第9話 大破 拳士郎①
俺こと
と言っても、ガキの頃は本ばっかり読んでるような、まあ大人しい方だった。
親の言うことは大体聞いてたし、教師とか周りの大人なんかにも別に逆らわない、言っちまえば目立たないガキだった。
だがそんな俺が変わったきっかけは、幼稚園の…確か年中の時だった。
当時俺には幼馴染みみてえな女の子がいた。
家が隣同士ということもあったし、俺とその子はまあ毎日のように仲良く二人で遊んでいたわけだ。
その日は確か暑い日で、近くの公園で遊んでいたんだ。二人で汗かきながら砂場で遊んでいたのを覚えている。
その時砂で作ってたのは、確か大きな城だったっけ。まあ所詮は幼稚園児だからな、傍目にはただの山にしか見えなかっただろ。
あとは一番上に棒を刺せば完成だってな時、横からサッカーボールが飛んできた。
ボールは見事に城に直撃。城は見るも無惨な姿になってな、呆然としてたっけ。
そんでそのボールを取りに来た小学生のガキは謝らなかったんだよ。ボール拾ってさっさと戻ろうとしてたんだ。
でもそん時、幼馴染は小学生に向かって猛抗議した。
謝れ、城を作り直せと泣きながら訴えてた。俺はその幼馴染を止めようとしたけど、そいつは止まらなかった。
相手の小学生は近所でも有名な悪ガキだった。幼稚園児の言うことなんざ当然聞くはずもねえ。
小学生は幼馴染を無視したが、そいつはしつこく詰め寄っていた。そんでついに腹を立てた小学生は、幼馴染の腹を蹴り飛ばした。
ガキは手加減ができない。そんでその小学生は特に暴力を振るう事に慣れてるガキだった。
思いっきり蹴られた幼馴染は地面を転がり、悲鳴をあげた。
見ると地面に半分埋まっていたガラス片が太ももに深々と刺さっていた。
どんどん出てくる赤い血。泣き叫ぶ幼馴染。あいつが悪いと叫ぶ小学生のガキ。
その時俺は震えていた。その小学生が怖いわけでも、初めて見る大量の血が怖いわけでも無かった。
俺はただ、怒りに震えていた。
自分の大事なダチ、いやそれ以上に特別なやつ。そいつを傷つけられた事で、俺の頭は真っ赤に染まっていった。
そして気が付いたら俺は小学生の上に馬乗りになって、そいつの顔面をボコボコにしていた。
俺は大人しかったけど体格は良かったからな。だから年上の小学生、それも三年生くらいの相手を簡単に叩きのめしちまったんだ。
当然この出来事は大事になった。
俺の両親は謝罪に追われ、俺ももちろん謝りに行かせられた。
でも当然俺は納得するわけがねえ。俺は何も悪くない。ダチが傷つけられたんだから怒るのは当然だろ。
でも周りは被害者のガキの味方だった。
加害者の俺に優しくしてくれるやつは誰もいなかった。
そんで事件のきっかけを作ったとかで、幼馴染の子も何故か責められた。、
そんな状況に耐えられなくなったんだろう。幼馴染は家族で引っ越して行っちまった。あの事件のあと二人で話す事も出来なかったし、あいつとはもう会う事ができない。
今となっちゃあ顔も名前も思い出せない幼馴染の女の子。また会いたいとは思うが、それももう不可能だろうな。
そっからだな。今まで大人しかった俺は考え方を変えた。
悪い奴、ずる賢いやつはいる。そういう奴ほど幅を利かせてるし、逃げるのも上手い。
だから逃げる前に叩きのめす。もう二度と歯向かう事がないように、徹底的に潰すんだ。俺のために、大事なダチのために。
そんなわけで俺はいわゆる不良の道を歩いていったわけだ。
だが誰彼構わず暴力を振るう事は絶対にしねえ。どうしても許せねえ外道、クズ、下衆な野郎にしか手は出さねえ。それが俺の生き方、譲れない道だ。まあ威嚇くらいはするかもしんねえけどな。
弱気を助け、強きを挫く。そんな信念をあの時心の中に決めたからな。
だから俺は、使える力は全力で使う。
今回みたいにダチを犠牲にして与えられたクソみたいな力だって、目の前の不条理を払いのける為なら迷わずに使う。
それが俺、大破拳士郎。クソみてえな社会に抗い、腐った世界に抗う「不良」だ。
だから俺は迷いなく、まずは弱えやつを助けるんだよ。
「…なるほどな、こういう感じになるのか」
そう呟きながら、大破拳士郎は掌からプスプスと立ち昇る煙を見つめた。
派手な爆風が手から巻き起こった割には、学生服の袖口に全く損傷は見られない。何ともまあ不思議な現象だ。、
「お、大破君。あ、あの…ありがとう…ございます」
そして拳士郎の後ろには、尻餅をついた女生徒が一人。膝を擦りむいたようで、少しだけ血が出ている。
幸いにも大きな怪我は無さそうだ。おそらく転んだ時に血が出ただけだろう。
女生徒の名前は赤羽 翔子。
身長は女子の中では高く、髪をポニーテールにしている元気な女子だ。
体操部所属で、拳士郎の記憶では確か一条雄馬の取り巻きの端っこに位置していたような気がする。その女子が怯えた目で拳士郎を見ていた。
※
気がつけば植物もまばらな荒野のような場所にいた。
拳士郎の耳に悲鳴が聞こえたのはそんな荒野を数時間ほど歩いた頃の事だ。
声の方へ駆けつけてみると、茶色い子供みたいな化け物と動くでかいサボテンが、クラスメイトの翔子を襲っている所だった。
この状況だ。この女子が敵か味方かはひとまず置いといて、信条としてまずは助ける。そう一瞬のうちに判断して拳士郎は動いた。
拳士郎が支給品ガチャとやらで獲得したのは、ライターのような小さな着火装置だ。「
敵は二匹。ギャーギャー騒ぐ小さい化け物とは別に、サボテンの動きはゆっくりだ。先にあの小さいのを片付けるのが良いだろう。
そう判断した拳士郎は、小さな化け物に向かって走り出した。
「ゲヒ!?グワフ、ゲファ!」
走り来る拳士郎に気付いた汚い顔をした化け物は、手にした棒を構えて拳士郎を迎え撃つ。
間合いに入ったところで化け物が棒を振り下ろした。しかしその攻撃には特別な脅威を感じない。何ならその辺のクソヤンキーと大して変わらんだろう。
その棒の振り下ろしを軽く避け、力を込めて拳を繰り出す。
「おらッ死ね!」
気合を入れて化け物を殺すつもりで拳を放つ。そして拳が顔面にヒットしたその瞬間、拳士郎の拳が音を立てて爆ぜた。
ズゴオォォォン!!
眩い光と衝撃波、そして鳴り響く轟音。それはまさしく小規模の「爆発」だった。
「…は?なんだこりゃ」
思いもよらない現象。そしてその爆発が起きた瞬間、拳士郎は少し意識がクラリとしたが、グッと歯を食いしばり踏ん張った。
見ると爆発をモロに浴びた化け物は左半分が粉々に吹き飛んでおり、体表はプスプスと焼き焦げていた。そしてしなしなとミイラのように萎んでいき、最後には崩れて消えてしまった。
「何なんだ一体。このバケモンも爆発も…。爆発…そうか、この力、これが俺の…」
俺と組んだ金山が犠牲になった忌々しい力。だが戦うために必要な力。
その事に頭を巡らせた拳士郎だったが、そこでまだ敵が残っている事を思い出した。
見るとサボテンは今の衝撃でひっくり返っており、ジタバタともがいている。今がチャンスなのは火を見るよりも明らかだ。
トゲだらけの相手を素手で殴るのは避けたい。そこで化け物が持っていた棒を拾い、拳士郎はその棒でサボテンを思い切り殴った。
二発、三発と棒を叩き込み、その度に緑の体液と破片が舞い散る。
そしてさらに数発ぶん殴ったところでサボテンはシオシオと枯れていき、先の化け物と同じく塵となって消えた。
「ふん、大したことなかったな」
無事に二匹の化け物を倒した拳士郎は、思った以上に苦戦しなかったことに鼻を鳴らした。
それというのもやはりこの力。未だにプスプスと煙が立ち昇る右手を見ながら、その力について考えを巡らせる。そして自分のカードの内容を頭に浮かべた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【
『爆破』の力。自身の体を爆発させる危険な生物。取扱注意。
同期率:19%
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赤く大きな火の玉の体に目つきの悪い顔。そんな絵柄のカードを思い出し、拳士郎はフッと笑った。
どんな理不尽もぶっ壊し、跡形も無く消し去る、そんな力。それはまさしく———
「俺にピッタリの力じゃねえか」
……
…
「…で、お前はどうすんだ?俺とやるのか?」
化け物共を倒し一先ずの落ち着きを取り戻した。そんなところで拳士郎は座り込んでいる赤羽翔子に問いかけた。
金髪で体格の良い、そして一般的に悪人面と言われる拳士郎に睨まれ、翔子は「ヒィ」と喉を鳴らした。
「い、いや、やらないやらない!戦うわけなんて無い!!…です」
そして翔子は首をブンブンと振って速攻で不戦を主張。どう見ても脅されているようにしか見えないのが悲しい。
その様子を見て拳士郎は「そうか」とだけ言い、ようやく肩の力を抜いた。
女子とはいえこいつも化け物…魔獣の力を使えるようになったはず。
簡単に人を殺せる力だ。その力が不明である以上、迂闊に気を抜いて油断する訳にはいかない。
「あ、あの大破君、さっきは本当にありがとう…ございました」
「おう気にすんな。それよりお前、赤羽だっけな。敬語はいらねえよ、同級生だろ」
緊張のあまり敬語になってしまった翔子だったが、その事を指摘されて「あわわ」と焦り出す。
「う、うん。ごめんね。…でも本当にありがとう。あのサボテン、近付いたら急に襲ってきて…大声出したらあの茶色いやつも出てきて、腰が抜けちゃって」
すぐに敬語をやめ、テヘヘと恥ずかしそうに笑いながら話す翔子。
そういえばこの赤羽は、あのクラスの中ではいつも笑ってて結構元気な感じの奴だった気がする。
「そうか、それならタイミングが良かったな。たまたま声が聞こえたからな」
そう返答した拳士郎はもう普通に会話が出来ると判断し、確認すべき事を翔子に質問する。
「…赤羽、お前何のカード持ってる?」
これは非常にデリケートな質問だが、ここはあえてストレートに聞いた。
こんな訳の分からない化け物がいる場所に飛ばされた以上、あの男の言っていた話は真実味を帯びてきている。
最初の『試練』のクリアには星が必要。それにはクラスメイトの持っているカードを奪うか、ハンターとやらを倒す必要がある。
クラスメイトがいつ敵に回るか分からないというゲームシステム。そんな中自分の情報を他人に教える事はリスクが大きい。
しかし逆に考えることも出来る。
星はハンターからも得られるのだ。
強力な力を持ったクラスメイトと協力し共に戦えば、星を3つずつ得る事も可能なのではないか。
もちろんハンターの数が不明である以上、全員が全員手元に行き渡る訳ではないのだろうが。
そんな拳士郎の思惑をよそに翔子はゴソゴソと腰のベルトからカードを取り出し、それを迷う事なく拳士郎に見せてきた。
「おい、いいのか?」
ノータイムで自分の情報を明かそうとする翔子。そんな予想外の行動に対して、拳士郎は少々鼻白んだ。
「いいの、大丈夫。大破君ならちゃんと信用出来るから。…それに私弱いよ?見たらガッカリするかも」
頬を掻き、そう笑いながらカードを差し出す翔子。
今まで殆ど接点なんかなかったのに、よくこんな不良を信じられるもんだ。これをこのまま奪うかもしれねえんだぞ。
呆れた拳士郎は一瞬だけ躊躇したが、そのカードを受け取り、内容を確認した。
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【
『飛翔』の力。空を自由に舞い翔び、鋭い爪で獲物を狩る。
同期率:27%
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「なるほど、星1つか…」
「あはは、ねっ弱いでしょ。いや〜でも大破君はさすが!強かったよね、やっぱり星3つくらいあるの?」
自分の弱いカードを見せて恥ずかしくなったのか、翔子はつい拳士郎のカードの事にも触れてしまった。
翔子はすぐにハッとなり、返してもらったカードをしまいながらも慌てて取り繕った。
「あっ!違うの、別に言わなくても…」と慌てる翔子だったが、拳士郎はフッと笑って答えた。、
「2つだ」
「えっ?」
「俺は星2つのボムってやつだ。星は多くねえが、要は使いようだ。もしかしたら星が少ない方が力を使いやすいのかもしれねえぞ」
あっさりと自分の情報を話した拳士郎に、翔子は驚いた顔で「お、教えて大丈夫なの?」と戸惑う。
だが拳士郎に動揺は無い。彼はすでに覚悟を決めていた。
「よし、じゃあ二人でハンターとやらをぶっ倒すぞ。そんで向かってくる奴もぶっ倒す。そうじゃない奴とは…まずは話し合う」
そう言い拳士郎は不敵に笑う。
その顔に反社会的な印象は一切無く、むしろ安心感を抱かせるような頼もしい笑顔だった。
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