化学者キャラは試験管で薬品を持ち歩くな

ビーカーでコーヒーはギリセーフ

「試験管を化学者キャラの記号に用いないでいただきたい！」

「……というと？」

「試験管（英：test tube）とは、細長い円筒状の容器であり、耐薬品性・耐衝撃性が必要なため多くの場合、ホウケイ酸ガラスで作製されて——」

「試験管が何か分からないわけじゃないって」

「だったら試験管がその名の通り、試験にしか用いられない器具なのも分かるだろう！　こんな使用頻度が低い道具が『化学と言えばコレ！』みたいなツラしているのが気に食わんのだ！」

「いや、名前はそうだが、そんなに使わないもんなの？」

「……いいか？　まず試験管は保存するための容器ではない。しっかり保存したいなら、コルクやゴム栓でしか蓋ができない構造の容器を使う訳がない。ネジ式キャップで密閉できるタイプもあるが、それならばスクリュー管と器具の役割が被る。スクリュー管の方がよりコンパクトであり、褐色瓶なので紫外線を遮光できる、完全なる上位互換だ」

「スクリュー管が全然聞き馴染みないから想像できてないけど、まあ試験管が保存に向いてないのは理解したよ」

「それなのに化学者キャラは、ホイホイと試験管で薬品を持ち歩きよってからに……！」

「保存に向かないのは分かったが、それでも理科の授業とかで使ったイメージがあるから、使用頻度が低いってのはまだ納得できてないな」

「それは因果が逆だ。理科の授業で使われやすいのが試験管なのだ」

「……どういうことだ？」

「理科の授業での実験とは、まず間違いなく、原理や結果が分かっている事柄についての実験だ。研究でなく、学習のためだから当然既知の現象を取り扱う、そうだろう？」

「まあ確かに。教科書に答えが載ってるのにやらされた記憶がある」

「加えて、実験結果が目に見えて分かるものが望ましい。変化したのをわざわざ別の装置や器具で確認しなければならないのは手間だ。集団授業を受ける生徒全員が使う、となると、用意できるのはせいぜいpH試験紙ぐらいだろう」

「思い返すと、温度計や電流計も1クラス分あったか怪しいな」

「そのため必然的に、直接観察できる、溶液の呈色や沈殿・発泡——色が変わったり、白く濁ったり、底に固体が溜まったり、気体が発生したり——が教材として採用されやすい。するとそれらの反応結果を見やすい、試験管が使用される頻度も高くなる、という訳だ」

「なるほど。学習用に使われがちだから、理科といったら試験管、の印象が強かったのか。……じゃあ、学習用でなく、研究だと？」

「少なくとも私は使っていない」

「『技術的には可能です』みたいな、理系特有の完全には否定しない言い方」

「私の専門は直接観察できない反応だからな……もちろん、分析や検査に試験管を用いることはあるだろうが、それは研究じゃないだろう？　そして化学者キャラが研究でなく、分析や検査ばかりしてるか？　大抵トンデモ発明品を生み出す研究・開発だろう」

「あー……言いたいことはわかった、アレだろ、『裁判官と言えばガベル』だけど、日本の裁判では使われていない、的な？」

「そう！　読者・視聴者に伝わりやすくする記号とはいえ、試験管ではガチ勢から見ると（ホントに研究しているのか？）という印象が拭えない！」

「なんだ、ミリタリーオタクが指トリガーを指摘したり、弓道部だった人が弓道警察になるやつの亜種か」

「せめてフラスコであって欲しい！」

「似たり寄ったりに思えるけどそれでいいんだ……じゃあ、ついでにさ、他の分野の学者らしいアイテムを考えてくれよ」

「うん？」

「化学者はフラスコで一旦決着してさ。他の学者キャラでも同じことってあると思うんだ、今は便宜上あのアイテムが伝わりやすいからそうなってるけど、その専門家からしたらもっと相応しいものがあるって。そりゃあキミは化学専門だけど、他の分野の雰囲気も多少は分かるだろ？」

「ふむ……試しに考えてみるか」

「じゃあ例えば、数学者は？　電卓とかそろばんだと商人って感じだし、コンピューターだとITエンジニアっぽいし、難しいな～と思ってたんだよね」

「……こ、黒板に貼れるデカい三角定規、とか……？」

「もしかして専門バカ？」