石選び

黒月水羽

第1話

 市の会場に足を踏み入れた猫ノ目久遠ねこのめ くおんは、思ったよりも人がいることまず驚いた。続いて、緑、金色、銀色と、特殊な髪色をしているものが多いことに金色の瞳を丸くする。


「すごいですね……」

「はい! 面白いものがたくさんありますね!」


 久遠の独り言のようなつぶやきに対し、隣りにいる猫ノ目まもるが元気よく返事をした。久遠の「すごい」は眼の前に並んだ商品ではなく、人の多さと奇抜な髪色の多さなのだが、守には伝わっていないらしい。

 

 守の髪と瞳は薄い茶色。黒髪黒目が一般的なこの国では、染めたわけではない天然の髪と瞳は目立つ。だが、それ以上に会場にあふれる色とりどりの髪色は目を引くものだ。しかし、そういう感覚が守は薄い。


 それもそうかと久遠は目深に被った帽子のつばを、金色の瞳を隠すようにさらに下げる。ここではそんなことをしなくてもいいと分かっていても、もはや癖のようなものだ。

 

 久遠のコンプレックスである金色の瞳、会場にあふれる緑、銀色、金色の髪も、守にとっては奇抜なものではない。むしろ尊ぶべき存在なのだと知っているが、未だに久遠は慣れる気がしない。

 こういう時、守と自分は育ってきた環境が、常識が違うのだと実感する。


 この世界にはケガレと呼ばれる化物が存在する。夜になると現れる化物は負の感情を餌に、人や物に取り憑く。強くなればなるほど増殖し、手がつけられなくなる。そのためケガレを見ることが出来る霊能者と呼ばれる存在は、日夜ケガレを駆除してまわっている。


 久遠と守が生まれた猫ノ目家は、霊能者の中でも特別な術を継承している術者の家系だ。久遠が暮らす夜鳴市には猫ノ目家を含めた術者の家系が五つ存在している。

 猫ノ目、鳥喰とりくい犬追いぬおい蛇縫へびぬい狐守きつねもり

 各家には霊獣の血を引く、特別な力を持った子供が代々生まれる。狩人と呼ばれる子供達は特徴的な髪色や瞳の色で生まれてくるため、世間的にはおかしな髪の色や瞳の色も夜鳴市では特別な証と尊ばれるのである。


 といっても、両親が他界するまで夜鳴市の外で育った久遠からすると不可思議な常識だ。猫ノ目は瞳だけなので近づかなければ分からないが、他家は緑、金髪、銀髪と遠目にも目立つ。生活圏が離れている他家の人間が一堂に会する機会は珍しく、今回のように一カ所に様々な髪色、瞳の色を持つ者たちが集まっている様は異様と言えた。


「私は霊石がみたいのですが、久遠様はいかがなさいますか?」


 雰囲気に飲まれて固まっている久遠に気づかず、守は無邪気に聞いてくる。久遠は他家の人間に怖じ気付いていると悟られるのが嫌で、冷静を装った。


「霊石って種類があるんですか?」


 霊石とは霊力が通りやすく、溜め込む性質のある石だ。それを利用して術に使用することもある。よく使われるのは結界。石に術を埋め込み、霊力を通すことで発動するのだと聞いた。


「霊石にも品質があるんです。天然石みたいなものですから、霊力の通りやすさに蓄積量の差、相性なんかもあります」

「相性……?」

「私はそれほど詳しく分かりませんが、霊力にも個性があるんだとか。その個性と相性の良いものを選ぶと、霊具にしてもお守りにしても、抜群の効果を発揮するのです」


 守は両手を握りしめキラキラとした瞳で力説した。なるほどなと久遠は納得する。たしかに霊力は人によって微妙に違う。石にもそうした違いがあるのだろう。


 興味がわいた久遠は石が並べられたスペースに移動した。

 日頃は会議室として使われているスペースを貸し切った市は、五家しか利用しないということでかなり簡易だ。長テーブルの上に白い布がかけられ、その上に商品が並べられている。雰囲気としては骨董市やバザーといったところだろう。


 その中で霊石が並ぶスペースは人気のようだった。守のように自分と相性のよい石を探しているのだろう。皆が真剣な顔で並ぶ大小様々な形の石を吟味している。

 その中に知り合いの姿を見つけた。久遠の視線に気づいたらしく、並んで石を吟味していた二人がこちらを見る。


 鳥喰家に生まれる鳥狩の特徴は金髪赤目。窓から差し込む日差しに照らされ、キラキラと輝く金色の髪にルピーみたいな真っ赤な瞳。現役の鳥狩の中でも特に血を色濃く継いだ人物、鳥喰生悟とりくい しょうごがそこにいた。


「あっ、久遠だ! やっほ~! 元気かぁ~!」


 久遠に気づくなり神秘的ともいえる容姿が、人なつっこい笑みの形を作る。生悟の言動に反応し、周囲の視線が集まった。石を見るのに集中していた者たちは、隣にいたのが五家の中でも有名な術者だと気づいて、気後れした様子で距離をとる。

 そんなことには一切お構いなく、生悟は久遠の元までずんずんと歩いてくると両手を握りしめた。


「久遠、お願いだ。目利き手伝ってくれ」

「えっ」


 両手を掴んだまま、鼻がくっつきそうなほどに顔を近づけてくる生悟に久遠は身を縮こまらせた。

 久遠は中学二年生。生悟は高校三年生。たかが数年といえど、久遠からすれば高校生の生悟はものすごい大人に見える。そんな人物に至近距離でお願いされて、元々人見知りが激しい久遠はうろたえた。


「えぇい! 気安く手を握るな! 近づくな!! たとえ鳥狩様だろうと、久遠様に無礼を働くなんて、この守が許さない!!」


 強引に間に割って入った守が久遠を背に庇い、猫のように威嚇する。守に尻尾があったらぶわりと広がっていたに違いない。

 そんな守を生悟は面白いものでも見るように眺めていたが、後ろから近づいてきた人物に容赦なく脳天チョップされた。


「痛いっ!?」

「後輩を驚かせちゃだめでしょう。メッですよ」


 真顔で久遠だったら恥ずかしくて言えない言葉を堂々と口にしたのは、この国では一般的な黒髪黒目の人物。高畑朝陽たかはた あさひ。生悟とバディ関係にあたる守人である。


 ケガレとの戦いは危険がつきまとう。そのため最低でも二人一組で行動することが義務づけられており、重要な戦力である狩人には必ず守人と呼ばれる従者がつく。久遠の場合は守。生悟の場合は朝陽がそうであった。


「驚かせたつもりないし~。熱い想いがほとばしっただけだしぃ~」

「メッです」


 真顔すぎて冗談なのか本気なのか久遠には分からないが、幼い頃から一緒に居た生悟には伝わったらしい。ごめんなさいと久遠よりも大きな体を小さくした。そんな生悟の反応を見て朝陽は満足げ……に見えたような気がしたが、やはり表情の変化が微々たるものすぎて久遠にはよく分からなかった。


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