第7話 馬車と盗賊団
馬車は取り囲まれていた。
轟音の理由は単純で、突然の襲撃に遭い、馬の操作を見誤ったせい。
幸い馬も御者も怪我はない。けれど木の幹に叩き付けられてしまい、身動きが取れなくなっていた。
「大丈夫ですか、プライム様」
「は、はい。貴女こそ大丈夫ですか、シャルム」
馬車の中に居たのは二人の女性。
一人は十歳前後の少女であり、もう一人は少女を守る様に一緒に乗っていたメイド。
腰には剣を携えてり、頭からは猫耳が生えていた。
「タンサム様、ご無事ですか?」
「……」
馬車の中からシャルムは声を掛けた。
けれど御者のタンサムとは会話ができない。
如何やら意識を失っているのか、はたまた死んでいるのか。
シャルムはプライムを自分の身体へ寄せると、耳を澄ました。
「シャルム」
「お静かに、プライム様……」
シャルムはプライムを落ち着かせる。
耳を澄まして外にいる敵の数を把握する。
すりガラス越しには少なくとも二人分の影。しかし声を聴き分けると、十人近く入る。
「十人近いですね。私一人では……」
シャルムも腕に自信はあった。
けれどシャルムは騎士じゃない。あくまでもメイドであり、護身術程度。
何処までやれるかは分からないが、黙っていてもやられるだけだ。
ドン!
「ひやっ!?」
「プライム様、大丈夫ですよ。ここは私が」
馬車の扉をドンと蹴られた。
怯えるプライムを抱き寄せると、シャルムは静かに扉を開ける。
このまま閉じ籠っていても下手に刺激するだけだ。プライムに心配を掛けないように必死で考えたのは、あまりにも自殺行為だった。
「お辞めください、この方がどなたか理解しておられるのですか?」
シャルムは剣の柄に指を掛けて、盗賊団に話し掛ける。
すると現れたメイド服姿のシャルムに盗賊団は笑い出した。
「なんだ、メイドが一人乗ってるだけかよ。聞いてた通りだな」
「おうよ。こりゃ簡単に仕事がこなせそうだな」
「今夜は肉パーティーだぜ!」
ゲラゲラと笑い出す盗賊団に、シャルムはムカつく。
剣を抜けるように準備すると、盗賊の一人がナイフを突き付けた。
「おい、動くんじゃねぇぞ。お前、ノコノコ外に出たってことは、俺達を一人で止める気か? 止めとけ。温室育ちの令嬢とそのメイドじゃ、俺達には敵わねぇよ!」
確かにシャルムでは勝てない。それは理解している。
けれど戦わなければ守れない物もある。
シャルムは理解した上で剣を抜くと、盗賊団に笑われる。
「おいおい、本気でやる気かよ。悪いが、俺達は手加減できないぜ」
「構いません。プライム様を守るためならば」
「やっぱり乗ってんだな、プライムって令嬢が。おいメイドのアンタ、俺達はなお前やその令嬢を殺せとか犯せとかそんな指示は貰ってねぇんだ」
「……では何故このような真似を」
「はっ? んなもん知るかよ。けどな、一つ条件を出されてんだ。拉致って来いってな」
それを訊いた瞬間、シャルムは反吐が出た。
全身の毛が逆立つと、聞くに堪えない返答に嫌気が差す。
「拉致ですか。あまりにも物騒な言葉ですね」
「そうだな。けどよ、命を取れとは言われてねぇ。俺達だってマヌケじゃねぇんだ。向こうさんがこっちの条件を飲めば、すぐにでも解放してやるよ。さっ、さっさと令嬢のガキを寄こしな」
「バカですか、貴方方は」
「はっ? バカなのは知ってんぜ。俺達は学がねぇからな。がーはっはっはっはっはっ! (痛てぇ)」
笑っていた男性は、他の仲間に頭を殴られた。
本気で痛そうで、情緒も無ければ学も無いことが丸分かりだ。
「どんな条件であれ、プライム様に指一本触れさせるわけにはいきません」
「ってことはよ、令嬢のガキを渡す気が無いって訳か」
「もちろんです。薄汚い手で触らないでいただきたい」
シャルムは荒い口調で罵った。
すると盗賊団の一人は頬を掻き毟る。
思う所があるのか、手にしたナイフをクルクル回転させた。
「薄汚いだと? まぁそうだな!」
男性は納得している。確かに薄汚いことばかりしてきたことは認める。
けれどそれは自分達の在り方を傷付けたことと同義。
男性は地面を思いっきり蹴ると、一気にシャルムに襲い掛かる。
「!?」
シャルムはギリギリ反応した。獣人じゃなかったら受け止められなかった。
それでも力の差で気圧されると、体を馬車に叩き付けられる。
「ぐはっ!」
「おいどうした。そんなんじゃ、大事な令嬢のガキを守れないぜ!」
男性はシャルムのことを罵り返した。
確かにこのままでは守る前に自分が殺されかねない。
例えそうだとしても、シャルムは奥歯を噛んで負けないようにと必死で食らい付く。
「くっ、このっ!」
「おっと。全然大したことねぇな」
シャルムは剣を鞘から抜いていた。
男性を切り伏せようと乱雑に切り掛かる。
けれど届くことは無く、シャルムから距離を取った。
完全に遊ばれているシャルムは、馬車から離れられなくなった。
「大人しく渡せば怪我しないぜ済むぜ」
「言った筈です。そのような真似はしないと。命に代えても、プライム様をお守りすると」
シャルムはメイドとして本気でプライムを守る。
例え命が尽きようと、決してこの場を離れない。
条件を飲む気が完全に無いことを伝え、剣を構えた。盗賊達は交渉決裂を理解する。
「けっ、そうかよ」
「なぁなぁ、そろそろやっちまってもいいか?」
「ああいいぜ。用があるのはガキだけだからな。あの獣人は殺してバラしちまえ」
「「「がははははははははははははははは!!!」」」
気色の悪い笑い声が木霊し合う。
聞くに堪えないせいか、シャルムは耳を塞いでいた。
そんな中、突然馬車の扉が開く。顔を覗かせたのはプライムだった。
「シャルム?」
「プライム様!?」
そのタイミングでつい気を取られてしまった。
シャルムは視線が外れると、プライムの視界を奪うように体をズラす。
すると盗賊団の一人は持っていたナイフを突き付けると、シャルムの肩を突き刺した。
「がっ!」
「プライム!?」
シャルムの絶叫が小さく響く。
目の前でシャルムは刺され、プライムはその姿を直視した。
そのせいか、プライムは口を覆ってしまい、目が見開く。血の気が引いてしまい、痛みで苦しむシャルムに声を掛けた。
「うっ、くっ、このっ……」
「シャルム、シャルム、シャルム!」
「大丈夫ですよ、プライム様。早く馬車に戻ってください」
「ダメ。シャルム、シャルム!」
プライムには何もできなかった。
突き刺さったナイフが痛々しく、幸い血は出ていないが、顔色が悪い。
シャルムのことを心配するしかできず、苦しむ姿を嬉々として笑う盗賊達を睨み付けた。
「おいおい、まだ頑張るぜ、この獣人」
「そういってやんなよ。ガキを守ったんだ」
「そうだな。しかもガキの奴、自分から出て来たぜ。今なら攫えるチャンスじゃねぇか?」
「そうだな。おお怖い目だ。でもいいじゃねぇか。その目、怯えているが怒ってる。面白いガキだぜ」
盗賊達はプライムが馬車から転がり出て来たのを見て好機を思う。
しかも自分達を怖がりつつも怒ってもいる。
その顔色の変化が面白くて仕方が無く、ニヤニヤとした笑みを浮かべ続けていた。
「どうしてこんなことするんですか!」
「はぁ? そんなの決まってんだろ」
「そうだぜ。楽しいからだよな!」
「楽しい……人を傷付けて楽しいんですか!」
「「「けけけけけけけけけけけけけけけ!!!」」」
一体どんな人生を送って来たのか判らない。
自分とは絶対に相容れない人種にプライムは恐怖を感じる。
それでもシャルムが酷い目に遭っているんだ。逃げ出したい気持ちはあるけれど逃げられない。どっちつかずの正義感が自分を迷わせると、泣きべそを掻きそうになる。
そんな時だった。周囲が急に白く覆われる。
「な、なんだ。急に霧か?」
「にして濃くないか? 一体なにが起きて……」
「プライム様、今なら逃げられます。私を置いて早く」
「ダメ、シャルムも一緒に逃げるの。それ以外は許さないから!」
白い霧がモクモクと周囲を覆う。
全てを包み込んでしまう程の濃霧が巻き起こる。
けれどその正体は霧じゃない。唯一知っている私は、白い煙の中をゆっくり移動した。
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