第6話 ゴブリンのお豆
「んん…?」
木の上で眠っていた俺は、下の方から聞こえてくる物音、そしてただならぬ気配を感じ取り、パッと眠りから覚めた。
「…これは…何かいるな」
何者かが近くにいる。
聞こえてくるのはパキ、パキ、という枝を踏み折りながら歩く音。
あれは昨日俺がこの辺りの地面に大量に撒いておいた枯れ枝。…という事は、それを踏みながら何者かが移動しているという事だ。
俺は警戒しながらそっと身を乗り出し、下の方を見てみた。
「グフ、グフゲブッ…」
そこには、汚らしい濃緑の肌をした子供くらいの背丈の小さなやつがいた。額には歪な形の巻きツノを一本生やし、何とも言えない醜悪な顔をしている。
あの見た目、間違いない。こいつは異世界の定番、スライムと並ぶ不動の最弱モンスターことゴブリン先輩に違いない。
「しかしまさか本当にいるとは…」
こんな怪しい世界だし、もしかしたら魔物的なやつもいるかも…とは思っていたが、実際目の前にするとやっぱりちょっとビビるな。
しかし一口にゴブリンといっても作品によっては凶暴なやつ、無害なやつ、むしろ協力的なやつなど、色んなタイプがいる。さて、君は一体どのタイプだろうか。
幸いまだこっちには気付いてないみたいだし、ここは息を潜めて観察するとしよう。
棍棒みたいな棒切れを持ったゴブリンは、ゲフゲフ鼻をヒクつかせながらキョロキョロと辺りを見回している。
これは…何かを探しているようだ。匂いを嗅いでるようにも見える。
そうしてじっとゴブリンの観察を続けているうちに、ある事に気付いた。
「…あっれぇ〜?もしかして、あのおでこにあるやつって…ツノじゃ無い…?」
そう。どうもゴブリンの額から生えてるのはツノじゃないように見えるのだ。
ツノっぽい突起の先に何かが付いている。そしてゴブリンが動くたびにその何かがブランブラ〜ンと揺れているのだ。
俺はさらに注視し、その何かの正体を確かめた。
「あれ…豆か?」
ううむ…ありゃ何度見ても豆だ。頭からち〜っちゃい枝豆みたいなお豆さんが生えていて、それがブラブラと揺れてる。
いや何なんだよ。頭から植物を生やすのがデフォの世界なのか?頭に何か生やさないと人権無いまであるのか?
そんなおでこのお豆に驚愕した俺をよそに、ゴブリンは俺のいる木から一旦離れて行った。
しかし安堵したのも束の間、ゴブリンはクンクンと匂いを嗅ぎながらすぐにまた俺の木の下に戻ってきた。
しつこいな。…もしかしてこいつ、俺の存在に気付いているのでは?
そう思った時、突然ゴブリンは手にした棍棒で俺のいる木をガン!とぶっ叩いた。
「うおっ」
突然の衝撃に思わず声を出してしまった。そしてその声を聞いたゴブリンは、俺のいる木の上へと目を向けた。
ジッ…
絡み合う視線と視線。
もしこの相手が美少女だったなら、異世界恋愛モノが始まっていたんだろうが残念。相手は小汚ねえゴブリンだ。
「グヘグヘッ!グハアァーーッ!!」
案の定ゴブリンは奇声を上げて大興奮。
ピョンピョンジャンプしたり棍棒で木を叩いたりと、とにかく俺に襲いかかってこようと必死である。
しかし木に登ってくる様子は無い。どうやらゴブリンは木登りが苦手なようで、ガリガリと木に爪を立てたりはしているが、木の下でずっとゲフゲフ喚いているだけだ。
しばらく見ていたが行動は一辺倒。どうやら例に漏れず、知能は低いらしい。
「丁度いいや。昨日取り込んだ植物の力、こいつで試してみるか」
安全地帯にいる安心感からか、さっきまで多少あった恐怖感はどこかに行ってしまった。
早速とばかりに、俺はポン!と頭から赤い花を咲かせた。これは接着能力があるガムフラワーの花。いろんな事に使えそうな俺の中のエースだ。
そして元々咲いていたヒマワリはどこへやら、やはりガムフラワーと入れ替わるかのように消えていた。
俺はお辞儀をするように頭を下に傾け、「蜜出ろ、蜜出ろ〜」と強く念じた。
すると、頭のウツボカズラみたいな形のガムフラワーから、ドボボと黄色い蜜が流れ出てきた。
出た蜜の量は思ったより多い。大体2リットルくらいは出ただろうか。
下を見てみると、ゴブリンは両腕と顔が木にくっついた状態で固まっていた。固定力はかなり高いようで、ゴブリンはフガフガ唸るだけで全く動けないでいる。こりゃすごい、まさに瞬間接着剤だ。
「さて、拘束したはいいけど…これ、どうしよっかね」
ジタバタと足だけを動かすゴブリンを見ながら俺は考える。
放っとくのは絶対に危ないから無し。なのでやっぱり今殺すしかない。殺す…殺すのか、嫌だなあ。
あ、でももしかしたらゴブリンを倒したら経験値的なものが貰えるかも。
これは…ちょっと嫌だけど、やってみる価値はありそうだ。
「よし、殺す…か」
しかしどうやって殺す?
今手元にある武器になりそうなものは中華ナベだけ。中華ナベで頭が潰れるまで叩きまくるか?うーむ…出来ればそれは最終手段にしたいところ。
鍋が壊れるかもしれんし、この手で直接生き物を殺すのはやっぱりちょっと忌避感がなあ…。
「あ、そうか。この手があった」
そこで俺はヒコンと閃き、再びポン!とガムフラワーを咲かせた。新しい花を咲かせたら、やっぱり古い花と入れ替わった。
「それ、おかわりですよ〜。たんとお上がり」
俺は再度頭を傾け、下へ蜜を流していく。
狙い通りにゴブリンの顔面に蜜が命中し、その顔が黄色い蜜で包まれた。
「フゴッ…グ、ゴ……」
しばらくジタバタともがいていたゴブリンだったが徐々にその力は弱まり、やがてぐったりと動かなくなった。
よし、見事に気道を塞いで窒息させたようだ。
そしてゴブリンは最後にビクンと痙攣。
すると、ゴブリンの体は急速に水分を失ったかのようにシュルシュルと干からびていく。
みるみるうちに骨と皮だけになり、最後にはそれすらもボロボロ…と崩れて消えてしまった。
「うへえ…死に方キモいな。死体は残らない感じになるのか、何とも不思議な生物だ」
よいしょ、と俺は木から降り、ゴブリンが消えた場所を調べてみた。
棍棒とベタベタした蜜は残ってる。本当にゴブリンの体だけが崩れて消えたという事か。
「この棍棒はもらっておこう。…ん?これは」
棍棒を鹵獲した俺は、地面に落ちていたものをヒョイと拾い上げた。
「豆…」
そう、俺が拾ったのはゴブリンの額から生えていたであろう、あの豆だった。
しかしツノに付いていた時とはサイズが明らかに違う。さっきは小指の先くらいのサイズだったが、今手元にある豆はそら豆くらいの大きさだ。明らかにデカくなっている。何だこりゃ…。
グッとサヤを押してみると、ニュルリと中身が出てきた。
見た目はやっぱり豆だけど、その豆は何だかうっすらと光っているように見える。
そしてその豆を見た時、俺は何故か「めちゃくちゃ美味そう」と強く思っていた。
おかしいよね。産地を考えると絶対に気持ち悪いはずなのに、何故だか俺はその豆を食べたくて仕方がなかった。
「ゴクリ…く、食ってみるか。それにこれも植物に分類されるかもしれんし、何かの能力があるかも…」
そんな言い訳じみた事を言いながら、俺は欲求に勝てず光る豆を口に放り込んだ。
「ファッ!?フワアァァ〜〜〜ッ!!!」
何これ、うまあっ!美味い!美味すぎる!!口の中でとろけた程よい甘みが、脳みそに直接刺激を与えるかのようだ。
すごい、すごいよゴブリンさん!これからは好物を聞かれたら「ゴブリンのお豆です」って答えるしか無いよ!
しかもあの小ささでなかなかの満腹感。あの美味さで腹持ちも良いとは、まさに仙豆のいいとこ取り。スーパーフードだ。
「これはゴブリンの時代来たな…。よし、これからはゴブリンを見かけたら速攻で狩ろう」
お豆のためならゴブ・即・斬。俺は冷酷な殺ゴブ鬼にもなりましょう。そう決めました。
「あっそうだ!あのゴブ豆生やせるかな?生やせたら最高なんだけど」
俺は今食べた豆を頭から生やすべくムムムと念じたが、頭からは何も生えてこなかった。
「くっ…何も生えない。くそう、食べ放題かと思ったのに!…という事は、あの豆は植物じゃなかったって事か。えっ、じゃああの豆は一体…」
あれはゴブリンの“何か”だったという事か。その事実に思い至り少しだけ気分が悪くなったが、それはそれ。あの味を忘れられるわけがないのだ。
「とにかく味も腹持ちも最高なあの豆は食料として優秀だな。ゴブリンは見つけ次第殺すとして、豆がある程度集まったら塔を目指そう」
懸念していた食料問題はこれで解決だ。そこらの草だけじゃさすがに飽きるし、カロリー的な不安もあったからな。
「うーむ、しかしやっぱり毒やら麻痺やらは欲しい。ゴブリンを殺す手段を充実させたい」
その時にはすでに、ゴブリンという生き物を殺す事への忌避感は無くなっていた。そんな微妙な変化に正義が気付くことは無かった。
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