【田村圭一郎の人生~みんなが幸せになるために必要だった3カ月~】

上林 久太郎

第2話【そして裁判、服役】

 翌日の月曜日から彼女が会社に来なかった。彼女の部署の子に訊くと、

「なんか体調不良とかでお休みなの・・・。」

と言われた。普段から健康優良児みたいな娘だった美樹が?と思いながら俺は自分の職場に戻った。

 昼休みに手元のスマートフォンを見た。なんとか連絡取れないだろうか・・・。俺はLINEを使って、彼女に連絡を取ってみた。返事を待ったが、3時休憩になっても、夕方になっても、夜中になっても既読にすらならなかった。

 それは翌日も同じだった。その翌日も同じだった。

 木曜日。10時をすぎた時間だった。

「田村さん、電話です。フジヤマ物産ってところから。」

と電話を取り次いでくれた女子から教えてもらった。はて?フジヤマ物産?。聞いたことがないなあ、と思いながら電話に出ると

「圭一郎さん?あたし、美樹です。」

と言われた。

「え?フジヤマ物産?・・フジヤマ?・・・フジムラ・・・美樹ちゃん!?。」

 俺はびっくりした。そして身を隠すようにデスクに潜り込むような姿勢で美樹との電話を続けた。電話を取り次いだ女子にバレないように偽名を使ったのだろう、美樹は

「家に閉じ込められちゃってスマホも取り上げられちゃって、それでもやっとなんとか抜け出してきたの。今、公衆電話からかけてるの。お願い、助けて!。」

と俺に助けを求めて来た。

 それからはよく覚えていない。美樹の居場所だけを聞きだすと俺は会社を飛び出していた。そして、美樹がいるという場所まで急いで行った。



 その日、仕事を定時で終えると改めて美樹と待ち合わせして、そのまま俺と美樹は駆け落ちした。

 ビジネスホテルで一泊し、とにかく二人が一時しのぎの間暮らせるだけでいい、と翌日は不動産屋を巡ってオンボロのアパートを見つけ、そこでの生活が始まった。もう後戻りできない。でも、美樹が傍にいるだけなのに俺は幸せだった。

 新しい仕事を探さなくてはいけない。とにかくなんでもいい、と探した。なんとか俺にできそうな仕事・・・と町工場の板金工の仕事を見つけ、見習いから働き始めた。

 ところが一週間もしないうちにどういうわけか見つかってしまい、仕事から帰ると美樹がいないだけでなく、代わりに父親の什造氏が駆け落ち先のオンボロアパートに居た。

 そして、

「ふん・・・こんな薄汚い場所に美樹を・・・うちの娘をたぶらかしおって!もう二度と娘の前に姿を見せるな!。指一本でも触れるな!。わかったな!。」

と言い残し、俺を突き倒すようにして去って行った。

 しばらく俺は突き倒されたまま彼女の居なくなったオンボロアパートで放心の状態だった。俺の頭の中は『なんで?』という言葉で埋まって何も思考が働かなかった。どうやって俺たちの居所を見つけたのだろう。居場所がバレるようなことはしていないはずなのに。

 しかし、1時間ほどしたのちに、気づくと俺は彼女の実家に押しかけていた・・・。



 警察に捕まって、これまでの事の顛末をすべて、話した。

「だからって、なんで包丁が必要なんだ!親御さんを殺して娘さんを力ずくで奪い返そうとしたんじゃないのか!?。」

「はぁ?。本当のこと言えっていうから正直に話してんのに、何を勝手に俺を殺人未遂事件の犯人にしようとしてんだよ!。人殺しが重罪だってことぐらい知ってるわ!。それに、彼女がそんなこと許してくれるはずがねえ。あんたらこそ頭おかしいんじゃねえの!?。常識でものを言え!。」

「なんだと!警察に向かってその言い方は何だ。侮辱する気か!?。」

「俺を侮辱したくせに、よくそんなことが言えるな!。大体、事件ってほどでもねえ。男同士のただの喧嘩みたいなものだったんだ。・・・110番通報されたからってのこのこ出てきやがって!。放っといてくれればいいってのに、いい迷惑だ!。」

 警察の取り調べのレベルの低さには反吐が出た。2時間くらい言い合った。

 そこに別の刑事さんが来て、俺を取り調べていた刑事と何やら話し合っていた。すると、

「ゴホン。うむ。被害者と証言が一致したということだな。そうか。ふむ・・・。」

とその刑事は独り言を言ったかと思うと、俺に向かって

「ん?。ああ、もう取り調べは終わったよ。ご苦労さん。じゃあ。」

とあまりにそっけない態度で部屋を出て行った。一人部屋に残された俺は立ち上がって部屋を出る前に取り調べの椅子を蹴飛ばしてやった。



 後日俺は訴えられ、裁判にかけられることになった。もう仕事どころじゃない。というよりクビに決まっている。

 うすうす分かっていた。藤村什造氏に怪我をさせたのがいけなかったとは思う。が、俺が藤村氏の家に押しかけたことが間違っていたとは思わない。包丁を持って行ったことだって、俺の覚悟のほどを知らせることができたという意味では間違っていなかったと思っている。

 裁判にかけられると決まった時、ナントカ法律事務所の弁護士が俺に近寄ってきたが、

「めんどくさいからいらん!。」

と断った。あとで後悔しますよだとか言われたが、いったい何を後悔するというのか。

 裁判の日、俺はどうどうと、サバサバとした表情で時間を過ごした。

 また、両親とも会った。父から

「この馬鹿タレが・・・。」

と短い言葉と共に勘当を言い渡された。隣に立つ母はずっと俯いていた。

 裁判の最中、相手の弁護士からいろいろと言われた。俺の主張に対して言い訳のできない弱点と言えるところをやはり突いてきた。

「包丁の件ですが・・・。彼は自殺が目的と言われていますが、どんな目的であろうと包丁を持ち出している時点で銃刀法違反ですね。下手すると原告の藤村什造氏を死なせた可能性だってあるんですよ。裁判長、これを見過ごすわけにはいきません。」

と言われた。なるほど、そういうふうに切り込んでくるのか、と俺は感心した。

 何か言い分はあるか、と被告人としての答弁を割り振られて、俺は

「包丁の件は確かに言われる通りかもしれません。軽率でした。すみません。」

と裁判長に正直に進言した。

 他にも不法侵入の件についても言われたが、藤村氏もオンボロアパートに侵入していたわけでお互い様となり、その点は免除された。

 最終的に俺は銃刀法違反と過失傷害という罪ではあったが相手のけがの程度やあらゆる事情を加味したうえで、刑期3カ月を言い渡された。



 刑務所の独房に閉じ込められた。

 服役中の仕事ではスリッパ作りの作業をすることになった。作業のコツを教えてもらい、他の注意点として私語は慎むよう言われ、黙々と作業を進めた。

 食事の時に、俺に興味を持った隣の服役囚に訊かれた。

「見ない顔だな。新入りだろ?。」

と両隣の言われ、俺は同様に答えて周りの服役囚に挨拶した。

「君は何してこの刑務所に来ることになったの?。」

 どうしたものか・・・黙ってるのも失礼だと思い、俺はとりあえず正直に話した。

「・・・ある女性との結婚を認めてもらえず、駆け落ちも失敗して、つい彼女のお父さんを誤って怪我させた・・・。」

「ひゅぅ!いいねぇ若いねえ!。俺は過失じゃなくって故意・・・かな・・・働いていた建設会社の現場での人間関係とかでストレス感じてて、帰りに最寄り駅の階段降り口でうっぷん晴らしに大声あげたら、ちょうどそこに居合わせた奴が驚いた拍子に足滑らせて階段落ちやがって、・・・当たり所が悪かったみたいで全治一カ月半だってさ。そいつから訴えられたんだ。

 でもよぅ、俺が悪いんだろうけど、そもそも職場の環境が一番の原因なのに、上手いこと誤魔化しやがってよぅ・・・。誰も俺の気持ちを理解してくれねえんだ。」

と隣の男は言った。

 彼の言う「俺の気持ち」という言葉を、その夜俺は独房でひとりきりで考えた。そして改めてこれまでのことを振り返った。

 俺自信、自分で考えて行動したことは後悔していない。だが、そのせいで多くの人を不幸にしてしまった。美樹を悲しませてしまった。そして、俺の両親・・・。

 俺は自分の気持ちしか考えていなかったことにも気づいた。美紀の気持ちとか、藤村什造氏の気持ち、考えたことがあっただろうか?。全然考えたこともなかった。

 もし俺に美樹のような娘がいて、どこの馬の骨か分からない男と結婚したいと言われたら、どう思うだろうか。そう考えた時、什造氏の気持ちがほんの少し分かった気がした。

 俺が間違いを犯した点は、きちんと話し合うと言う手段を選ばなかったこと。そして什造氏に怪我させたことだ。美樹が家を抜け出してきた時に駆け落ちを選ぶのではなく、一緒に彼女を自宅に連れて行き徹底的に話し合って誠意を見せるという選択肢もあったのに、俺は理性が吹っ飛んで自分中心の判断しかできなかった・・・。

 やはりおれは罪人だ。罪人らしく刑務所で服役するしかない、と決意した。



「田村、面会人だ。出てこい。」

 入所して20日ほど経った日、唐突に刑務官に呼ばれた。

「誰っすか?。弁護士ならごめんだぜ。」

と答えた。入所してからこれまでも、何度か弁護士と名乗る男が来て、「名誉挽回のために再審しませんか?。無罪を勝ち取りましょう。」とか「名誉棄損で逆に相手を訴えることも可能です、損害賠償できますよ。」などと弁護士は言葉巧みに言い寄ってきたのを覚えている。その時俺は「俺が罪を償うことで決まったんだ。再審なんてめんどくさい、もう来ないでくれ!。」と追い返していた。

 が、刑務官は

「お・ふ・く・ろ・さん。」

と少し優しい口調で言ってきた。

「え・・・!?。」

 おれはその場に固まった。裁判の日、傍聴席に来てくれて以来、会っていない。そう、あの裁判の日、有罪判決を受けた俺を見て泣いていたのを覚えている。あの姿が今も瞼に焼き付いて離れない。何しに来たんだろうか・・・。俺は迷った。会うべきなのか、否か。

 俺のプライドが会うわけにはいかない、と言っている。おれは罪を犯した、服役中の男だ。そんな俺が善良市民である母親に見せる顔がどこにある?。

「帰ってもらうように伝えてくれませんか。」

気づくと俺の口がそう言っていた。

「え?。」

 刑務官がまさかという顔をしていた。俺はもう一度

「会いたくない、帰ってくれ。と伝えてもらえませんか。」

と言うと、

「おいおい、お前、せっかくおふくろさんがわざわざ会いに来てんだぜ。会ってやれよ。それに俺はメッセンジャーじゃねえ。直接言えよ。」

と冷たい返事をして、独房の出入り口で俺が出てくるのを待ち始めた。

 母に会いたい思いに駆られながら、俺は会ってはいけない、会うわけにはいかない、と自分に言い聞かせた。

 刑務官との無言の攻防がしばらく続いた。すると、

「そうか・・・面会の制限時間を過ぎたから帰ってもらおうか、仕方ない。しかしお前さん、冷たい男だなあ・・・頑固だなあ・・・。」

と言いながら署員は俺の居る独房から離れていった。

 俺の心が泣いていた。母ちゃん、ゴメン・・・だけど、今、会うわけにはいかないんだ・・・今会ったら、俺は・・・。



 母はひと月に2回、刑務所にやってきた。が、俺は全て面会しなかった。合わせる顔がどこにあるって言うんだ。俺は罪を犯した。父にも勘当を言い渡された身だ。だから、もう両親にも会わない。恋人の美紀にも会わない。俺と言う存在を忘れてほしい。もう、誰にも会ってはいけない。そう決意した。

 もし今ここで会ってしまったら、それこそ俺はきっとダメな人間になっちまうから・・・今俺は服役している間にひとりで生きていく人間に生まれ変わるんだ、と心に決めちまったから・・・。

 そして、一人で生きていくために今やるべきことに集中した。

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