ヒロイン失格4 ~選抜リレー、主人公より脚の速いヒロイン~

さん、……げさん、……蓮華さん

5年2組、学級委員長の琴野蓮華さん?


ん……?


「はいっ?!」


パチン。

シャボン玉が弾け飛ぶ。


突然、夢の中から引き揚げられた感じがして、大きな声で返事する。

此処は教室。

5年2組のいつもの授業時間。


「どうしたの? ぼーっとして。あなたの号令がないと学級会が始まらないのだけど」

飯野先生(クラス担任)が困った顔で立っている。


先生はまだ若い女の人。

学校でも優しい先生として人気が高い。


「す、すみません。えと、起立、礼(おねがいしま~す)、着席」



9月22日 午後1時20分。

黒板の上に掛けられた壁時計を目にする。

すでに午後の授業の開始時刻になっていた。


全開にした窓の外から、涼し気な風がサラサラと流れてくる。

ジリジリとした真夏の太陽は、もうその勢いを失っている。

空気は澄んで、朝晩は長袖が必要なくらいに涼しい。

真夏の主役に代わり訪れたのは、涙が出そうなくらいに透き通った秋の青空だ。

私は雲ひとつない青空のてっぺんを見つめていた。

瞳の中の青の純度がどんどん高まって、心の中まで青で満たされてゆく。


私は、この空を言葉で伝えるためには“青”だけじゃ足りないって思った。

その言葉を探り当てようとして、始業ベルが鳴っているのに、ぼーっと教室の窓から空を眺めていた。私は5年2組のクラス委員長を任されている。


私の号令の後に、飯野先生の爽やかな声が教室に響く。


「はぁーい、じゃぁ始めるわよー。みんな静かにね。今日は再来週に開催される秋の大運動会のクラス対抗リレー選抜メンバーを決めまーす」




カツカツ。

軽快な音で黒板に文字が板書されていく。


クラス対抗リレーは、運動会の中でも一番の見せ場種目。

なんたって全校生徒がグラウンドの中央トラックに集まり、白線に沿って駆けてゆく選抜メンバーに注目するからだ。

選抜された脚の速い男子はいつもより格好よく、女子は綺麗に見える。

飯野先生はまず立候補を募った。



「男女それぞれ3人ずつの計6人よ。いい? 基本的には立候補を優先します。もし立候補者が多くて6人以上になったら、脚の早い順に選別。少なければ皆からの推薦順で決めまーす」

先生はクラスの隅々までを見渡している。


「走る順番はこうね」

チョークの音がカツカツ響く。


女子1 →男子1 →女子2 →男子2 →女子アンカー →男子アンカー


選抜メンバーは男子3名、女子3名の混合チームだ。

先生の良く通る声が教室に響く。


「はぁい、じゃぁ出たい人は手を上げて~」

「……」


教室の中はしぃ~んと静まり返る。

「ありゃま、誰も手を上げないか、やっぱ」

先生は腕を組んだまま、仕方ないなぁという顔をする。

こういう場面で自分から手を挙げて立候補する人はいない。


「う~ん、どうしよう。ほんとに誰もいないの~?」


しぃ~ん。


「やっぱダメか。う~ん、じゃぁ推薦順に切り替えます。選抜リレーに出て欲しい人の名前を言ってください。誰でもいいわよ、出て欲しい人がいたら手を挙げて教えて頂戴」

「ハイハイっ! ハイっ!」


飯野先生がそう口にした途端、クラスのあちこちで手が挙がる。


「え?」


みんなの勢いにびっくり。

先生も呆れた顔をしている。


「おいおい、アンタ達ほんとにもう……。はいじゃあ、梶原さん」

先生は教室の後方に座る女子児童を指さした。

するとおかっぱ頭の梶原さんが、すっと立ち上がる。


「女子のアンカーは琴野さんがいいと思いまーす」


浅黒く日焼けした梶原さんが、私を見ながらニヤリとした。

「ね? 蓮華いいでしょ?」

目配せしてくる。

げ、もう……。

まさか最初に名前が挙がるなんて……。


私の名前は琴野蓮華。

琴野さんとは私の事。


リレーのアンカーに選ばれるのはいつものこと。

まあいいけどさ。


「まぁ、琴野さんが出るのは当然よね、だって学年の女子で一番脚が速いんだから」

隣に座っている河野さんが私の太ももをツンツンしながら呟く。

そう、私は脚が速かった。


それも、かなり。



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