乖離 -裏-

 翌週、男は瞳を輝かせて店にやってきた。


「仰っていたことは、全部本当だったんですね!」


 身を乗り出すように老人の手を握りしめ、希望に満ち満ちた様子で笑う。 


「効果を実感したのかね?」

「はい! あれからずっと、自分を嫌いにならずに過ごせています!」


 すぐに傷つく自分。短気な自分。人を恨んでしまう自分。

 理想と乖離した嫌なところは綺麗になくなった。人の言葉を優しく受け止め、温厚で器が広く、他人を許せる自分になれたと、男は実感していた。


「ああ、そうじゃろうとも」


 老人は特段不思議なことじゃないとでも言いたげに、ぶっきらぼうに相槌を打つ。そんな老人の様子もよそに、男は嬉しそうに続けた。


「周りの人たちからも、すごく素敵な人になったねって言ってもらえているんです……!」


 言って、男は夢じゃあるまいかと涙を流して、理想の自分を噛み締める。

 そのとき、老人は少し意外そうな顔をした。


「ほう、それはなかなか運が良い方じゃな」

「え? どういう意味です?」

「ああ、いや。お主は人に恵まれておるということじゃよ」


 一瞬男はきょとんとして黙り込んだ。しかしすぐにぱぁっと明るい表情に戻る。


「……そうですね! 素晴らしい人たちに巡り合えた、私は幸せ者です!」


 男は何度も深く頭を下げ、本来の額よりも多めに料金を払うと、軽い足取りで店を後にした。


 ***


 さらに翌週。男は再び店を訪れた。

 男は不安そうな顔をして、老人に向かってこう言った。



「本当に……自分の嫌なところを捨てられるんですか?」


 老人は淡々とした声で答えた。


「ああ、本当じゃよ。こうしてここに来たということは、お主も自身の理想と現実の乖離に苦しんできた――そうなのじゃな?」



 既視のやり取りの後、説明を受けて例の薬を流し込んだ男は、首を傾げながら店を後にした。



<続>


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