第2話 深怨の悪意
「な、なんだ、コイツらはよ!」
「分からない。けど、僕達に敵意を示しているのは確かだよ」
勇者の言う通り、私達を取り囲む黒い影は、確実に敵意を示している。
圧倒的な負の感情を抱き、私達を押し潰そうとする。
「魔王、これは一体……」
「……」
「言葉も発せないくらい弱っているんだね……どうしようか」
勇者は魔王に声を掛けた。
けれど何の返答もなく、魔王は黙り込んでしまう。
相当体力を消耗しているのか、もう言葉も出せない。
「面倒ね。全部射抜いてみる?」
「待ってください。様子がおかしいですよ」
「様子は最初からおかしいでしょ?」
妖精射手と聖女は言い合いになっていた。
得体のしれない敵の存在に動揺が走る。
「私の瞳にも真実が映りません。恐らく、概念的ななにかなのではないでしょうか?」
聖女の見立ては概ね正しい。
私はコクリと頷くと、聖女に同意する。
「私もそう思うよ。昔古い文献かなにかで読んだことがあるんだ」
「本当かい、魔法使い!?」
「おうおう、じゃあアレはなんなんだ?」
「アレは……形の無い悪意。
蠢く影は実態を持たない。所詮は概念的な存在。
それはこの世のあらゆる悪意を煮詰めたものである。
名前を深怨と言い、多くの歴史に関与しているらしい。
「魔法使い、詳しいんだね」
「詳しくは無いよ。でも、これはマズいと思う」
「そうね。どうするの?」
「んなもん、戦って勝ちゃいいだろ! 魔王が悪い訳じゃなくて、この深怨が諸悪の根源ってことだな。んならよ、やることは一つだ!」
拳王は前に出た。両腕をかち合わせている。
自信満々に深怨に挑むつもりのようで、確かに今なら戦えなくはない。
深怨は概念。悪意の煮凝り。実態を持たないのだが、今は違う。確かに目の前に存在していて、絶えず私のバリアを壊そうと必死だ。
「そうだね。それが一番だ」
「よっしゃ、勇者。やってやるぞ!」
「うん。三人は援護を頼むよ」
「勇者、拳王。深怨は正のエネルギーに弱い。感情を乗せて攻撃すれば、必ず倒せる筈……だよ?」
勇者と拳王は深怨に挑むことにした。
私達に援護を任せると、バリアの外に出て行く。
一度外に出れば、内側には戻って来れない。それでも挑むというので、私は弱点を教えておいた。
「ありがとう。それじゃあ行くよ!」
「おうともよ!」
勇者と拳王は深怨に立ち向かった。
得意の剣と拳を振りかざすと、蠢く深怨を次から次へと薙ぎ払う。
流石の勇者パーティー。まるで虫を潰すみたいに、容易く倒してしまう。
「(バシュン!)脆いね」
「(ズドン!)そうだな。これくらいなら何時間でもやれんな!」
勇者と拳王は私のサポートも一切必要としない。
いや、勇者パーティーの一員に加わってから、まともにサポートもアシストもしていない。
基本的にこのパーティーの在り方は決まっている。
「【新風】放て!」
勇者と拳王の背後を深怨は狙っていた。
太い腕が槍のように繰り出される中、何処からともなく矢が放たれる。
グサリと背中を貫き消滅させると、妖精射手は笑みを浮かべた。
「後は任せて」
「おう、助かったぜ!」
「お二人共、次が来ます。三時の方角と十時の方角です!」
「「見えてるよ!」ぜ!」
聖女の的確な指示もあり、確実に勇者と拳王は攻撃を当てていく。
見事な連携が取れており、次々深怨を倒してしまう。
しかしそれでも体力が擦り減られているのは確実で、勇者と拳王は少しずつ動きが悪くなった。
「はぁはぁはぁはぁ……どれくらい倒したかな?」
「チッ。舐めてんじゃねぇぞ!」
「こっちも、矢が無いわよ」
「私の瞳も、そろそろ限界ですね」
妖精射手も聖女も武器が無くなりつつあった。
あれから十分以上戦ってはいるが、まるで深怨が消える目途が立たない。
数は減っているものの、しぶとい現実が襲い掛かる。
このままじゃジリ貧だ。
勇者達だと勝てない。そうなれば、被害はとてつもないことになるのは確実。
これを覆る方法は一つしかない。私はそう悟り、魔王に叫んだ。
「魔王、私達に力を貸して欲しい」
「無理だ……」
「無理じゃない。このバリアの中にいる全てを、安全な場所に転移させてほしい。魔法は既に構築されている。だから!」
私はバリアの内側に少し難しいが、テレポートの魔法を掛けている。
とは言え、魔力が圧倒的に足りていない。
この規模となると、魔族であり魔法の王である、魔王でなければ起動できない程だ。
「それでどうする気だ……」
「その後のことは私がなんとかするよ」
私は得意気な笑みを浮かべる。
魔王は私のことが見えているのかは分からないが、気持ちは伝わってくれたらしい。
「分かった」と相槌を返すと、私はバリアの外側に飛び出す。
「二人はここにいて」
「ま、魔法使いさん!?」
私はバリアの外に出ると、今にも崩れそうな勇者と拳王の首根っこを掴んだ。
突然のことに反射的な態度を示すと、私の顔を見て唖然とする。
「魔法使い?」
「なんでお前がこんな所にいるんだ!」
「助けに来たんだよ。一度バリアの内側に戻って」
「「はっ!?」」
私は無理やりにでも二人をバリアの中に押し込む。
その瞬間、せっかく発動していたバリアフィールドが消えてしまった。
内側から外側へ出ることは可能。けれど逆は不可能。それを可能にするには、一度解くしかない。
「今!」
「よく分からんが、我が魔力を注ぐぞ」
魔王は私の呼びかけに応えてくれた。
そのおかげか、私が設置しておいた魔法陣が起動。
大規模な転移魔法を可能にする。
「魔法使い、一体なにをして!」
「勇者は必要だ。人々の信じる象徴としてね」
「おい、バカなことは止めとけ。お前も来い!」
「拳王、君は本当の王だ。勇ましく戦った君の武勇伝を、獣人の国の民達に届けないといけないよね」
勇者にも拳王にも役割がある。
そのためにも生きて行かないといけない。
生きて、希望を紡がなければいけない。そんな御伽噺の様な謳い文句を並べる。
「魔法使い、なにしてるの。そんなのいいから、早く!」
妖精射手が私に矢を射た。
紐が付いていて、私を引き寄せようとしている。
けれどそんな真似はさせない。私は矢を魔力で弾いた。
「えっ?」
「二人も役目がある筈だ。だから生き残らないといけない。分かるよね」
「魔法使いさん……」
妖精射手も聖女も言葉を飲む。
私の覚悟を証明し、背中で語ってみた。
まるで“漢”の様な雰囲気を放つと、魔王の魔力が充分注がれ、魔法陣が起動する。
「それじゃあね、みんな」
「「「魔法使いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」」」
断末魔のように私のことを呼んだ。
そう言えば最後まで名前は伏せていたような気がする。
それはそれで後世に残らないからよしとしよう。私は静かになるのを確認してから、髪を掻き上げた。
「さてと、やっと本気になれる……なっ」
私は一人きりになった部屋の中、大量の深怨と対峙していた。
完全に取り囲まれてしまっているが、まるで動じることが無い。
ようやく本気が出されると思うと解放感が生まれ、つい余裕な笑みを浮かべた。
「さてと、聞くまでもないと思うけど、一応聞いておこうかな? 罪を認めて光に消えるか。それともここで私に倒されて闇に沈むか。選べ」
私は自信満々に訊ねる。
もちろん深怨に会話をする気なんて無く、私に向かって一斉攻撃を仕掛ける。
「そうか。それじゃあ……【彩奪】よ応えろ。サーキュレーション・バースト」
私は大魔法を唱えた。向かって来る大量の深怨は一斉に光に包まれる。
私の体から迸った正のエネルギーに当てられると、体が砕け散ってしまう。
あらゆる悪意は円環に帰り、跡形も無く姿を消した。
「ふぅ。終わったか」
私はホッと一息を付いた。
体から魔力が大量に抜けて行き、足がフラッとする。
けれどなんとか立って威厳を見せると、私は腰に手を当てた。
「深怨もいなくなった。それと、私は死んだことになるのかな?」
アレだけの数の深怨と戦ったんだ。きっと私は死んだことになっている。
それもその筈、勇者パーティーが気圧される程だった。
そんな相手を一人で討ち破るなんて不可能で、共倒れ。そう思われて不思議じゃない。
「好都合だよ。そろそろこの人生も飽きて来た所だからね」
私はバカみたいなことを言ってしまった。
けれどそう思ってしまうのも仕方が無い。
私は清々しい気持ちになると、左手の甲に紋章が浮かび上がる。
「【彩奪】、応えてよ。ニューライフ」
私がそう唱えると、全身が光に溶けてしまう。
古い身体が徐々に消え、魂だけの存在になる。
コレが私の奥の手。そして私の最大の魔法。新しい人生を歩むことにした私は、勇者パーティーの魔法使いを辞めてしまった。そう、ここで私の人生は一度終わった。
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