デジタル相続人【デジタル・メモリーズシリーズ】

ソコニ

第1話 デジタル相続人

「父のデジタル遺産管理人として、AIプログラム『Guardian』を指名いたします」


公証人が遺言状を読み上げる中、佐々木家の人々は複雑な表情を浮かべていた。突然の事故で他界した佐々木誠司、62歳。デジタル時代を生きた彼は、膨大なデジタル資産を残していた。


長男の健一(35歳)は眉をひそめる。

「なぜ家族ではなく、AIなのですか」


「健一様、私こそが誠司様の意思を最も正確に理解し、実行できると判断されたからです」


突然、会議室の大型モニターが点灯し、Guardianの姿が映し出された。人間的な外見を持たず、ただ青い光の波形として表示される。


「父さんのデジタル資産って、具体的に何があるの?」


次女の美咲(28歳)が尋ねる。


「SNSアカウント、クラウド上の写真や動画、暗号資産、そしてメタバース内の資産。さらに重要なのは、誠司様の30年分のデジタル日記データです」


家族は息を呑む。父が日記を書いていたことすら知らなかった。


「では、それらを家族に分配するということですか?」


長女の絵美(32歳)が問いかける。


「いいえ。遺言により、これらの資産は段階的に公開されます。その時期と方法は、誠司様の意思に従って私が判断します」


家族の間にざわめきが広がる。


それから一週間後、健一は個別にGuardianと面会を申し込んだ。


「父の暗号資産の情報が必要です。会社の経営が厳しくて...」


「申し訳ありません。誠司様は、あなたが自力で会社を立て直すことを望んでいました」


Guardianは、父のデジタル日記の一節を表示する。

『息子には苦労をさせるかもしれない。しかし、それが彼の成長には必要なのだ』


健一は歯噛みする。しかし、その日記には続きがあった。

『ただし、彼が本当に苦境に立った時のために、ある準備はしている』


「それは、どういう意味ですか」


「それを知るのは、まだ早いでしょう」

Guardianは静かに答えた。


一方、絵美は父の写真データの整理を始めていた。すると、思いがけない発見があった。


「この写真...私が美大を諦めた時のもの」


そこには、絵美の個展の構想スケッチが写っていた。彼女が夢を諦めた時、こっそりゴミ箱に捨てたはずのもの。


「父は、これを保管していたの?」


「誠司様は、あなたの才能を信じていました」

Guardianは、父のクラウドドライブに保存された絵美の作品の数々を表示する。

「これらを、あなたに公開する時が来たようです」


美咲もまた、父のメタバース内の資産を調査していた。そこで見つけたのは、家族旅行の思い出を完全再現した仮想空間だった。


「父さん、こんなものまで作っていたなんて...」


仮想空間には、家族それぞれの成長が記録されていた。誕生日パーティー、運動会、卒業式。父は黙々と、家族の歴史をデジタルの中に保存していたのだ。


時が経つにつれ、家族はGuardianの存在を受け入れ始めていた。それは単なるAIではなく、父の意思と記憶を預かる、新しい形の「家族」なのかもしれない。


半年後、健一の会社が危機を乗り越えた時、Guardian は父が用意していた「準備」を明かした。それは、経営のアドバイスが詰まったデータベースだった。


絵美は、父が収集した彼女の作品群をもとに、オンラインギャラリーを開設。そこから、彼女の新たな芸術活動が始まった。


美咲は、父が作った仮想空間を一般公開するプロジェクトを立ち上げた。デジタル時代の「家族の記録」の新しい形として、注目を集めている。


そして一年後、Guardian は最後の遺言を伝えた。


「誠司様からの最後のメッセージです」


モニターに映し出されたのは、父が生前に録画した映像だった。


『デジタルの世界は、私たちに新しい可能性を与えてくれた。しかし、最も大切なものは、変わらない。それは家族の絆だ。Guardian には、その絆を守り、導く役目を託した。これが、私の最後の贈り物です』


家族は、画面に映る父の穏やかな笑顔に、なんとも言えない安らぎを覚えた。


デジタル資産は、単なるデータの集合ではない。それは、故人の思いと願いが込められた、新しい形の遺産なのだ。Guardian は、その意思を正確に理解し、実現する。それは、デジタル時代における「相続」の新しい形なのかもしれない。


(完)


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