉程の大きさの星に変化した。
銀色の星が2枚。突然の出来事に「おわっ!」と拳士郎は驚いたが、ここは色々と不思議な事が起こる場所だ。そういうもんなのか、とすぐに割り切った。
拳士郎はその星を翔子に見せ、「片方お前が持つか?」と聞くが、翔子は「いや、今は2つとも大破君が持ってて」と首を横に振った。
それを確認した拳士郎は腰ベルトのバックルを開け、カードが入る場所の裏に存在する謎の隙間に、その星を入れた。
多分この使い方が正解なんだろうな、ピッタリ入る。そう拳士郎は予測し、カチリとベルトをロックした。
「あとはこの弓矢と鉈も貰っていくか。赤羽、お前弓とか使える…」
そう言いながら拳士郎が翔子に振り向き、硬直した。何故なら翔子のすぐ後ろに異形の化け物が静かに立っていたからだ。
「おい赤羽、飛べ!!」
「ひゃぅっ!!」
拳士郎の怒号に即座に反応し、翔子は素早く上空へと舞い上がる。それと同時に拳士郎も後方へと距離を取った。
そして拳士郎はまじまじとそれを観察する。
「何だこいつあ…」
青黒く光沢のある甲殻。鋭い顎。大きく無機質な眼。6対の脚を持ち、後ろ脚で立つという二足歩行。でっぷりと膨らんだ後方にある腹部。
そいつは2メートルを超える、巨大なアリだった。
しかし普通の…と言ってもそもそも巨大アリ自体普通ではないのだが、そいつにはサボテンとかの普通の魔物とは明らかに違う部分があった。それは——。
「…こいつ、ベルトしてやがる」
そう、その大アリは見覚えのあるベルトを腰に装着していた。バックルにボタンがあって押すと開く。拳士郎や翔子と同じベルトを。
それはつまり——。
「ク、クラスの誰かってこと!?」
岩場の上に着地した翔子が驚きの声を上げる。それに「ああ、多分な」と歯噛みしながら拳士郎は答えた。
同級生と殺し合う。
一応想定していた事態だったが、その場合でも多少は話し合いが出来るだろうと思っていた。
だが目の前のこいつはどうだ。どう見ても100%化け物になっているじゃねえか。果たして話が通じるのか。
不安を抱きながらも拳士郎はまず呼びかけてみる事にした。
「おい、誰だか分かんねえが俺だ、大破だ!聞こえてんなら返事しろ!」
自分の印象が悪いであろう事は自覚しているが、それでも呼びかける。とにかく何らかの反応が欲しい。
「ギ…ギギチ…チチ……」
「おい、聞こえるか?俺たちは敵じゃないぞ!」
「ギチ…ギチチチチ…!」
しかしその呼びかけも虚しく、大アリは無機質に触覚を動かしてガチガチと大顎を噛み合わせるのみ。明らかな威嚇行動。今にも襲いかかってきそうな雰囲気だ。
残念ながら期待していた反応は得られないようだ。
「こりゃダメそうだな」
そんな反応に覚悟を決めた拳士郎は、目を細めて迎撃の構えを取る。
「しかしこいつ、どっから現れたんだ?」
「あ…あそこ!多分あそこの穴から出てきたんだよ!」
そう言って指を指す翔子。その先を見ると、大アリの後ろの方に大きな穴が空いている。なるほど、アリらしくその穴から出てきたのだろうと予測できた。
という事は、あの大アリの能力の一つは地面に穴を掘ることか。だとすると、戦闘面においては大した影響は無さそうだ。
後はあの甲殻がどの程度の硬さなのか。しかしそれは攻撃してみないと分からないな、と拳士郎は考えをまとめた。
ならば先手を取る。
「やるぞ!赤羽!」
「ら、らじゃ!」
こうしてクラスメイト同士の、望まぬ殺し合いが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます