第4話 体調不良

 「優雅、大丈夫?」

 他ならぬ流星からこんな言葉が聞けるとは思わなかった。奇跡だ。

 結局、ふらつく優雅の手を引いて、フードコートにやってきた。

 流星は最初、優雅にだけ優しくしてずるいだの、なぜ手をつなぐのかだのわーわー言っていたが、あまりにも優雅が絶不調なので段々静かになっていった。

 優雅は何も飲み食いしたくないと言って、すぐに机に伏せてしまった。当然ながら、シェイクをおごるどころではない。

 珍しく流星が気を利かせて優雅の分の水も運んでいた。体調不良がなせる思いやりに思わず感動してしまう。

 心配していてもどうにもならないので、とりあえず流星のライブ成功を祝って、シェイクで乾杯することにした。

 そして流星と二人、腹ごしらえにドーナツとたこ焼き、アイスクリームを食べる。奇天烈な組み合わせだが、旨い。

 「俺だけ二回もシェイクおごってもらっちゃった」

 嬉しそうに流星が言い、ちらりと優雅を覗く。が優雅が起きる気配は全くなく、流星はすぐにつまらなそうな顔になった。

 「なんか調子狂う」

 「だよなあ。優雅、本当は帰りたいんじゃないかな?」

 やっぱりこの二人はケンカするくらいがちょうどいい。

 俺は優雅の背を軽くとんとんして起こし、

 「もう帰る?」

と優しく訊いた。

 「…やだ。帰らない」

 優雅はそう言い、反抗的な目で俺を見た。意地を張っている。

 流星と俺がわちゃわちゃするのが気に食わないようだ。一緒にいても体調がつらいだけなのに。

 「大体、お前のせいだ。お前の下手な歌が爆音で流れるから、頭痛くなった」

 「は?言いがかりはよせよ。お前がひ弱なんだろ」

 いつもよりスローペースで言い争いが始まった。流星が気を遣っていて、何気に面白い。

 「何言っているかも全然分かんないし」

 「それは俺も分からない」

 分かれよ。よくそれであんなに情感込めて歌えるな。

 「雰囲気で歌っている」

 天才かよ。優雅も虚を突かれたような顔をして、

 「ふーん…とにかく疲れた」

と文句を言った。

 「もう、分かったよ。別れればいいんだろ、俺たち」

 ドラマのセリフのようなことを言って、流星がため息をついた。聞くに、流星と俺が離れれば優雅も納得して帰るのではという話らしい。

 「言っとくけど、お前のためじゃなくてづっきーのためだから。お前が迷惑かけるのが悪いんだからな」

 流星が苛立たしげにくどくどと優雅に言う。優雅が言い返せずに困っているのを見兼ねて、俺は「まあまあ」ととりあえず流星をなだめる。

 「また3人で来ればいいじゃんか」

 「3人で?あーもう、なんで優雅のせいで俺が我慢しないといけないわけ」

 何が引っかかるのか、流星の語調が荒くなる。

 あまりの言い様に耐えかねた優雅がばんっ!と机を叩き、立ち上がった。

 周囲の視線を一様に集める。

 「勝手にしろよ。俺は知らないっ」

 叩きつけるように言い、そのままだっと走り去ってしまう。

 一瞬のことに呆気に取られて見ているしかなかった。

 「ちょっと待て、優雅!」

 慌てて追いかけるようとすると、流星が俺の袖を引き、

 「やっぱり優雅のところに行っちゃうの?」

 「お前、大人気ないぞ」

 わざと優雅を怒らせたに違いない。さすがの俺もむかっときた。

 「なんで俺が悪者扱いされなきゃいけないわけ?最悪」

 流星もイライラしながらこちらを睨めつける。

 ダメだ。収拾がつかない。これ以上一緒にいても腹が立つだけだ。

 「一回クールダウンしよう。俺、優雅のこと探さないからお前ももう事務所に戻れ」

 流星が不服そうに俺を見た。

 「嘘。絶対探すでしょ」

 探さないっての。

 「そんな人でなしなこと、づっきーがするわけない」

 じゃあ探せばいいのかよ。流星の気持ちがまるで分からず、俺のイライラもピークに達した。

 「…分かった。じゃあ一緒に探そう」

 「なんで?」

 「お前らに仲直りしてほしいから」

 流星がばつの悪そうな顔をした。


 流星を連れて、しばらくモール内をぐるぐる回った。

 「優雅のことだから、もう家に帰ったんじゃないかな」

 流星がしょんぼりしながら言う。

 「そうか…ならいいんだけど」

 「良くないよ。多分絶対どこかで迷ってる」

 確かにそうかもしれない。にわかに不安が込み上げてきた。

 そんな俺に流星は立ち止まって、優雅のスマホの連絡先を教えてくれた。

 「づっきーが電話したら出るかもしれないから」

 「お前らお互いの連絡先知ってたんだな」

 流星はため息をついて何も答えない。

 そろそろ流星との別れの時間が迫っていた。

 「せっかく二人きりになれたのに、何にも楽しくなかった…」

 「だろうな。俺もだよ」

 ライブを頑張って疲れているだろうに振り回された挙げ句ケンカしてテンション下げ下げな流星が若干気の毒な気がしてきた。

 「優雅に会ったらさ」

 そう流星が言いかけて口ごもる。

 「分かった。伝えとくよ」

 俺は流星の肩をぽんぽんと叩いた。

 「見つけたら必ずお前にも連絡するから」

 流星を事務所の送迎車まで送って、再び優雅を探す。

 合間合間に電話してみたけど、つながらなかった。


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男子も奇数じゃダメらしい @miratan

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