腹ペコ転生魔法使い、何故か神剣を手にしたら最強になっちゃった!?〜転生を繰り返す私、次の人生はスローライフに送りたいけど、残念ながら無理そうです。

水定ゆう

第1話 勇者パーティー

「はぁ……はぁ、これで最後だ、魔王!」


 前衛の一人、《剣の勇者》の異名を持つ青年が、剣を振りかざす。

 その相手は諸悪の根源とされる偉大なる敵、《深淵の魔王》。


 ただの魔王ではなく【深淵】を司る魔王であり、世界の四分の一を深淵で覆い尽くした。

 青い空は常に夜になり、地面からは黒い蔓が生え躍り出す。

 気色の悪い世界へとたちまち変貌し、見たこともない魔物達を操ると、世界を我が物にしようとした。


 このままではこの世界は魔王の手に落ちてしまう。

 そんな危機的状況に応えたのか、御伽噺おとぎばなしに登場する英雄が現れた。そう、誰もが知る“勇者”のことだ。


 それが目の前の青年であり、【剣】の魔法紋をその身に宿し、聖剣を振りかざして魔王に挑むその姿は、誰が何と言おうと勇者以外の何者でも無い。

 私達のリーダーであり、誰に対しても自信満々に振舞う。

 それが偉大なる英雄、《剣の勇者》だった。


「がーはっはっはっ! 勇者、とっととやってやれ! 五対一で戦い抜いた魔王に、敬意を表するのだ!」


 そう叫んだ無精ひげを生やした筋肉の親父。

 勇者共々前衛を張り、素手で数多の強敵を薙ぎ払ってきた武人。

 《爆砕の拳王》の異名は伊達ではなく、触れたものを全て粉々に破壊してしまう。獣人の中でも特に力が強く、相手にすると恐ろしい格闘家だった。


「そうね。とっとと終わらせましょう」

「ダメですよ、皆さん。油断大敵です。それに最後まで話し合いを心掛ける気持ちを忘れないでください」


 私と共に後衛を任されている二人の少女達。

 一人は耳が長く、一般的にエルフと呼ばれる少女……の様見えるが、随分と年上だ。

 ありとあらゆるものを射抜く制度を誇る弓の達人であり、《新風の妖精射手》の名を持つ。


 もう一人の少女は、可憐で清楚、そしておしとやか。誰もが認める聖女だ。

 常に弱い者の立場に立ち、強い者に反旗を翻す。

 その透明な瞳はありとあらゆる悪意を見出し、真実へと導く。《心眼の聖女》の名を欲しいままにしていた。


「対話なんてできる訳ないわ」

「いいえ、あの方は……魔王様は何処かおかしいのです」

「何処かって?」

「それは分かりませんが。もっと奥深いなにかが、魔王様の体を伝っているように見えます」


 得意の【心眼】を発動し、魔王の心を見透かす。

 《心眼の聖女》の瞳に何が映り込むのか分からないが、少なくとも魔王の心は見えているらしい。

 そこに現れたのは、魔王よりも強い何か。ゾクリと背筋が凍り付くと、聖女は慄いてしまう。


「来ます、皆さん伏せてください!」


 聖女が何かを予見して、全員に警戒するよう伝えた。

 けれど言葉が伝播するよりも早く、拳王は床を蹴る。

 魔王城の床は何故か濡れていて、少し滑ってしまいそうになるが、拳王は一切怯むことなく、拳を突き出した。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 突き出された拳は問答無用で魔王に体に注がれる。

 たった一発。たった一発にもかかわらず、とてつもない破壊力を見せてくれる。

 筈の拳王の拳は、何故か衝撃共々吸収されてしまった。


「な、なんだと!?」

「ここはは僕に任せて。【剣】応えて、赤灼の剣レッド・バーニング青凍の剣ブルー・アイシクル。それっ!」


 勇者は両手に剣を持った。何処からともなく現れたのは、今作ったからだ。

 右手には真っ赤に燃える剣。左手には真っ青に凍る剣。

 炎と氷を操る二つで一対の剣を手に、魔王を攻撃する。しかし、その切っ先はあまりにも遠い。


「そ、そんな!?」


 勇者の攻撃はすり抜けてしまった。

 魔王の体を透過すると、勇者は床に着地する。

 驚いた拍子に何かを悟ったのか、少し無言の時間が生まれた。


「どういうこと? もしかしてこの魔王は偽物なの?」

「そんなことはありません。私の瞳には確かに正体が映り込んでいます。ですが……」

「みんなよく聞いて、魔王は囚われているんだ」

「「「囚われている?」」」


 直接体を透過した勇者だから気が付くことができた。

 今目の前で私達が相手をしている魔王。

 そこに攻撃の意思は無く、むしろ私達を守ろうとしてくれていた。


「どういうことだ。勇者!」

「どうもこうもないよ。この魔王に攻撃の意思はない。つまり、魔王は置物なっているんだよ」

「置物? 変な話ね」

「そうだね。でも事実だよ。同時に、魔王は僕達の知らない所でなにかと戦っている。必死に食い止めようとしてくれているんだ」


 食い止めるとは一体何か。私達は疑問に思う。

 けれど私は床を伝う黒い液体に違和感を覚えた。

 何だか動いたような気がしたけれど、気のせいだろうか?

 

「勇者、これはもしかすると……」


 私はコレを知っている。いや、知っていなくて行けない。

 まさかこんな所でお目にかかるとは思わなかったけれど、私は全員に緊急で体勢を整えさせた。のだが、それは如何やら遅かったらしい。


『『『ウガァァァァァァァァァァァァァァァァ』』』


 断末魔のような絶叫が魔王城の一室に木霊する。

 流石に煩くて仕方が無く、全員耳を塞いだ。

 けれど貫通するかのように、鼓膜にまで直接伝わると、脳を支配しそうになる。


「な、なんだこれ!?」

「分かりません。ですがこれでは……」

「魔法使い、なんとかして」


 無理難題な要求をされてしまった。

 しかし私は魔法使い。その役目は後方支援をしつつ、強力な魔法を使って戦況を覆すこと。

 唯一前衛でも後衛でもない特殊な役回りを与えられた私は、左手を床に付けた。


「バリアフィールド」


 私を中心に、魔王を含めた全てを包み込む。

 目に見える程度の色を持った半球状のバリアが私達を覆った。

 魔力の消費は大きいけれど、これ以上に優れた全体防御魔法は無い。


「助かったよ」

「別に構わないよ。それより、これは……」


 私はコレを知っている。バリアの外側、蠢く黒い影達。

 明らかによくない物は確かだけど、その正体については、私も詳しくはない。

 けれど一つだけ言えることがある。コレが生まれると言うことは、ここは既に悪意のど真ん中だ。


「魔王、一体これはどうなっているんだい?」

「我は、もう……ダメだ」

「えっ?」


 ここに来て、初めて魔王は言葉を発した。

 もちろん口を動かした訳じゃなく、頭に直接語り掛けて来た。

 しかも最初から諦めた様子で、私達は不審に思う。


「ここまで必死に食い止めては見たが、これ以上は手が足りぬ。すまないが、勇者達よ。我を……殺せ」


 魔王はそう言い残すと、全身から黒い影が飛び出した。

 巨大な穴……魔法陣から飛び出したのは真っ黒な影。

 獣のような形を取ると私達に襲い掛かり、その牙を剥き出しにした。

 如何やら本当の敵は魔王ではなく、この得体のしれない影達みたいだ。






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