第2話

「久遠様、申し訳ありません。生悟さんは目利きが大の苦手なので、得意そうな久遠様の登場に感極まったようです」

「俺だけじゃなくて、鳥喰みんな苦手だし! 俺だけじゃないし!」


 生悟の主張に近くにいた金髪の鳥狩たちがさっと視線をそらした。全員自覚があるらしい。


「鳥喰家は攻撃特化ですもんね……」


 久遠の言葉に生悟は「そうそう!」と大きな声で頷いた。それに対して朝陽が「うるさいですよ」とたしなめる。親子のようなやり取りだが、現役では一番の実力を誇る主従である。これでも。


 五家にはそれぞれ得意分野がある。鳥喰はケガレを狩るための攻撃力と機動力に重点を置いた一族で、狩人だけが受け継いだ異能は翼と鉤爪。最前線で戦う業を磨き続けた結果、霊力の見極めなどといった能力が衰えたと言われている。

 逆に霊力の見極めやケガレの索敵など、見ることに特化した進化を遂げたのが猫ノ目家だ。猫狩が受け継いだ異能は遠視。歴代の猫狩の中には本邸にいながらにして、夜鳴市全土のケガレの位置を把握するような強者がいたらしい。


「よく見ても結局わかんなくてさ、この間の市の時は手当たり次第に買ったんだけど」

「全部、生悟さんの霊力量に耐えきれずに割れました」


 ため息交じりに話す生悟と安定の真顔で恐ろしいことを口にする朝陽。黙って話を聞いていた守はギョッとし、久遠は思わず並べられた霊石たちを見た。


 石に貼られた値札は安いとは口をさけてもいえない。中学生の久遠のお小遣いでも買えるものもあるにはあるが、安いだけあって質はいまいちだと一目で分かる。質がよさそうなものとなると一万超え。何十万という値がついているものもあった。


「……生悟さん、前回の買い物の合計金額聞いてもいいですか?」

「安心しろ久遠。今日の買い物は家につけることが出来る。俺たちは命がけで戦ってるんだ。質のよい武器は命を守るために重要だ」


 生悟は眉をつり上げ、キリリとした表情をつくった。本当に年上か? と思うおちゃらけた雰囲気が多い生悟だが、真面目な顔をしていると歴戦の猛者に見える。実際、十歳からケガレと戦っている久遠からすれば大先輩だ。


「その前回のつけが高額すぎた結果、鳥喰家から今回は一個に抑えろ。一つ以外は自腹切れと宣告されてるんですけどね」

「朝陽! それいっちゃダメ!」


 平然と裏切った朝陽に対して生悟は叫ぶ。真面目な空気は消し飛んだ。一瞬でも先輩格好いいと思ってしまった気持ちを返してほしい。


「つまり、今回は失敗が出来ないから久遠様のお力に頼ろうと?」


 守が腕を組み、ヤクザでも逃げ出しそうな冷たい目を生悟に向けた。守は見目が整っているので怒ると怖い。久遠は自分が怒られているわけでもないのに震えたが、生悟は「だって~」と子供のように騒いでいた。

 守の「にらみつける」は失敗に終わったらしい。


「期待しているところ悪いですけど、目利きなんてしたことないので、成功する自信ないですよ」


 霊石に違いがあることだってさっき知ったのだ。いくら見ることが得意な猫ノ目といっても、経験の浅い久遠が上手く出来るとは限らない。


「私は久遠様であれば成功すると思っていますし、たとえ失敗したとしても久遠様が選んでくださった私だけの石、家宝にする所存ですので遠慮なさらないでください」

「重い。というか、使ってください」


 先ほどまで生悟に向けていた冷めた目が嘘のように、花でも飛びそうな満面の笑みを浮かべた守に久遠は素直に引いた。


「とりあえずやってみますけど、期待はしないでください」


 久遠はため息交じりにそう呟いた。気づけば周囲からの視線も集まっている。五家の中でもいろんな意味で有名な生悟が騒いでいるのだ。注目されないはずがない。正直にいえば逃げたいところだが、生悟から逃げ切れるはずがないのでさっさと用事を済ませてしまった方が早い。久遠に目利きの才能がないと分かれば、生悟だって諦めるだろう。


 久遠は並べられた石を改めてみた。さっきは値段をざっと見るだけだったので、今度はそれぞれの石に溜まっている霊力を見る。形と大きさの違いだけだと思っていたが、石に溜まっている霊力は多種多様。相性の良し悪しで効果が変わるというのも納得だ。


 一通り石を見てから今度は生悟を見る。生悟は急に視線を向けられたことに驚いたように目を見開く。赤い瞳が炎のように見えた。


「これがいいと思います」


 久遠はそういって手のひらサイズの石を手に取った。サイズとしてもお手頃。値段は一万円と、中学生の久遠からすれば痛手だが、家が出してくれるとなればどうにかなるだろう。

 生悟の手に石をのせる。久遠には石と生悟の霊力がなじんだ姿がたしかに見えたが、生悟は半信半疑といった様子で石を見つめていた。


「割れない?」

「なじんでるから大丈夫だと思うんですけど……試してみるわけにはいきませんしね……」

「こちら一つだけなら構いませんよ」


 いつのまにか近くに立っていた男性がそう答えた。首から「石堀商店」という名札を下げている。初めて見る店の名前だが、この市の責任者なのだろう。

 名前、安直すぎない? と口から出かかったが、ギリギリ飲み込んだ。


「鳥喰様はお得意様ですし。生悟さんには本当に沢山の石を買っていただきましたが、満足のいただける結果にならず、私どもとしても心苦しく思っております」


 営業トークにしては悔しさの滲んだ声と表情に、久遠は店員に同情した。生悟が規格外なだけで、ここに並ぶ石には全て霊力が溜まっている。量や質はそれぞれ違うが、比べてみれば値段の差も納得がいく。目利きの出来る人間が選んで正しい値段をつけたものなのだと、素人の久遠にも理解ができた。


「生悟さんに今度こそ満足のいく一品を。その思いで私どもはここに舞い戻ったのです!」

「て、店員さん!」


 生悟が感極まった様子で店員を見る。店員は深く頷いた。

 久遠はなんだこの茶番と思った。


「許可もおりたことですし、さっさと確認しましょう。このままだと営業妨害で訴えられます」

「よっしゃ! やってやるぜ!」


 朝陽がパンパンと手を叩き軌道修正する。たぶん、生悟と知らない店員が見つめ合っていたのが嫌だったのだ。独占欲強すぎだろ久遠は思ったが、生悟は朝陽の思考など気にせず拳を突き上げた。

 生悟は気合い十分で久遠から受け取った石を握りしめると、瞳を釣り上げた。

 次の瞬間、霊力が膨れ上がる。金色のオーラのようなものが背中から吹き上がったように見えて、久遠は毛が逆立つような感覚を覚えた。久遠は人間で猫ではないが、血に流れる猫の霊獣が歯をむき出しにして唸っているような気がする。


 そういう感覚を覚えたのは久遠だけじゃなかったらしく、会場中から音が消えた。会場中の視線が生悟に集まり、固唾をのんで生悟の様子を見守っている。そんな中、生悟は身から立ち上る、暴力的ともいえる霊力を石に注ぎ込む。

 そんなことしたら割れるに決まってるでしょ! バカなんですか!? と久遠は叫びそうになったが、意外なことに石はヒビ一つつかない。


「あっ、なじんだ」

 思わず久遠は声に出していた。守と朝陽からどういうことだという視線を感じたが、なじんだとしか言いようがない。


 もともと石にこもっていた霊力と生悟の霊力は近いものだった。石には生悟の霊力を受け入れる基盤ができあがっていたので、反発せずに混ざったのだ。今まで生悟が買った石は霊力の性質が遠かったのだろう。だから反発がおこり、注ぎ込まれる霊力量に耐えきれず割れてしまったのだ。


 久遠が一人で納得していると、生悟は手に持った石を凝視したままわなわなと震えだした。霊力を注ぎすぎて体調でも崩したかと久遠が慌て始めると、生悟は勢いよく顔をあげた。まっすぐに久遠を見るその顔は、歓喜で赤く染まり、感動で震えていた。


「久遠!! 最高!!」


 生悟はそう叫ぶなり久遠に抱きつき、あっさり久遠を持ち上げたかと思うとそのままクルクルと回り出した。周囲がギョッとした顔で距離をとる。店員はさりげなく売り物が壊れないようにテーブルを引いた。

 そんなことしてないで、生悟をとめてくれと叫びたかったが、舌を噛みそうで言葉に出来ない。


「こぉらバカ鳥野郎!! 久遠様になにしてんだ!! 離せ!!」

「生悟さんがバカなのは否定しないけど、鳥狩様に公衆の面前でバカ鳥っていうのはさすがに不味いと思うよ。バカなのは否定しないけど」

「いいから止めて!!」


 激怒する守。謎の冷静さを発揮する朝陽。有頂天の生悟。振り回される久遠。

 なんだこの状況と周囲は唖然と見守った。店員だけはなぜか目に涙をため、よくやったみたいな顔をしていたが、お前が真っ先にとめろと久遠は思った。


 その後、目利きの天才という謎の称号を得た久遠は他の人たちに絡まれ、絡まれ。最終的に守が激怒し、慌ただしく会場を後にすることになった。

 後日、生悟からわびとして贈られてきた霊石は、あの会場で一番値のはるものだったらしいが、久遠、守。現役の猫狩とその守人、誰とも相性が悪かった。


 目利きできないにもほどがあるだろと久遠は思ったが、生悟の輝く笑顔を思い出せば悪い気はしなかった。

 ただ、二度と市にはいかないと固く決意した。

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