第3話 事の始まり


 

ガヤガヤ…



ふわあ…

今日もいつもの一日が始まります。

特別変わることのない、ごくごく普通の一日。


私の名前はおおとり小麦こむぎ。この騒がしい2年B組の中で目立たずひっそり生きている女子、いわゆる地味子です。

黒髪三つ編みに黒縁メガネ。自分で言うのも何ですが、まさに地味子のお見本みたいな感じですから。



「おはよう、尾野崎さん」


「おはよう八千代さん。やーまだ10月なのに暑いよねぇ」



「き、今日の尾野崎さんも可愛いなぁ…。ああ、尊てえ…尊てぇよ」


「まあな。さすがは学校一の美少女って感じだよな、どこをどう取っても完璧だもんなあ」


今日も定番のやり取りが聞こえます。

女優業をしていて日本一可愛いと言われてる、学校のアイドル尾野崎カンナさん。

超絶可愛いのに性格も良くて、おまけに勉強も運動も出来る、スーパー女子高生。天は二物も三物も与えすぎですよね。

相手の八千代さんもクールですごく綺麗な人だけど、やっぱり尾野崎さんは皆と次元が一つ違うって感じです。



「い…一条君、おはよう。今日もその、カッコいいね」


「おはよ〜一条君、君は相変わらず爽やかだねー!」


「豆山田さんに赤羽さん、おはよう。アハハ、そんなに僕を褒めても何も出ないよ。でも嬉しいね、ありがとう」


キャーキャーと女の子に囲まれているあっちの光景も、いつもの事です。

一条いちじょう雄馬ゆうま君。サッカー部のエースで、かなりのイケメン。さらに勉強も出来るという、こちらもなかなか超人級の人です。

でも私は苦手。

だってあのキラキラした感じ、何かちょっと胡散臭いというか…。作り物っぽくてちょっと嫌なんですよね。

いえ、やめましょう。これはきっと私の性格が悪いだけですね。



「大破さん、昨日はありがとうございました!」


「いや〜味噌学のやつら、ボッコボコでしたね!」


「ああ気にすんな。ありゃただ社会のゴミに教育しただけだ」


あっちの不良グループは、何やら朝から物騒な話をしています。

いつもケンカばっかりしている、正直私はあまり関わりたくないグループの人達です。

…でもリーダー?の大破おおば拳士郎君。あの人は見た目は物凄い怖いけど、実は猫好きだったり、こっそりお婆さんを助けていたりと、優しいところがあるとか無いとか。噂ですけどね。



「おはよ、こむち。どしたの?朝からボーッとして」


そして私に話しかけてきたのは、親友の田中由美ちゃん。

私たちは二人ともクラスでは目立たないけど、その空気感がお互い楽なので、自然と仲良くなりました。私の事を可愛いあだ名で呼んでくれます。


「いえ、何でも。みんなホームルームの時間にちゃんと間に合うかな、と思いまして」


私はボーッとしていた事が少し恥ずかしくてごまかしました。

でも、焦りながらメガネを正した私の視線の先には確かに空席が一つ。


「あー瑠璃丘君ね。あの人いっつも時間ギリッギリだよね…てか来ない日もあるし。大破君達でさえ時間に余裕持って登校してるのに。それなのに成績は良いんだからホント、不思議だよねー」


「そうですね…。不思議ですよね」


これは誰にも秘密の事ですが、私は中学の時から瑠璃丘君の事が好きなのです。

だから瑠璃丘君のことはいっぱい調べました。誕生日だって好きな食べ物だってハマっているゲームだって身長や体重だって家族構成だってSNSだって家の住所だって今いる場所だって、彼の事なら何だって知っています。

でも足りない。私に優しくしてくれた彼の事をもっと知りたい。

…でも私は慎みやか。一日に一回でも彼とお話しできれば、今はそれで満足なのですから。


そんな風に瑠璃丘君の事を考えていると、また由美ちゃんから声がかかりました。


「そういえばこむちさ、そろそろその敬語やめてよね。何か妙な距離感感じるのよ」


「あはは…。善処します」


ブーブーと言う由美ちゃんに私は謝りましたが、変えるつもりはありません。何故ならこの必要以上に丁寧な口調も、瑠璃丘君の好みに合わせて使っているからです。

以前、彼と友達の会話で「常識的でおしとやかな人が好み」という彼のタイプを聞いたことがありました。それ以来、私はキャラ演出のために敬語を使っているのです。常識的でおしとやかに見えますよね?



キーンコーン…



そんな事を考えているうちにチャイムが鳴り、担任の緑川先生がガラリとドアを開けました。


それとほぼ同時に後ろのドアも静かに開き、コソコソと入ってくる人が一人。

良かった瑠璃丘君、今日もギリギリセーフでしたね。GPSで分かってはいましたけど、これで安心です。


私は癖毛がピョンと立ったその可愛い頭を眺めながら、ホッと安堵しました。


そして顔を先生の方へ戻すと———




私たちがいる場所は教室ではなく、無機質な真っ白い部屋になっていました。




「え」



白、白、白、一面真っ白。

机と椅子はそのままに、見知らぬ空間。

窓もドアも何も無い、気が狂いそうなほどに白一色の部屋に私達はいました。

 

な、何ですかこれ…どうなっているんですか…。正直ちょっと…いえ、かなり怖いです。


「な、何だよこれ!」


「ど、どど、どういう事!?」


「おいおい、ここどこだよ!」


クラスメイト達は当然大騒ぎ。

緑川先生は一応「ちょ、ちょっとお前たち落ち着きなさい!し、しし静かに!」と言っていますが、どう見たって先生もパニックになっています。


「皆落ち着くんだ!見ろ、そこの壁に何か張り紙があるぞ」


そんな中声を上げたのは、メガネが似合うクラス委員長、城守しろもり君でした。


「そ、そうよ。きっとあれを確かめれば何か分かるに違いないわ」


そして城守君の後に副委員長の金井島さんも続きます。でもどうやらこの人は城守君に便乗しただけのようですね、目が泳いでいます。


皆が怪しげな張り紙の前に集まると、城守君が代表して張り紙を読み上げました。


「えーと…『二人一組になって手を繋げ』と書いてあるね」


何だそりゃ、と皆がまた騒ぎ始めましたが、城守君の号令で皆が渋々ペアを組み始めました。


「デュフフ…ももち殿、是非とも拙者とペアを組み交わしましょうぞ」


「おおミッチー殿、もちのロンの助でござるよ。拙者、貴殿以外には心を開けぬゆえ」


デュフフ…と笑い合うのはオタクの水谷君と桃野尻君です。どうやらこの二人は早くもペアを組んだみたいですね。こういう時は異常に行動が素早いです。


「黒江、組もう」


「うん、白江。当然」


双子の夜ノ森姉妹は即行でペアを組んで、もうすでに手を繋いでいました。さすが双子、心が通じています。


「おい、お前。この一万円をやるから僕様と組め」


「何だよ五反田〜。素直に組んでください、だろ。まあ金はもらっとくけどな、へへ」


お金で解決しているのは、五反田 金太郎君ですね。かなりお家が裕福らしい、いわゆるボンボンです。


「おい、鼻毛山、俺と組もうぜ!」


「ねえ、毛虫谷さん、私とペア組もうよ」



他の人も次々とペアを作っていきます。


今更ですけど、このクラスの人は個性的な名前の人が多いです。あまり聞いたことがない苗字ばかりですよね。


「こむち、よく分かんないけどペア組もうね」


「はい由美ちゃん。よろしくです」


そして私も由美ちゃんのおかげで問題なくペアを組むことができました。

あ、委員長の城守君は副委員長とペアを組んだみたいですね。


「フン…貴様、感謝しろ。我が封印されし混沌の力を解放してやろう。常闇を切り裂き、天を穿たんとする真なる“魔”の力をな…」


「おい、何でこいつしか残ってねえんだよ。ふざけんな!」


そして最後のペアも無事決まったみたいです。


…あれ、そういえば確かこのクラスって47人だったはず…。ペアを作ると一人余る計算になるはずです。


ふと疑問に思い、キョロキョロと周りを見渡すと、一人の男子生徒が隅の方で倒れていました。


「え…嘘!る、瑠璃丘君…!?」


そこに倒れていたのは何と私の王子様、

瑠璃丘君でした。その事実を知った途端、私の心臓はバクバクと鼓動を速めていきます。


「な、なにっ瑠璃丘!どうした!おい、しっかりしろ!!」


そんな私の驚きの声を聞きつけて、緑川先生がすぐさまタタタと瑠璃丘君の下へ駆け寄って行きます。それを見て私は少しだけホッとしました。やっぱりこういう時、大人の人は頼りになるものです。


でも本当に丁度その時、私と由美ちゃんの繋いだ手が一瞬だけ強く光りました。そして気が付いたら私達はまた別の部屋にいたのです。



「えっ、えっ」



当然私たちは戸惑います。

今度は壁も天井も、宇宙空間みたいなデザインの薄暗い部屋。あたり一面、星が散りばめられたみたいにキラキラしています。

そんな部屋の中で、手を繋いだ他のみんなが再び騒いでいました。次々に起こる非常識な事態にみんな混乱しているようでした。

あれ、でも瑠璃丘君と先生がいない…?


瑠璃丘君、瑠璃丘君は!?こんな訳の分からない状況ではぐれるなんて危険すぎます。くっ…あの時私がもっと早く瑠璃丘君に気付いていれば…。

私は後悔しましたが、時すでに遅しです。


GPSも反応しないし、今の私には無事を願う事しか出来ません。先生も一緒だしきっと大丈夫。そう強く願います。

お願い、無事でいて下さい。またちゃんとお話がしたいんです。


「おい、また何か変なものがあるぞ」


そんな声にそちらを振り向いて見れば、確かに何やら機械のような箱が中央に置いてあるのが見えました。

あれは…白い筐体の、ゲームショップなんかに置いてある物によく似ています。


「懐かしいな、これカードダスじゃないかい?」


イケメンの一条君がそう言うと、それに反応して二人のオタクさん達が素早くその機械の検分を始めました。


「ムムム、これは確かにカードダス。おや、ここに小さく『ハッピーモンスターズ』というロゴが書いてありますな」


「しかしミッチー殿、拙者の知識袋にその商品名はござらん。メーカーも不明からして、これは個人で作ったオリジナルカードダスなのではござらんか?」


「ムム…しかも硬貨を入れる部分がありませぬな。もしやこの筐体、無料で回せる仕様なのでは?」


二人がそんな事を言い合っていると、何と機械の正面に突然文字が浮かんできたのです。


「ファッ!!こ、これは摩訶不思議な…どういう原理でござろうか」


「失礼、僕が読み上げるよ。えー、『一組一枚カードを引く』と書いてあるね」


現れた文字にびっくりしているオタクの水谷君たちを押しのけて、クラス委員長の城守君が文字を読み上げました。

ペアごとに一枚カードを引くように、と書いてあるようです。


「よし、じゃあまず僕たちが引いてみよう。何せ初めに見つけたのは僕だからね、異論は無いだろう」


そう言って一条君たちのペアが一番に機械へ手を伸ばします。

ガチャガチャ、とダイヤルを回すと、スーッと一枚のカードが出てきました。


「お、出てきたね。どれどれ…ユニコーン?これ、本当にただのカードダスじゃないか。…おや、説明書きがある。星2?レア度か何かかな?」


一条君が皆にカードを見せながら、得られた情報を話します。

ここからチラリと見えたカードには、幻想的なユニコーンの絵が描いてありました。


「むっ、これは…、どうやら一回しか引けないようだね」


そしてさらにガチャガチャとダイヤルを回す一条君ですが、どうやらカードは一枚しか出て来ない様子です。


「一条君どきたまえ。次は僕達が回してみよう」


そして次は城守君達、委員長・副委員長ペアが回すと、ちゃんとカードが出てきました。城守君は出てきたカードを見て「リビングアーマー…?」と呟いています。


その後はそれぞれのペアが順番でカードを引いていきました。


「お、星3じゃん!」


「くっそ〜!星1つかよ!」


「ありゃー、あたし達も星1つだ」


「オゥフ!スライム!スライムキタコレですぞ!育てば最強格のスライム先輩降臨でござる!!」


「オーゥ、スター2つデース!」


「くっ、この僕様が星1つの一反木綿…だと…。おい、金を払うからもう一回やり直させろ!」


ガヤガヤ…



いろんな声が聞こえてきましたが、突然ワッ!と歓声が上がりました。


「えっすごーい尾野崎さん達!星4つだって!」


「すげー、キラカードだ!」


「なになに?九尾の狐!?何かすご!」


「な、はは。よく分かんないけど良いの引いちゃったのかな」


どうやら尾野崎さんペアが良いカードを引いたようです。

尾野崎さんは一瞬驚いたような顔をしていましたが、すぐにいつものニコニコ輝く笑顔に戻りました。横にいるペアの多野山さんも嬉しそうです。

これに何の意味があるのかは分からないですが、どうせなら私も良いカードを引いてみたいですね。


そして間髪入れず、再びワッ!と歓声が上がりました。

卓球部の黒萬こくばん君ペアも星4のカードを引き当てたみたいです。


「おー!竜生達もかよーっ!!」


「やった〜、僕こういうので良いカード引いたの初めてだよ」


黒萬こくばん君達が嬉しそうにしています。

いつもニコニコと穏やかな黒萬君。こんな時でも変わらず穏やかな人です。



「小麦、私たちもカード引こう」


そう言ってくれた由美ちゃんと一緒に、私たちもカードを引きます。



ガチャガチャガチャ…



そしてちょっとドキドキしながら出てきたカードを見てみました。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 【炎鳥フレイムバード】 ★★★

 『滅却』の力。極炎と化したその体は、あらゆるものを焼き尽くす。


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やった!星3つでした。

これが良いのかはよく分かりませんが、やっぱり星が多いと何となく嬉しいですね。


すると突然、それまでとはまた別の怒号が後ろから聞こえてきました。


「おーいふざけんなよ!私達が星1つのナメクジで、あんた達が星3つの天使ってどういう事だよ!逆だろ逆!」


そちらを見ると、天使あまつかしずくさんが、塩原しおばら天子てんこさんに詰め寄っている所でした。


残念だけど、このクラスにもいじめっ子とその被害者、みたいな関係の子達がいます。

この子達がそう。クラス内ではあまり露骨にやらないけど、塾が一緒みたいで、学校の外でいじめているっていう話です。

塩原さんのペアの子も一緒に外でいじめられているっていう話を聞きました。


「あ、あの…わ、私たちどうしたら…」


「決まってんだろ?私達のカードと交換すんだよ!ほら、さっさと渡しなよ。全くトロいんだから」


「あっ…」


どうやら無理やりカードを交換させられたようです。ひどいことをするな、と思いますが、私は怖くて何も言えません。


「ちょっと天使さん達、今はそんな事をしている場合では無いでしょう」


でも、そこでクールビューティの八千代さんが止めに入りました。

副委員長の金井島さんは完全に怯えてるのに、八千代さんは堂々としています。

さすが影の委員長と言われるだけあってすごい、本当にすごいです。尊敬します。


「あ〜?何だよ八千代〜、私達に何か文句でも…」


と天使さんがそう言いかけた時、キーンコーンカーンコーン、とこの場に不釣り合いなチャイムが鳴り響きました。


皆がギョッとなって動きを止めた次の瞬間、今まで何もなかった空間に突然人が現れました。

まるでさっきから居たかのように、私たちの視線が一瞬外れた瞬間に現れたのです。



研究者みたいな白衣を着た人が5人。その真ん中の人がツカツカと前に進み出てきて、笑顔で言いました。


「やあ皆、当研究所へようこそ。…うん、準備はもう出来てるみたいだね。では、これから皆で楽しいゲームを始めまーす」

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