第4話 初恋
何日もかけて王城に戻った私を、父は厳しい目で見たけど、逃げた理由と、旅先で見聞きしたことをすべて黙って聞いてくれた。
「父上。私はアストリーヌという一人の人間として、自分の未来を選びます!」
きっぱりと告げると、父は小さくため息をついた。
「それが、おまえの出した答え、か」
「はい!」
「わかった。先方には断りの手紙を出そう」
「ありがとうございます! では早速ですが、父上が承認した課税の件について少々気になる点がありまして――」
自分なりの意見を語りだすと、父はたじろぎ、また今度にしてくれと玉座から立ち上がる。
「逃げてばかりではなんの解決にもなりませんよ? それと私、専属の騎士を雇いたいのですが、かまわないでしょうか?」
それは伺いというよりも、確認だった。
「ああ……旅の護衛を務めてくれた青年だったな。それは……たぶん難しいだろうなあ」
父が煮え切らない返事をしたので、私はキッと眉を吊り上げる。
「ルカはとても素晴らしい騎士よ! これからも力になってくれるわ」
私はそう言い切って、王城の前で待っていたルカの下へ急いだ。
「ルカ! 私の専属騎士になって!」
息を切らしながら笑顔で声を弾ませると、ルカは少し困ったような表情を浮かべる。
「まさか、おまえがリュシエール国の王女だったなんてな」
なんだか、ちょっと感情のこもっていないわざとらしい言い方だ。
「……ごめんなさい、黙っていて」
私はずきりと胸が痛んだ。嘘をついていたのだ、彼はきっとよく思っていないだろう。
「用心棒をしてくれた報酬は必ず……」
「実は、俺もいま『試験』を受けている最中でね」
「へ?」
私は重ねられた彼の言葉にぽかんとする。
「市中の暮らしを学び、民衆の声を聞き、不平等さ、困難、民の望み、喜び、それらを体感し、政に生かすことができるか――」
「なに、それ……そんな言い方、まるで……」
私は声を震わせた。まるで自分と同じ立場の人間が話すことではないのか。
「俺は……ルカ・アルトヴィン。ヴァルデリア帝国の皇太子」
ルカが口元を上げると、日差しを差し込んだみたいに眩しい。
「ヴァルデリア帝国って……ここからずいぶん遠いけど? その皇太子様がたった一人で旅に出るなんて聞いたことがないわ」
私は少々いぶかしげに目を細める。
「それも込みで『試験』なんだよ、命懸けの。我が国の王位継承者は必ず通らなければならない道。ただ、俺の場合は旅自体が楽しくなってしまって、ついここまで来てしまった」
ルカは腰に下げた一本の剣の柄に触れながら、快活に笑った。
「そういうわけで、おまえの専属騎士にはなれない」
「もしかして……父上もあなたのことを存じているの?」
彼の言葉にハッとして私は問う。
「王都に立ち寄ったついでに、挨拶くらいと思って。そうしたら娘が行方不明だと情けないほどうろたえていたので捜索をかってでた」
私を見つけた後は、時々父に近況報告の手紙を書いていたのだという。
だから他の捜索隊がやってこなかったのだ。それにしても、そんなことにまったく気がつかなかったなんて、私はなんて間抜けなのかしら。
「アストリーヌに、少し考える時間を与えた方がいいのではと助言したんだ」
「ずっと、そばにいてほしかったのに……」
ヴァルデリア帝国なんて遠すぎる。距離もだけれど、こんな小国の六番目の王女なんて相手にされるわけがない。
切なくて、苦しくて、どういう顔をしていいのかわからない。ずっとそばにいてくれるような気がしていた。でも、それは私の勘違い。
ぽろりと涙が零れた。
――ああ、私、ルカのことが好きなんだ。
せっかく自分の心に気づいたのに、それが叶わないと知ってからなんて。
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