塩の価値はなくなってみないとわからない
ハビィ(ハンネ変えた。)
万能
俺はありきたりな天才で、娘は亡くなった妻に似て天才ではなかったが、彼女の父親であることは今も続く喜びである。
高校に上がることを境に俺の手作りケーキを嫌がった絶賛反抗期中である娘の為に、今年のクリスマスケーキを探してスマホの画面を指でスクロールしていく。
三角形のサンタクロースが乗った8パレットのアイスケーキのアレルギー情報をチェックして、ページをブックマークする。
ブラウザバックして検索結果に戻っては、通販サイトを開くという行為を繰り返し、変わり種から王道なクリスマスケーキまでいくつかの商品ページをブックマークした。
真っ白い生クリームの上にアラザンがまぶされ、中心に苺がたっぷりデコレーションされたショートケーキ。
サンタとトナカイ、キノコに見立てた焼きチョコ菓子をトッピングしたブッシュドノエル。
カスタード入りホイップクリームをサンドして、和栗クリームを絞ったモンブランデコレーションのホールケーキ。
注文時に任意の顔が合成できるらしい一万円柄のチョコプレートとラズベリーが乗った苺ショートケーキ。
他にも色々と見ていたら、娘の幼馴染から電話がかかってきた。
聞いた話によると、二人でスキー旅行に行ったはいいものの、ロッジで人死が起きてしまい、外は吹雪で閉じ込められて、今夜中に二人が死ぬという新聞の切り抜きで作られた怪文書まで届いたらしい。
娘は昼寝の最中だというので、仮にも天才である俺は娘が起きる前に幼馴染へと指示を飛ばして犯人を探し回り、吹雪もどうにかしておく。
なぜなら、俺は天才なので。
こういうことは俺の人生にはよくあって、娘と生前の妻が夏休みに島の洋館に行ったら人が死んだ挙句に嵐で閉じ込められて、困り果てた妻が俺に電話を繋いできた。
娘に何かあったら俺に真っ先に連絡が来るようにしたい。
そんな考えから、娘と親しい間柄の人間には、宇宙に居ても繋がるように無断改造を施したスマホを持たせている。
天才からしたら、そのような物を作るのも簡単だ。
猫のドキュメンタリーを流し見しながら、一時間もあれば完成する。
妻に指示を飛ばしながら島の洋館から脱出させた次は、祖母の持つ山奥の別荘に行ったら人が死んで外界を繋ぐ橋は火事で焼け落ちて閉じ込められてしまった。
他にも、俺の弟が所有している豪華客船に乗った時なんて、運転出来る人間が初手で全員死んでしまって、船は物理的に孤島になったこともある。
いつも娘が寝てる間に最初の被害者が出るか第一の事件が発生するので、俺は娘が起きる前に電話越しに指示を飛ばして全部なんとかした。
なんたって、俺は天才なので。
娘に怖い思いは出来る限りして欲しくないので、事件発生時の詳細は聞かれても極力喋らないようにしていた。
「お父さん、私さ。二十日に水族館行きたい」
幼馴染とのスキー旅行から帰ってくるなり、娘が話し掛けてくる。
娘は俺より頭一つ以上背が低くて、小学四年生の頃から全く身長が変わっていない。
カーペットの上で寝そべっていたので、珍しく見上げる形になった。
毎回寝てる間に解決しているとはいえ、殺人事件の現場から帰ってきた人間と思えば随分と元気だ。
この一連の動作だけで、娘がどれほど幼馴染や友達を振り回しているか想像できる。
娘は陽気でよく喋り、周りにはいつも人がいた。
行かないの?と思いっきり書いてある表情で見下されていたため、俺は起き上がってあぐらに座りなおす。
娘は横に並ぶように体育座りをして、スキーについて喋り始める。
その後に数学の課題に手をつけてない言ってきて、部活の後輩の誕生日が近いと笑い出し、雑多にくるくると変わる話題を話してきた。
「きみは、相変わらず俺のことはお構い無しだね」
「ハ?……なによ。それ」
「話題がピンポン玉みたいにポンポン飛ぶからさ。そんなに、いっぱい聞いて欲しいことがあるのかな?」
「考え無しの馬鹿って言いたいの?そもそも、会話なんてノリでやるもんでしょ」
「そうかな?俺は違うけど」
いつだって来る話題を予測して、回答を何通りも思い浮かべておいて、準備する。
見極めが大事だ。
このタイプにはこう返したら好意的にしてくる、このタイプには時々語気を強めて深入りはしない、このタイプは蔑ろにしても気づかない。
そんな具合に、俺はずっと人間関係を回してきた。
会話も技術と理論があれば、個人に特別な好意がなくても、ある程度は成立する。
「お父さんって、思いつきで話すことは無いの?」
「お札ケーキ!」
「なんて!?……いや、そういうのじゃなくて」
「ぎっ、ががががががが!」
「壊れちゃうほど!?」
露骨に驚く姿につい笑いが漏れる。
娘は、素直な性格だ。
ノリが良いし、俺よりも他人を対等な等身で見れている。
娘は立ち上がってリビングの扉を開けると、やがて自分の胸くらいの高さがある長い箱を引きずってきた。
箱を開けて、中からスタンドを取り出して黙々とクリスマスツリーを組み立てていく。
組み立て終われば、娘の身長より背が高くなるピンクのクリスマスツリーに、下の方から少女趣味なオーナメントが飾られていく。
「一番上、きみの手で届くの?トップスターは俺が飾ろうか?」
「うっさい!お父さんがやるとすぐ終わっちゃうから黙ってて!」
娘に怒られてしまった。
気遣いのつもりだったけど、失敬。
なんでも一人でやりたいお年頃ってやつなんだろう。
天才なので、思春期の娘という宇宙よりも不可思議な存在にも一定の理解が示せる。
俺は天才だ、そのはずだったのに。
水族館で、ついに娘が第一被害者として発見された時に、俺は自らが凡人であることを思い出した。
どうして、この可能性に至らなかったのだろう。
事件の度に娘が被害者にならない理由なんてない。
むしろ、若い女の子なんて格好の標的じゃないか。
悲しくて仕方がなくて、俺は父親になって初めて声を上げて泣いた。
妻の葬式ですら泣かなかったのに。
一通り泣いた後に、俺は六日間で娘を生き返らせた。
これまでどんなに殺人事件を解決しても何とも思わなかったけど、この時ばかりは自分が天才で良かったなーと心から思った。
例のクリスマスケーキは娘が生き返るまでに腐りそうだったから、俺が一人で食べてしまった。
だから、正月とか理由を探して別のケーキを買ってやるつもりだ。
娘の味の好みを考えたら、あのクリスマスケーキは少しベリーの酸味がききすぎた気もしたから、むしろ良かったのかもしれない。
▼ E N D
塩の価値はなくなってみないとわからない ハビィ(ハンネ変えた。) @okitasan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。塩の価値はなくなってみないとわからないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます