転生特典スキル『超遊戯』で異世界をアソビ尽くすッ‼︎

軍艦 あびす

第1話 俺の『相棒』

 何か、特別な日というわけでもない。ありふれた日常のど真ん中に佇んだそれは、変わり映えもしない今日である。そんな普遍を描くその一頁に異端を添え、非日常を人生のスパイスと出来るならば……

 

 六月の土曜日。朝、いや、昼に差し掛かる頃か。時計を覆うアクリルの向こう側に囚われた身長の低い方は、十と十一の間をのろのろと這っていた。馴染みないこの環境の空気はヒリつくようにして妙なプレッシャーを放ち、立ち並んだ面々は口を開くことすら阻まれるといった状況であった。

 無理もない。来たる大会に向けた練習試合の為に、相手のホームに立っているのだ。本日は互いの男子バスケットボール部の為、この体育館を貸し切っているというわけである。

「……よし、んじゃあ今日のフォーメーションについて再確認しとくか。スタメンは集まれ」

 剃りの甘い髭を携えた一人の男、三十代後半といったところか。ここに連ねた面々を取り仕切る者として駆り出された、顧問兼監督を務める岸谷きしやである。五人のスタメンを召集し、円を描くようそれぞれが顔を見合わせる。既に試合開始まで、十五分も無いような状態であった。岸谷は片手に持ったバインダーを睨みながら、少し走り気味に口を開く。

木野きのはいつも通りセンターだ、あまり動きすぎるなよ。山田やまだ明石あかしもいつも通りだが、今日は試用も兼ねてるから場合によってはシューティングに移行しても構わん。んで、不知火しらぬいは……」

 岸谷は、一言を止めて顔を上げる。向き直った先に佇む一人の男は、片手に持った小さな何かを睨むようにして、謎の相槌を放っていた。そんな光景に、岸谷が大きな溜息を溢す。

「おい、不知火。オメーなんだそれは」

「……はい⁉︎コイツですか‼︎コイツは俺の相棒……スペクタルドラゴナイトセブンって言うんですよ‼︎」

 プラスチックと鉄で構成された小さな塊を、岸谷へ向けて見せびらかす。トゲトゲとしたディテールと、中心に描かれた竜の紋章が天井から降り注ぐライトを反射して白く染まっていた。

 スモールフォワード、バスケットボールにおいて一番の攻撃手と言っても差し支えないポジションに選ばれたこの男の名は、不知火悠真しらぬいゆうま。スタメン五人という狭き門を突破しているという点から実力者であることは明白である、が。教員である岸谷から見れば、根っからの問題児であることは明らかであった。

「……オモチャじゃねえか」

「失礼な、スペクタルドラゴナイトセブン……ベーゴマックスは立派な競技として成立した現代のベーゴマと名高い……」

「目の前の競技に集中しろな」

 岸谷は、不知火悠真の伸ばした手に乗ったスペクタルドラゴナイトセブンを掴み上げる。傷つけないように慎重に回収し、右掌に保管した。呆気に取られた不知火悠真の顔に、他メンバーは「またか」と言いたげな表情を溢すばかりであった。

「俺のスペクタルドラゴナイトセブンが‼︎」

「不知火、お前ちょっとジャンプしてみろ」

 スペクタルドラゴナイトセブンを人質に取られた不知火悠真はなす術なく、岸谷の指示に従うしかないようであった。ウォーミングアップの類かと、精一杯の力を込め、不知火悠真はその場で飛び上がる。

 はらり、はらり、と。使いまわされ、ボロボロになった学校備品のゼッケンの隙間から、数枚の紙が宙を舞う。それらは、眩しく光を反射した体育館の床にゆっくりと着地した。

「俺のマスキンカード……‼︎」

「お前なぁ……」

 カードの裏面には、ギザギザとした書体で「マスターズキングダム」と示されている。所謂カードゲームの類か、表を向いた数枚は、金箔を押された加工が施されている。どれもが全て、不知火悠真の手によってスリーブに詰め込まれ、厳重に保管されているようだった。

 岸谷は床に散らばったカードを拾い集め、先程回収したスペクタルドラゴナイトセブンと共にまとめて背後のベンチに乗せる。再び円の一部に帰還したのち、不服な顔を浮かべる不知火悠真に溜息混じりで言をこぼした。

「返して欲しけりゃあ、活躍してこい」

「……分かった、これも試練なんだな師匠」

「誰が師匠だ、監督と呼べ」

 茶番の末、試合開始の時間が訪れたようである。対戦校の監督が合図を送ると、岸谷はそれに大きな身振りで返す。互いのメンバーがポジションに着き、センターラインを挟む。ティップオフの合図は煩く響き、審判によってボールが宙へと投げられた。

 幸運にも、投げられたボールは味方のジャンパーに有利な方向へと曲がる。練習試合としては少し首を捻りたくなる結果だが、不知火悠真にとっては好都合である。初手は体力と思考能力に余裕があるので、しっかりとしたボールの運びを再現する事が出来た。上々の進行、メンバーのうち一人が攻めの体勢を取る中、相手のフリースローラインへと侵入を試みる不知火悠真の姿が見える。スペクタルドラゴナイトセブンとマスターズキングダムを取り返すべく奮起した不知火悠真へと、ボールが投げ渡される。

「っしゃあ……返してもらうぜ俺のッ相棒ぉ‼︎」

 意気込んだままにやりと笑う不知火悠真は敵のディフェンスを超え、空に構えたリング目掛けて飛び上がる。初手から大技、ダンクシュートを決めるつもりのようであった。先程のジャンプよりも高く、正確に敵を乗り越え、握り込んだボールを打ち込む。不知火悠真はしっかりと得点と化したボールの行方を見届けたのち、リングの縁を掴み、懸垂の姿勢で宙に佇む。

 

 しかし、何故か。

 不知火悠真の手に伝わる体重は、いつもより何倍も軽かった。

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