第3話 転生の女神

 私は自分の人生をまた一つ終わらせた。

 けれど後悔はしていない。苦しいとも思わない。

 既に何万回と繰り返してきた工程で、私は何の感情も抱かない。


「目を開けてください、ツムギさん」


ふと目を開ける。そこには女性が居た。

随分と神々しく見えるのは、別に不思議な話でも無い。


「やぁ、また会ったね」

「また会ったねじゃないですよ!」


 なんで怒られるのか、全然分からない。

 私は必要な工程だったから、こうして死んでここに来たのだ。

 何万回と繰り返した工程を今更怒らないで欲しい。


「はぁー、どうして貴女はいつもこうなんですか?」


 私に幻滅する女性の正体。意外に思うかもしれないが女神だ。

 もちろん偽物なんかじゃない。

 ここは死後の世界であり、女神の正体は転生を司る時と魂の女神、《転生の女神》クロノエラだ。


「いいですか。そう何度も何度も自分で命を絶たないでください!」

「ごめんなさい。でもこれは……」

「たとえ必要な工程だとしても、命の重みを知ってください」


 私はクロノエラに謝った。昔からの付き合いなのに、それは無いよ。

 むしろ謝る所か私に感謝して欲しい。

 幻滅する私にクロノエラは怒り出した。


「ツムギさん。貴女は自分の命が無限だからと言って、生を軽んじていませんか?」

「そんなことないよ。そもそも、こうなったのは誰のせい?」

「生命が生きると言うことは、そこに命の重さがあるんですよ」

「命の重さ……ね」


 命の重さなら誰よりも分かっているつもりだ。

 けれど投げ出して来た命の数も数え切れない。

 そのせいか、生と死への執着が、私には無くなっていた。


「ごめんなさい」

「いえ、分かっていません。紡いで来た命の数も、奪って来た命の数も、貴女は尋常無い筈です」


 確かにあってはいけないのかもしれない。

 けれど女神からの“ありがたいお説教”も私にはまるで響かない。

 それさえも何万回も聞いて来たので、本気で私には届かなかった。


「ごめんなさい」

「ですがそうなってしまったのも、私達の性なんですけどね。感謝しています」


 やっと感謝してくれた。私は自信満々に胸を張る。

 けれどクロノエラは私の肩をギュッと掴む。

 女神の手は温かい。私の心を掬い上げようとする。


「クロノエラ?」

「苦労を掛けてしまい、申し訳ないです。私達が、地上に降りることができないせいで」

「いいよ。これは私にしかできないことだからね」

「本当に申し訳ないです。私も私達も……」


 この作業ができるのは私しかいない。

 そのせいか、クロノエラはもの凄く気まずくなった。

 もちろんクロノエラだけではない。クロノエラの背後にいる、他の神様達も私に対して申し訳なくなった。


「それじゃあ、言葉で申し訳ないじゃなくて、少しは手伝ってくれないかな?」

「えっ?」

「えっ、じゃないよ。あの世界にはまだまだ問題がある。だけど私が助けてきた世界はごまんとあるでしょ? 少しは助言とかアイテムだけじゃなくて、真面目に助けてよ」

「それは……そのですね」


 確かにまだ“あの世界”には問題がある。

 私が消した深怨はほんの一部だ。

 アレが生き続ける限り、私に休みは無いだろう。が、そんなの知らない。


「実働隊になって動いたのは私と他の転生者、後はその世界の人達ばかりだ。私は代行者じゃない。それは分かっているよね?」

「うっ……」

「どうなの? クロノエラだけじゃなくて、他の神様達もだよ?」


 私は女神を相手に一歩も退かない。

 ましてや食い気味になってクロノエラを圧迫する。

 目が泳ぎ、視線が私から外れるのを見逃さない。


「逃がさないよ、クロノエラ?」


 クロノエラは汗を掻き始めた。

 ジリジリと顔中から女神の神聖な汗が垂れる。

 きっと貴重な物だろうが、私はもっと汗を掻かせる。


「私が救ってきた世界の数は計り知れないよね? そっちの手違いでこんなことになったんだ。なんとかしてくれるよね?」

「それは、ですね……」

「休みの一つや二つあってもいいよね? 人生何回分回してきたと思って来たと思ってるの?」


 私を相手に口喧嘩で勝てる筈がない。

 他の神様にも勝って来たんだ。クロノエラでは歯が立たない。


「はぁ。ツムギさんには敵いませんね」


 クロノエラは負けを認めた。

 表情に陰りが生まれると、私を相手に深々と頭を下げる。

 本当に如何しようもないのか、私も可哀そうになった。なんだかごめんなさい。


「ですが、ツムギさんにはこれからもですね」

「ある程度はやってみるよ。でも保証はできないからね」


 分かってる。そんなの分かってる。だけど私一人では厳しい物もある。

 クロノエラの背後にいる他の神様達にも念押しをする。


「皆さんもいいですよね?」

「「「アアアアア」」」

「いいですね」


 私の威圧に負けたのか、クロノエラの背後からたくさんの声が聞こえた気がする。

 もちろん実際に誰かが居る訳じゃない。

 それでも私の感情が剣になって届くと、分かって貰えたらしい。


「善処します。皆さん、頑張りましょうね」


 とりあえず大半の深怨は他の神様達に何とかして貰う。

 久々にゆっくりすごせるなと思った私は、羽を伸ばすことにした。

 誰かのために役を演じるのは一旦お終いだ。


「ふぅ。とりあえず久々に私に戻れるよ」

「ではもう一度同じ世界でよろしいですか?」

「いいよ。あの世界にはまだ楽しめそうだから」


 とりあえず、もう一度同じ世界に転生する。

 それが一番手っ取り早くて面白そうだ。

 私は死んでから一体どんなことになったのか。想像するだけで笑みを浮かべる。


「それでは早速転生させますね。ツムギさん、心の準備は」

「できてるよ」


 私は早速転生することになった。

 もちろん変わるのは体だけ。魂も記憶も全て蓄積されている。


「それでは転生を始めます。ですがその前に……」

「ん?」


 私は転生用の陣に足を踏み入れる。

 するとクロノエラは私に何か差し出す。

 クルンと宙を回転する細長い棒。それをクロノエラは片手で掴むと、私へと差し出した。


「コレを」

「これは、剣? えっ、私は剣は得意じゃないんだけど」

「分かっています。ですのでこれは枷であり、日々努めてくださっているツムギさんへのお礼の品です」


 お礼の品と言われても、私は剣を使ったことが無い。

 今までも魔法みたいな不思議な力で戦ってきた。

 けれど剣を押し付けられ、私は柄の部分を見ると、剣を打った神様の名前が刻まれていた。


「ヒトウガツ……えっ、嘘!?」

「本当です」

「そっか。折れない神剣かな?」


 私は手にした剣に自信を持つ。

 これは剣がまともに使えない私でも扱えるかもしれない。

 笑みを浮かべると、クロノエラは私に忠告する。


「ツムギさん、気を付けてくださいね」

「分かってるよ。でも、今回は楽しませてもらうからね」

「あまり羽目を外し過ぎないようにしてくださいね」

「分かってるよ。それじゃあ、またね」


 私は転生の陣が完成し、クロノエラに見送られる。

 身体が新しく構成される感触。魂が記憶と共に溶ける。

 目の前が一瞬でブラックアウトすると、私はこの世ならざる世界から、とある異世界へと戻った。

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