ヒロイン失格3 ~絆~


ドドンっ!

ズバン、ズバン!


赤、青、緑の大輪が十重二十重に瞬き消えてゆく。

終盤に差し掛かった大輪の花火達が、夜空に一斉に咲き誇る。

私の心臓はドキドキしている。

花火の音に対してじゃない。

頬は真っ赤になっていて、手の平は汗ばんでいる。


「お譲ちゃん、蓮華っていう名前なのかい?」

屋台の傍で立ち尽くす私に、おじさんが話しかけてきた。

私はコクリと頷く。

おじさんは真っ白で細身のシャツを着ていた。

屋台の雰囲気に似合っていない。

髪の毛も長くて、耳の下までストンと落ちている。

綺麗なお屋敷にいる執事さんみたい。


「ハハ、蓮華ちゃん可愛いね。それも飛びっきり。さっきの坊主はお友達なのかい?」

白色灯に集まった虫たちをうちわでパタパタ払いながら、おじさんは微笑む。


「あ……その、近所に住んでるお友達……」

「そか、そか」


おじさんは微笑みながら、すぅと目を細めると私のお腹の辺りをじっと見つめた。

それから一言。

「さっきの彼のことが好きなのだね」


「え……あっ!」


突然の言葉に頬がカァーっと熱くなる。

目を泳がせながら両手をブンブン振って”違う”と告げる。

京くんはずっと先を歩いている。

おじさんの声を聞かれた心配はない。

それでも顔から火が出るくらいに恥ずかしい。


「おじさん、さっきの坊主の好きな女の子が誰なのか、分かるよ。なんとなくだけど」

「えっ! ホントっ?」


風船がパンって弾けた瞬間のように、私の心が破裂する。

ドクンッ!

「だれっ?!」

屋台に身を乗り出して即座に質問する。

知りたい! 知りたい! 知りたい!

京君が好きな人が誰なのか知りたいっ!

そのこと以外は、何一つ私の頭の中に無い。


「う~ん、教えない。蓮華ちゃん、自分で考えな」

「えぇっ?! なんでっ? ねぇなんでっ?」

あんまりだ!

好きな人を知っていると言いながら答えを教えてくれないなんて!

とっても意地悪だと思います!


「そんなぁ。えぇ~。おじさんのケチっ、意地悪っ教えてよっ!」

本気でそう思ったから、非難の言葉が次々と口からあふれ出す。

おじさんは身を乗り出す私の勢いに少しだけ驚いた顔をした。

それから、クスクスと笑う。


「ハハハ、ごめんよ蓮華ちゃん。おじさんは、蓮華ちゃんに意地悪するつもりはないんだ。ハハ、でもまぁ気になるよね? 『好きな子が誰か知っている』なんて聞かされたならね」

おじさんは微笑みながら屋台に頬杖をついた。

私はなんとなくだけど、おじさんを深い森の奥に住んでいる猪だと思った。

え、猪?

何でかな?

分かんないや。


風鈴を目の前にかざしてみる。

夜風に揺られて可愛い音色を奏でてくれる。

美しい。



ちりん



さやさやと頬を撫でる夜風に揺られ、静かに鳴いた。

改めて風鈴の姿を見つめる。

たしかにガラス細工の外見からは一本のか細い、そして赤い糸で“短冊”がぶら下がっている。

今にもポトンって落ちちゃいそう。

でも、風に揺られて可愛らしい音が鳴る。



ちりん、ちりん



「心細さが、大切なんだよ」

おじさんは、ポツリと告げる。

すると夜空にひと際大きな花火が花咲いた。



ドドン、ズバン、ズバン!



花火の大輪達が暗い川縁を、一面の美しい花畑に変えてゆく。

気付けば京くんは一人川縁に腰掛けている。


「おじさん、私もう行くね」

「おぅ、蓮華ちゃん、じゃあな」

おじさんに手を振ってから、京くんの元へ駆けてゆく。

下駄が地面を鳴らす音が響く。


カラコロ、と。

カラコロ、と。


京くんの傍にいたい。

そして隣に座って最後の花火を観たい。

そんな私の耳に、何処からともなくおじさんの声が届く。

私はその声がなぜかとても懐かしく思えて、ずっと聞いていた。


「蓮華……か」


おじさんは、私の名前をゆっくりと呟いた。


「主よ、岩戸に籠る我が主よ、御覧になっていますか? ようやく現れました。那由多の欠片、彼女が最後のあなたです」



ドドンっ、ズバンッ、ズバンっ!



十重二十重に重なり大輪の花が咲いている。

真夏の夜空を彩るパステルの花たちは、ただ一時すらもその姿を残すことなく、消えてはまた生み出され、そしてまた消えてゆく。

今日は年に一度の七夕の日。

そして、私が初めて京くんと花火を観た日。



ちりん、ちりん



風鈴が、風に揺られて可愛い音を鳴らす。



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