第8話 鳳 小麦②


5本の指が炎と化し、ユラユラとゆらめく。そしてひとつ深呼吸し、鎮火するように念じると炎はシュウゥと消えていった。


「ふう…こんなところが限界ですね」


検証の結果、今の自分では指先を炎に変えるくらいが限界である事が分かった。それ以上炎を広げようとすると意識が揺らいで、気が遠くなってくるのだ。おそらくそこが限界点。無理にそこを越えようとすると、力が暴走してしまうのだろう。


そして炎の操作力について。一言で言えば、炎はほとんど操れなかった。燃やしたいものだけを燃やし、消火する事も出来た。しかし炎を動かすなどの操作はどうしても出来なかった。同期率が上がればまた違うのだろうか、今の状態では答えは出ない。


「でも、今回も無事に倒せましたね」


そしてその限定的な力を使って、今通算で4体目になるゴブリンを倒したところだった。

ゴブリンはかなり知能が低いようで、とにかく小麦を見つけたら真っ直ぐ襲いかかってくるだけだった。そこで冷静に対処し、炎の指でゴブリンに触るだけで相手は炎上し、簡単に倒すことが出来る。


あれから2日、気持ち的にもゴブリンを倒すことに慣れてきた。精神的にもタフになってきたと小麦は自分でも感じていた。


「モグモグ…うぅ〜、やっぱり美味しいです」


そして豆もこれで5つ目。カードに目を通せば、そこには『同期率 11%』の文字。

つい昨日のこと、同期率の謎が判明した。カードを見ながら行動していたのだが、ゴブリンを倒した時ではなく、この光る豆を食べた時に同期率が上がったのだ。

つまりこの豆は大事な食料であると同時に、パワーアップするための重要なアイテムだという事だ。

その事が判明してから、小麦は更に豆を得ることに対して意欲的になった。まあ大半はとにかく美味しいからという理由ではあるが。


「確かに同期率が上がったら、少しだけ炎の制御が楽になった気がしますね」


今は指先だけならすぐに炎化する事もできるようになった。人差し指の先を炎にゆらめかせながら、小麦は遠くに見える塔へと向かって歩を進めていった。



「……の…ぅ……!!」


しばらく歩いたところで、遠くの方から男の人の声が聞こえた気がした。

足を止める小麦。しばらく耳を澄ましていると、やはりまた男の人の声がした。今度はハッキリと聞こえる。


「誰でしょう…もしかしてクラスメイトの人、ですかね」


危険にはなるべく近付かない方がいい。しかしこんな状況では情報を得ることも重要だ。

少し迷った小麦だったが、炎鳥の力を多少なり使える自信もあってか、とりあえず確認するだけ…と向かう事にした。


声が近づくにつれ、何やら激しい音も聞こえる。まるで戦闘しているみたいだ。

音の場所はすぐそこだ。丁度大きな岩があったので、その岩に隠れながら様子を確認する。


「くそっ、この豚野郎…!おらぁっ!」


「ブルルルアァッ!!」


そこでは二人の男の人と一匹の魔物が戦っていた。

魔物は、一言で言えばゴリラのような体格の豚だ。異常に太く長い腕を持ち、身長も2メートル以上はある。

恐ろしい程の威圧感だ。その魔物を目にしただけで、小麦の足はガクガクと震え出した。本能が訴える。格が違う。今の小麦ではあの豚のような魔物には絶対に勝てない。


一方、男の人は革の胸当てなんかを装備した、ファンタジー世界の住人みたいな姿をしていた。鉈のような武器を手にし、それを魔物相手に振り回している。

そしてその横にはもう一人の男の人が血まみれで倒れていた。ピクリとも動かないし、もしかしたらもう死んでいるのかもしれない。

見た目からして多分あの人達がハンターなのだろう。どうやら私たちを襲う前に魔物に襲われてしまった、という所だろうか。


「ブルォッ!」


ゴリラのような豚、体毛が一切無いのでブタゴリラとしよう。そのブタゴリラが手にした大きな棍棒を上から叩きつけた。

ガゴン!音を立てて地面が抉れる。すごい力だ。でも、どうやら男の人はギリギリで避けたらしい。


「おらっ死ね!」


男の人が振るった鉈がブタゴリラの皮膚を薄く裂き、赤い血が飛び散る。しかし傷は浅いようでブタゴリラの動きは全く衰えない。

よく見るとブタゴリラの肩口などには矢が三本ほど刺さっているが、それもあまり気にしていないように見える。


「し、しまった!」


男の人が叫ぶ。どうやら棍棒に鉈が食い込んで取れなくなってしまったらしい。

その隙を逃さず、ブタゴリラの強烈な拳が男の人の腹部に入った。鉄槌のような衝撃を体に受け、男の人は口から血を吐きながら地面を転がった。


「あわわ…」

 

今その場に立っているのは魔物だけ。まずい、これはまずい。

下手に動けば見つかってしまう。頭の中で鳴り響く警鐘と高鳴る心拍音。小麦は脂汗を流しながらじっとその場で固まっていた。

呼吸音すら聞こえないように両手で口を塞ぎ、嵐が通り過ぎるのを待つ。


その行動が功を奏したのか、ブタゴリラは一切小麦の存在に気付く様子は無く、目の前の獲物に夢中になっていた。幸運なことに、むせかえるような血の匂いも小麦の存在を隠す要因の一つになっていたのだろう。


ブタゴリラは先に倒れていた男の人の装備を雑に剥がすと、その腕に齧り付いた。

悲鳴は聞こえない。もう死んでいるのだろう。ゴキブチと嫌な音を立てて腕が千切れ、ブタゴリラの口内に入っていく。そして更に胴体をひと齧りし、グチャグチャと咀嚼する。

そこでプッと金属のようなものを口から吐き出した。どうやらさすがに金属は食べられないらしい。、


そしてペロリと口の周りを舐めとったブタゴリラは残った獲物の体を口に咥え、もう一人の倒れ伏した男の人を抱えて森の奥へと消えていった。


静寂が森に満ちる。


「…ハァ、ハァ…」


そこでようやく小麦は息を吐いた。危なかった、怖かった。一歩間違えたら死ぬところだった。

この森にはあんな怪物がいるのか。この先警戒を強めなくてはならない。

そう強く思った小麦だったが、ふと戦闘現場に目を向けると、そこに何か光るものが落ちている事に気が付いた。


「あれは…」


血まみれの戦闘現場へと恐る恐る近付いていく。

不思議なことに血や死体、肉片などを見ても気持ち悪いとは思うが、あまり「怖い」とは思わなかった。まあ死んでるんだなあ、くらいの感覚である。

あくまで先程まで感じていた恐怖は、自分の身に危険が迫っていた事に対してのものだ。命を失うのは怖い。でも他人、それも知らない人の命など今はどうでも良く感じる。


以前の小麦なら確実に卒倒していたであろう凄惨な場面。自分の頭のネジはどこか外れてしまったのだろうか。そんな風に小麦は少し思ったが、今はあまり気にしない事にした。



そして小麦はその落ちていた物をそっと拾い上げてみた。

それは小さな星。小麦の手の中で、一つの星が銀色に鈍く光っていた。


「もしかして、これが星…ですかね」


おそらくハンターの体のどこかに付いていたのだろう。この先集めなければならないという星、それが今一つ自分の手の中にある。この幸運に小麦は素直に喜びを感じた。


辺りを探しても、やっぱり星は一つしか見つからなかった。ハンターは二人いたからもう一個はあるはずなのに、多分連れて行かれたもう一人の男の人の体に付いているのだろう。残念。


「でも、これはいい感じですね」


そして飛び散ったハンターの装備の中から、一つだけ綺麗なナイフを見つけた。包丁くらいの大きめのナイフで、小麦でも護身用に使えそうだ。ちゃんと鞘もある。


「ふう…怖かったけど来てよかったですね。さて、行きましょう」


結果を見れば得ばかり。その成果に素直に喜び、小麦は鼻歌まじりに臓物肉片飛び散る現場を後にした。

自分の確実な変化に対して、深く向き合う事は無いままに。

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