第10話 大破 拳士郎②


「おお何だこりゃ!この水饅頭みてえなやつ、すげえ美味いぞ!」


「こ、このおっきい豆もすごいよ!こんな美味しいの初めて食べた!」


あの戦闘後、魔物を倒した場所に何かが落ちている事に拳士郎が気付いた。

落ちていたものは2つ。「何だこりゃ」と拾ってみると、それらはでかい豆と芽キャベツみたいなものだった。


翔子が支給品ガチャで獲得した虫メガネでその2つを覗いてみると、どちらも「可食」という字がぼやけて見えた。

この虫メガネは「可食鏡フードスコープ」というアイテムで、食べれるか否かを識別できる物らしい。


だがレンズで見るまでもなく、その豆と芽キャベツは食べられるという確信があった。何故ならそれらを見ていると異常に美味そうに見えたからだ。

そこで芽キャベツを拳士郎が、豆を翔子が食べてみる事にした。


芽キャベツの外側の葉を剥くとプルンとした水饅頭のようなものが出てきた。拳士郎はそれを口に入れ、淡く光る豆を翔子が頬張る。

その結果、両方ともとろけるほどに美味しいという事が分かったのだ。しかも小さい割に満腹感もあり、喉の渇きも不思議と遠ざかった。出所はアレだが、何とも優秀な食べ物であったのだ。


「これは良い食料になるな。よし、なるべく魔物は見つけ次第狩っていくぞ」


「了解!私ももっと食べたい!」


拳士郎の方針に即答で同意する翔子。その早さに拳士郎は苦笑するが、あの極上の味を体験してはそれも仕方がない。


しかし最初と比べたら随分と距離が縮まったもんだ。拳士郎はそんな事を思ったが、そういえばこいつは割と誰にでも距離を詰めていくような奴だったかもな、と思い直した。


さて、今いる場所は岩だらけの茶色い荒野。そこから辺りを見渡せば、遠くの方に黒くて長細い塔がうっすらと霞んで見える。おそらくあの塔が目指すべき『鉄の塔』だろう。


「よし、そんじゃあそこに向かうぞ」


そうして目指すべき方向も把握した二人は、塔を目指して歩き始めた。


………


……




「あそこ!あそこにサボテンがいるよ!」


翔子が両腕を翼へ変化させ、10 メートルほど上空へと舞い上がる。空からの視点は遮るものが少なく、索敵の手段として優れている。障害を排除しつつ、食料も確保する。そうやって二人は効率よく進んでいた。


「右の方のおっきい岩の後ろね!」


それに以前よりも格段に視力が上がっている。翔子はその事に驚きつつも、これもハーピーという魔獣の特性なのかな、と納得していた。


「よし、でかした赤羽!」


そして翔子が見つけたサボテンを拳士郎が棍棒で殴り倒す。実にスムーズな戦闘である。


あれから2日、この方法ですでに10匹以上のゴブリンやサボテンを倒している。毎回必ず落ちる豆や芽キャベツ饅頭を食べ、飢えを凌いできた。


「よっと」


バサリと翼をはためかせて地面へ着地する翔子。その翼を元の腕へと戻す姿も慣れた物だ。

セーラー服の袖ごと翼に変化し、そして元に戻すとセーラー服も元に戻る。まるでこの服も体の一部のようだ、と毎度の事ながら翔子は不思議に思う。

大破君も腕を爆発させた時に服が破けたりしないので、もしかしたら本当に制服は体の一部扱いなのかもしれない。


「よう、お疲れさん」


そこに芽キャベツを手で転がしながら拳士郎が戻ってきた。どうやら今回も無事に食料をゲット出来たらしい。


「大破君、お疲れ様。いやあ、飛ぶのも楽じゃないね。お腹すいちゃったよ」


魔獣の力を使うとお腹の減りが早くなる。体の中のエネルギーを使っているせいだろうか。

そう言って明るくアハハと笑う翔子を見て、拳士郎は少しだけ真剣な顔をして尋ねた。


「赤羽、お前今3分くらい飛んでたか?」


「あ、うん。最初は1分くらいしか飛べなかったんだけど、飛べる時間も少し増えたよ。それでも今は多分3分が限界。頭がピクピクしてきて何かボヤッとなっちゃうから」


「そうか…まあ、無理はすんなよ」


自分も何度か力を使ったが、気を抜いた時に少し頭がフラつく事がある。もしかしたらその感覚を感じるあたりが、今の自分の限界なのかもしれない。

あの男は言っていた「暴走する」という言葉。その意味を考えると、やはり力を使う時に気を抜く事は出来ないな、と拳士郎は考える。


しかし良い変化もあった。

2日目に気付いたのだが、カードの「同期率」が上がっていたのだ。

これはどういう事だ、と色々検証してみた結果、魔物を倒した時ではなく、豆や芽キャベツを食べた時に同期率が上がる事が分かったのだ。 

初めは倒した魔物の経験値的な存在を疑っていたが、これは意外な結果だ。これなら戦闘力が高いやつが倒しても、獲得物を分ければ足並みを揃えて成長できる。余計ないざこざは起きないだろう。まあ信頼できる協力関係なら、という話にはなるが、。


今の同期率は拳士郎が23%、翔子が33%。同じ数の獲得物を食べたのだが、上昇率には差があった。多分これは星の数が違う事が原因だろう。星が低いほど成長速度が速いのかもな、と推測する。


「同期率が上がったら安全に飛べる時間も増えた。つまりコントロール出来るようになってきたって事だ」


「うん、そうだと思う。飛ぶのも少しだけ楽になったし」


「そして星が低いほど同期率が上がりやすい。…おい、こりゃもしかするとマジで星が低い方が有利かもしれねえぞ。力が強くてもコントロール出来なけりゃ意味ねえからな」


「た、確かに!…大破君って頭いいよね。何だかんだ言っていっつも成績上の方だったし」


そうは見えないのに、と小さく言った翔子の声はしっかり拳士郎の耳に入っていたが、それは広い心でスルーすることにした。


「この芽キャベツは赤羽が食っとけ。少し休んだらまたサボテン探しながら進むぞ」


「やったぁー、ありがと!頂きまーす」


受け取った芽キャベツの中身を美味しそうに食べる翔子。そして一休みした後、二人は再び歩き始めた。





「ふわあ〜水おいしい〜!!」


ポンプからジャババと水を出し、浴びるように飲む。そしてペットボトルにも補給していく。


この荒野を進んでいく中、何と翔子が井戸を見つけたのだ。幸運にもポンプ式の井戸からは綺麗な水が出てきたので、水の問題も一旦は解決された。さすがに少しの水と芽キャベツ水饅頭の水分だけではしんどかったのだ。これには拳士郎も喜びを隠せなかった。

         

「ふう、元気になったし、そろそろ飛んで、また周りを探ってみるね」


しばらく休んだところで翔子が索敵を進み出る。拳士郎もその提案に同意し、「よっ」と翔子が翼をはためかせて離陸した。


「うーんと、あっ!あっちの岩壁のところにサボテンが一匹!あとは…ん?」


周囲の様子を上空から確認する。

しかしその時、離れた岩山の陰からキラリと何かが光った。

——と次の瞬間、トスンという軽い音を立て、翔子の右腹部に一本の矢が突き刺さった。


「あ、ぐぅ…」


悲鳴を押し殺しながら翔子が落下する。


拳士郎は咄嗟に動いてその体を受け止めた。そして素早く矢の飛んできた方向を確認すると、走って岩陰に身を隠した。


「くそっ誰だ、ハンターってやつか!?おい赤羽、大丈夫か!」


拳士郎は急いで傷口を確認。矢は深々と腹部に刺さり、そこからダラダラと血が流れている。


「い、たぁ…」


歯を食いしばって痛みを堪える翔子。

早くどうにかしなければ、と頭を巡らせた拳士郎。そこでハッとその存在に思い至り、ガサガサと皮袋の中をまさぐった。


「これが本当に効くかは分かんねえが…」


そうして取り出した「回復薬」の蓋を開け、翔子の口元へと近付けた。


「おい、聞こえるか!回復薬だ、口開けろ」


そうして翔子は「う…」と呻きながらも、その薬を口にした。


しまった、そういや矢が刺さった時は抜いてから治療しねえとダメなんだったか!

そう思った拳士郎だったが、目の前で起こった変化に目を見開いた。


翔子が薬を飲み込んだ瞬間に腹部の傷口がグググ…と蠢き、それが刺さった矢を押し出したのだ。

カランと矢が地面へ落ち、傷口を確認すると跡形もなくキレイに消えていた。それどころか制服の穴も塞がっていた。


「あ、あれ…痛くない…?」


「…おいおい、マジかよ。本物の魔法の薬じゃねえか」


痛みと傷が嘘のように消え、翔子が驚く。

同じくその効果を目の当たりにした拳士郎も驚いたが、冷静に例の回復薬の有用性について考察する。

回復薬は二人合わせてあと3つ。間違いなくこれは生命線だ、使い所を間違えてはいけない。


しかし今はあまり悠長にしてはいられない。今この時も自分たちを狙っている存在がすぐそこにいるのだ。


「しかしまあ、こりゃ逆に好都合かもな」


どのみちゴールのためにはハンターを倒して「星」とやらを手に入れる必要がある。

しかしこの広そうな荒野ではいつ出会えるか分からず、少々気がかりではあった。


だが今回は相手の方から来てくれた。不意はつかれたが、優秀な回復アイテムのおかげで問題は無い。

拳士郎はこの状況を逆に好機と捉え、ニヤリと獰猛に笑って相方に告げた。、


「じゃあ、反撃開始といくか」

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