第2話 狩るものと狩られるもの
俺こと
というのも、自分で言うのも何だが俺はまあまあ優秀な方だったからだ。勉強もそうだし、スポーツなんかも特に練習せずとも自然に出来ていた。よく学校をサボる奴がそんなもんだから、一部の人間からは妬まれたりもしたけど、まあそんな面倒な奴らからものらりくらりと躱してきたもんだ。
だけどそんな楽観主義極まる俺だって対応できない事態もある。それが今の状況。カオスでよく分からんこの状況ってワケ。
「俺の頭は畑じゃねえ!!」
…じゃねえ…!
……ゃねぇ……
…オーケーオーケー。皆心配かけたね、でももう大丈夫。俺は冷静さ、
頭に花が咲いてる?ハッ、問題ないね、そんなカッパもテレビで見た事があるよ。僕だけじゃ無い、何も特別な事じゃあないのさ。HAHAHA。
…ふう、大声で突っ込んだらスッキリして少し落ち着いたわ。困った時は大声を出してみるといい。暮らしに役立つライフハックだ。
よし、じゃあちょっと話を整理してみようか。
まずは状況。
周りには一切人がいない、どう見てもぼっちだ。この禍々しい樹海の中で俺一人だけ、というこの状況。
水は500mlのペットボトル一本しかないし、食料だって皆無。…うん、ヤバいね。生存するだけでもなかなかにハードコアモードな状況だ。
次に手持ちのアイテム。
今あるのは中華ナベ、水のペットボトル一本、回復薬らしきもの二つ、生徒手帳、皮袋、500円玉。それとホルダーに謎のカードが一枚。
やっぱり際立つのは物資の貧弱さだな。早いところ川でも見つけて水だけでも補充したいところ。
しかしここは推定異世界。日本でさえ森には熊みたいな危険動物がいるんだから、このヤバそうな異世界樹海にも必ず危険な生物がいるはずだ。
武器も何も無いこの現状、とりあえずこの中華ナベを活用するしかあるまい。一応鉄製品だからな、盾代わりくらいにはなると信じたい。
そして目的地だ。
生徒手帳に書いてあった『鉄の塔』。怪しさ満点だが、今ある唯一の情報がそれだけだからな。そこを目指す以外に選択肢は無い。
しかし必要になるらしい「星」だけど、実際どういうものかがよく分からん。一応このカードみたいなやつだとは思うんだけど、確証は無い。
そんでこのカードは取られたら死ぬ、らしい。他にもこのカードを狙うやつがいるっぽいし、大事に守った方が良さそうだ。
集めるのは…とりあえずその塔とやらを見つけてから考えても遅くはないだろ。
「それと…」
俺はチラリと頭の上に視線を向けた。
自分からは見えないが、頭の上では謎の花…いやマンドレイクの花がユラユラ風に揺れている。その動きが感覚で分かる。
「これが俺に与えられた力…ねえ」
他に心当たりが無いし、自分の体の中で明らかに異常なのはこいつだけだ。多分だけど、これが「与えられた力」とやらなんだろう。
つまりこいつはこの先、きっと何かの役に立つはず。…立つよな?おい頼むぞマジで。
そういえばこの推定マンドレイク。ちょっとだけ根本から引っ張ってみたんだけど、少し力を入れただけで頭にすんごい激痛が走った。
もしかしてこいつ、頭にしっかりと根を張っているのでは…?
俺は怖くなったのでそれ以上こいつを引っ張るのは止めておいた。
さて、確認も済んだし、そろそろ行動しよう。いつまでもここにいても仕方が無い。
目的地の鉄の塔だけど、塔というからには多分背の高い建造物だろう。
しかしここは背の高い木々に囲まれてるから、いくら上の方を見ても葉っぱに隠れて空も見えない。もう少し開けた場所じゃないと、いくらでかい建物でも探せない。
まずは少し歩き回って開けた場所を探そう。ついでに水場でも見つかれば最高だ。
「…しかし道もないからなあ。ナベも地味に重たいし、これはなかなかしんどそうだ」
そんな事をぼやきながら、俺はガサガサと背の高い草をかき分けて移動を始めた。
………
……
…
「ハァ、ハァ…これいつまで続くんだよ…全然景色変わらねえ」
2時間ほど歩き続けたが、全くと言っていいほど周りの環境は変わらなかった。
空は葉っぱに隠れて見えないし、やたら背の高い草むらも相変わらずだ。
それに何より暑い。熱帯気候のようなこの蒸し暑さ…気温35℃くらいはあるんじゃなかろうか。しんどい。
「ング、ング…プハッ」
だから当然喉も乾く。この水ももう半分近く飲んでしまった。これは非常にまずい、早く水場を見つけないと脱水で死んでしまう。最悪、飲尿療法も視野に入れなくては。
それにずっと草をかき分けて進んでるからあちこちに擦り傷は出来るわ、キモい極彩色の羽虫がブンブン顔面に飛んでくるわで、精神的にもかなりキテいる。心が折れちゃいそう。
更に加えて背中の中華ナベがまた重い。一応突然の猛獣エンカウントに備えて、盾としてすぐ使えるようにしている。ナベの取手についてた紐を肩にかけて背中に担ぐという亀の甲羅スタイルだ。
もしカッコ良さのパラメーターがあったなら、勢いよくマイナスの方へ振り切れている事だろう。でも安全には変えられないよね。悲しい。
「ふう、少し休憩しよう。…しかしまあ、本当に見たことない植物ばっかりだな」
俺は足を止め、一息ついた。
そして何気なく目に留まった植物を見て、改めてその異様さに意識を向けた。
「例えばこれとか…。こんなキモい色合いの葉っぱとか、見たことないよなあ」
俺は小休止がてら少ししゃがみ込み、目の前の背丈の低い植物に手を伸ばした。
青と黄色の縞々模様に、イボとか水脹れみたいにボコボコとした形の葉っぱ。
こんなもん今まで見たことが無い。いや、多分図鑑にも載ってない。さすが推定異世界、貫禄がある。
「うへっ、気持ち悪っ」
足に登ってきた、やけに足が長いハサミ虫みたいなキモい虫を振り払い、俺は急いで立ち上がった。
虫も見たことないやつばっかりだ。とにかくキモいし、毒虫の区別もつかないから余計に怖い。虫刺されで死ぬとか最高にダサいのでやめて欲しいです。
そんな事を考えていると、グウゥと力無く腹の虫が鳴った。
「はあ…ヤバい、いよいよ腹減ってきた。朝飯抜いてきたのが痛いなあ…。こりゃ早いとこ食えそうなもんを確保しないといかんな。でないと、こんなキモい葉っぱでも食わざるを得ない状況になっちまう」
それは勘弁願いたい。
俺はそう呟いて、再び草をかき分けて進み出した。
するとその願いが天に届いたのか、更に一時間ほど進んだところで待望の変化が訪れた。
「おお、道…道だ」
ガサリと草をかき分け、急に視界が開けたと思ったらそこは何と道だった。
舗装こそされていないが、明らかに人に踏み固められている。そんな感じのハッキリとした道が出現したのだ。
そして同時に木々が開けた事で、俺の目にはそれが映った。
「あ、もしかしてあれが鉄の塔…か?」
木々の切れ目から遠くに見えるのは、天まで届きそうな一本の高い高い建造物。黒く細長いそのシルエットは、まさしく塔だ。
あれだ。あの建造物こそが俺の目指すべき場所に違いない。
「やった…やっと見つけた。ふい〜、これで少しは気が楽になってきたな。それに道があるって事は人がいる可能性も…」
俺は不意に訪れた嬉しい変化に喜び、ろくに周囲の確認もせずにその道へと足を踏み入れた。
今まで足場の悪い草むらを歩いていたせいか、少し平たい地面を踏んでその違いに足が慣れず、「おっとと」と、少しだけ前のめりの姿勢になってしまう。
するとその瞬間。
バツン!!
俺の後ろの木に、音を立てて何かが突き立った。
「ほえ?」
振り返ってその木に目を向けると、金属の矢が一本。立派な木の幹に深々と突き刺さっていた。
俺は一瞬頭が真っ白になったが、考えるよりも先に体が動き、その場へバッとしゃがみ込んだ。
キンッ
その直後、背負った中華ナベに次弾の矢が当たった。軽い金属音と衝撃が体を通り抜ける。
おいおいおい嘘だろ。矢?本物?矢で、撃たれた?
その事実が脳に染み込んだ次の瞬間、俺は起き上がって全力で走り出した。
「う、うおわああぁぁぁーーーっ!!」
ヤバい、殺される。
矢が飛んできた方とは逆の方向、考えて動いた訳ではないが鉄の塔の方角に向かって、俺は道の上を全力で駆けた。
幸いにも足は動いた。恐怖が体を支配する前に動き始めたおかげで、ちゃんと走れた。
キンッ
またナベに当たった!あ、危ねえ!誰だか知らんがやめろ、やめてくれ!本当に死んでしまう。
キィンッ
くそヤバいヤバいヤバいっ!!これマジでヤバいっ!!
どうすんだよ!どうすりゃいいんだこれ!
こ、この直線の道はダメだ!いずれ当たる!
俺は咄嗟に横の草むらへガサリと飛び込み、その薮の中を駆けた。
ガサガサと、硬い草や枝なんかが当たって手や顔に擦り傷ができるけど、そんなの気にしてられん!とにかく前へと突き進む。
チュンッ
あぶねっ!で、でも今度はナベにかすっただけだ。
少しずつ引き離せてるのか?よ、よしゃ!このまま逃げきってやらあ!訳も分からんまま死んでたまるかい!
しかし、ガサガサと草むらを突き進む俺の足は程なくしてピタリと止まった。
何故ならそこは——
「が、崖…かよ…」
俺の行く先に地面は無く、そこはまさしく崖になっていた。
剥き出しの岩肌を越えた下の方には大きな川が見える。川だ、探し求めていた水だ。でもそれは今じゃない、ノーサンキューだよ。
「おいおい、勘弁してくれ…。火サスかよ…」
ワンチャン飛び込んでみるか?
俺が足を止めて一瞬思考にふけたその瞬間。ヒュンと風音を立てて次なる矢が飛来した。
「あう」
トスン、と軽い音を立ててナベでカバーしきれていない部分、右脇腹の後ろに矢が突き刺さった。
「痛っ、ぐああぁーーってぇ!!」
襲い来る痛みと衝撃。それに耐えきれなかった俺の体はそのまま前方へと倒れ込み、フワリと宙を舞う。
そして重力に引かれるままに、俺は崖下へと転落していった。
…ドボーーーン
激しい水飛沫を立てて入水し、そのまま水流に乗って少年は流されていく。
その様を遠目に見て、チッと舌打ちを鳴らすは眼帯の男。手元の短弓につがえた矢を外し、その矢を背中の矢筒へと戻した。
「チッ、これだから安物の支給品はクソだな。弓の軸がズレてるじゃねえか、まっすぐ飛びやしねえ。腕でカバーしろってか」
短弓をくるくると回し、それを背中に担ぐ。そして男はうーむと考える。
「あー今のガキはいい獲物だったんだがなあ…運が無かったか。始まったばっかの今がチャンスなんだ、早く殺さねえとこっちの方が危ねえ」
そうしてその眼帯の男は少し考えた後、急ぎ足で来た道を引き返し始めた。
「よし、今のガキを追うか。ここのフィールドは広いからな、他のガキを見つけられるとは限らん。あの川ならあのあたりに流れ着くはずだ」
そう呟く眼帯男の胸にはプレートのようなカードが一枚。そしてそのカードにはこう書かれていた。
『 【ハンター】 ☆☆ 』
………
……
…
「ぅ、ぅん……ゲホッ!ゴボッ!ゴボボッ、ブヘッ…!!」
ゴボボ…ビチャビチャビチャ…
混濁した意識の中から目覚め、俺は喉の奥から胃液と共に大量の水を吐き出した。
あまりの苦しさに涙と鼻水が溢れ出る。
あぁ苦しい…。死にそうだ。…死ぬ?いや俺死んでないな。
…ん?あれ、ここどこだ?河川敷…?
「…そうだ、俺あの高い崖から落ちて…ぬうっ、いってぇ!」
運が良いのか悪いのか、どうやら俺は綺麗に崖下の川へストレートダイブして命を長らえたようだ。
しかし安心したのも束の間、右脇腹に走った激しい痛みに俺は顔を歪めた。
「普通に矢が刺さってるじゃん。いててて…、うっわ、これどうすっかな、くはー痛ぇ…」
矢は早く抜かないとそこから腐る。そんな都市伝説を聞いたことがある、知らんけど。しかし確かに抜かないと矢鴨みたいで不便だし、矢が体の一部になるのも嫌だ。抜いた方がいいんだろう。
でもそんな事、普通の高校生に出来ると思います?いやあえて言おう、無理であると。
「…でもやらないと多分死に確定だよな…。こんなとこで矢が刺さったまま生活するなんてヤバすぎる」
フゥゥゥ…と深く呼吸を整え、覚悟を決めた俺は脇腹の後ろに刺さった矢をムンズとつかむ。そして「破ッ!」と寺生まれのTさんの如く気合を入れて思いっきり矢を引っこ抜いた。
返しがない矢だったから、思ったよりもスルリと抜けた。だけど痛みは極上だった。
「ぐっ、痛ってえ!!ぐう…こ、これ、ヤバいかも…血も止まらんし」
べったりと手についた血を見ながら、俺は痛みに顔を顰めた。しかし俺の灰色の脳細胞は、そこである事を思い出した。
「そ、そうだ、回復薬…!」
俺は近くに落ちていた皮袋の所まで這っていき、その中を探る。よ、よし何も無くなってないな。
そして「回復薬」と書かれた容器を手にした俺はその蓋を開け、祈りながら中の緑色の液体を喉へ流し込んだ。
塗り薬か飲み薬か分からんけど、とにかく摂取すりゃ良いだろ。
「ゲホッ、にっげぇ〜!クソマズかよ!」
しかし次の瞬間、脇腹のあたりが暖かくなり、気付くと血は止まっていた。そして驚くことに直接患部を触ってみると、傷口は跡形も無くなっていた。
「おいおい、本物…かよ…。こりゃいよいよだな」
完治した脇腹をさすり呆然としながら、俺は静かに呟いた。
速攻で傷が治癒する薬、弓矢で殺そうとする敵、気持ち悪い原生林、頭に咲く花。
これだけ材料があればもう確定だろうね。
推定ではない。間違いなくここは普通の世界ではない。異世界だ。
どうやら俺は何者かの手によって異世界に連れてこられ、そして今危険な場所にいる。
そしてその何者かが「試練」とやらを開催していて、人殺しを許容…いや、推奨している。
ただ生きるだけでも大変そうな場所なのに、マジで鬼畜すぎる。絶対黒幕は性格悪いだろ。
「これちゃんと元の世界に帰してくれんのか?すげえ不安なんだが」
しかし、そんなことを言っても誰も答えてくれない。結局鉄の塔とやらに向かうしか無いのだ。
「しゃあない…とりあえず体勢を立て直すか」
俺は濡れた服を全部脱ぎ、生まれたままの姿で川岸に移動した。
全裸中華ナベスタイルという高度な変態になってしまったが、ある程度服が乾くまでは仕方が無い。こんなところで風邪をひいたら詰んでしまう。
火は起こせないが気温は高い。服も体もそれなりに乾くだろう。
岩場に座り、ギューっと服を絞り水分を出し切る。うむ、この枝に掛けて乾かしておこう。
少し落ち着き、全裸で大きめの岩に腰掛けた俺は、命の恩人である中華ナベを手に取って見つめた。
傷一つ付いていない…何つう頑丈な鍋だ。
あの矢だって金属だったよな?もしかしてこれ鉄じゃないのか?まさか異世界金属の良いやつだったりして。
「何にせよこいつのおかげで助かったな。サンキューな、相棒」チュッ
全裸の俺は、ハードボイルドに中華ナベにkissをした。
そして次に考えるは、俺を襲ってきたスナイパーの事。
「どんなやつなのか見る余裕は無かったけど…これだけは言える。またさっきのやつに会ったら絶対ヤバい。このままだと次は確実に殺される」
武器や戦う手段があるなら別だが、今の俺にはその術はない。つまりエンカウントを避けながら進む必要がある。
だから、さっきみたいな目立つ道は見つけても使えない。他にもああいう奴がいるかもしれんし、見晴らしのいいところで張ってる可能性が高い。
とにかく隠密に。食料を確保しつつ、塔へ向かう。
「いや難易度高すぎだろ…鬼ハードモードかよ」
そこまで考えたところで、また腹の虫がグウと鳴り始めた。しかし食えるものなど何一つない。雑草ですらこの場所では安全が確保できないのだ。
「ああ…腹減った。焼肉…マック…ポテチ…何でもいいから食いてえ」
薄暗くなっていく森の中、俺はこれからの事を考えて少し泣きそうになった。
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