第2話
そいつらはフード付きのローブを目深にかぶっていた。手も足も何もかもが覆われていて、日本人かどうかさえわからない。萌え袖って感じじゃないことは確かだ。
だぼだぼの白い袖からは、見たことのないものが飛びだしていた。いくつもの機械の箱をくっつけケーブルでつないだみたいな装置の先端は、銃口のように尖っている。そこから、バチバチと青白い火花が散った。
彼らのほとんどは
「巫女よ」
「いや、男だが」
目の前にやってきた一人は首をひねった。それから、何事か納得したように手のひらを叩いた。
「そうだった。この星の種族はオスとメスにわかれているのだったな」
いや
その声はどことなく甲高い。バスがソプラノのパートを歌わされているようなかすれた感じがあった。とにかく耳障りで不快な声だ。
「それでは君は――思いつかないから巫女でいいか」
「…………」
「巫女よ。私たちともに来てもらおう」
「は、なんでだよ。俺は学校に行かなきゃならないんだが」
時刻を確認すれば、午前8時になろうとしている。あと十五分でホームルームのはじまりだ。
巫女とかなんとか言ってくるわけわかんない集団から離れようとしたら、腕をつかまれた。
ひんやりとした感触が手首に伝わってくる。
見れば、ローブから伸びる腕に俺は掴まれていた。
テラテラと光沢をもった皮膚は
例えば、ヘビとか。
次の瞬間には、その
「おっとすまない。この体には慣れてなくてね」
「な、なんだ。おまえは」
「なんだと思うかな、
「なんで俺の名前を――」
「君が仕えている神様がそう口にしていたではないか」
「神様なんて知らん。ちょうどいい、そこの詩喜美って子にも言ってくれないか」
そいつは、疑わしいとばかりに、俺のことをじっと見つめてくる。
詩喜美の方を見れば、まだ気絶していた。
不意に、ヘビの
「まさかキミは神様とは知らずに仕えてるのかい? それは
「意味わからんこと言ってるところ悪いが、俺、行くからな。付き合いきれん」
「私たちについてきてくれるのであれば、世界滅亡の際も助けてやらんこともないが、いかがかな」
「世界が滅亡するとか信じてないんでね」
歩き出そうとしたら、かちゃりと背中で音がする。
何が起きたのか――なにが向けられているかなんて考えるまでもない。
俺は両手を上げる。
くそっ、なんだこいつら。みんなみんな神様だとかなんとか言いやがって。
まきこみやがったヤツは絶対許さないからな。
恨み半分、恐怖半分で電撃が飛んでくるのを待っていた。
が、いつまで経っても電撃はやってこない。
背後を振り返れば、マンションの近くで見た、黄色い服の集団があった。
彼らの手にはバットやトンカチ、バールのようなものなどが握られている。落ちくぼんだ目はとろんとしていて、たぶん薬物中毒者はこんな顔をしているに違いない。見たことないが。
「た、助かった」
じゃ、これで……。
気味の悪いやつらから逃げようとしたら――目の前に、黄色いマントを
髪を長く伸ばした男である。男から見ても美しいと思うほどの美貌の持ち主だった。
だから、動けなかったんじゃない。
向けられているのが、殺意めいたものであると気がついてしまったから。
「お前を連れていく」
言葉が出なかった。
「あの星――くそ、ここからでは見えんが、あの方向にオレの住むフォーマルハウトは存在する。そこで劇に出演してもらう」
「劇……」
「ああ。そこで異教の徒として
じゃあなんで俺が選ばれたんだ――そんな疑問はひゅうひゅうというガスの抜けたような音にしかならなかった。
「おうおうそうかそうか嬉しいか。よかったぜ、了承してくれなかったら、ぶっ飛ばすとこだったからな。ちょっと待てよ、タクシーを呼ぶ」
男がリコーダーみたいなものを取りだし吹けば、空に黄色いタクシーが現れ、こちらへやってくる。
それはイエローキャブなどではなく、翼を有したバケモノであった。そいつは、俺が知る地球上のどれにも当てはまらない。しいて言うなら、ガーゴイルに似ていた。
そいつが、翼をバサバサはためかせ近づいてくる。
「きもっ」
「おい、今気持ち悪いと言ったか。神聖なしもべに」
男が睨んできたので、俺は首をブンブン振る。
その神聖なしもべとやらが近づくにつれ、ディテールが細かいところまで見えてくる。翼が動くとともにゆらめく二つの爪は、ギロチンみたいに鈍く輝いて。
あれで殺されるんだと思うと――いつのまにか意識を手放してしまっていた。
目を覚ますと、気持ち悪い生命体の上にいた。
夢かと思い、飛び降りようとしたところで、下のそいつが慌てたように体を動かしバランスをとる。
「こいつ頭がいいのか……?」
鼻を鳴らすような音がする。まるで、返事をするかのように。
バケモノの背中にしがみつき、下を覗けば、街ははるか彼方。
腕時計を見れば、とっくに午前10時を過ぎていた。
遅刻どころか無断欠席だ。先生に怒られるだろうなあ。
「いや、それより――」
「だな。君がどうやってここから逃げだすかを考えなくては」
声がし、前を見れば、少女がいた。
俺と同じ高校の制服を着た彼女は、俺の顔見知り。
黒峰先輩だ。
彼女は、バケモノの背中の上で器用に脚を組み、俺へと流し目を向けてくる。
だが、先輩がこんなとこにいるわけがない。
「なぜそう断言できる? 特殊な能力があるのかもしれないぜ。
「今朝の出来事を考えるにその可能性は大いにあるが……」
「だろ?」
「それでも先輩はしない。どーせあの人は屋上で寝てるからな」
オカ研にいたのだって、一人で部室を占領できるからだ。そして、惰眠を貪っている。
俺が言えば、目を見開き、笑いはじめた。
その人をバカにするような笑い方にピンとくるものがあった。
「プロフェッサーNか?」
「よくわかったじゃないか」
目の前の女がクツクツ笑う。
「……そんな笑い方するの、アンタだけだよ」
「んふ、お
「皮肉はいいから。なんできたんだ」
「朝だって手紙を送っただろ? 心配だったのさ」
「よく言うよ。心配なんてこれっぽちもしてないくせに」
黒峰先輩――の変装をしたプロフェッサーNが肩をすくめた。そのしぐさは、腹立つくらいさまになっている。
「実際のところ心配してたんだぜ。君が何者かに
「あの子って
居候してるのに、蹴る殴るの暴行を働くようなやつだぞ。
「だからこそさ。普通は、あのような子どもを家に上げたりはしない。するとしても、やましいことを期待してだろうさ」
「やましいこと……」
俺が呟けば、プロフェッサーNが顔を近づけてくる。
いつもならば眠たげなその顔には、人類の悪いところを濃縮還元させたような邪悪な光が浮かんでいる。
やっぱり別人だ。黒峰先輩がシリアスな顔できるわけがないんだから。
「暴力だよ、わかるだろう? 君くらいの年頃であれば、誰しもたぎるものが――」
「うるさいだまれ」
「ふふ、想像したのかい」
にやにや笑うプロフェッサーNの鼻っ面をへし折りたくなったが、偽物とはいえ先輩の顔をぶん殴るのは気が引ける。
「そういう君の優しいところは嫌いじゃない。それでこそ――死を免れたのだから」
「は?」
「襲ってたら死んでたってことだよ」
意味が分からん。紫亜はそんなに腕っぷしが強そうには見えない。腕なんかぷにぷにだし、よくモノを落とすし……。
「普通の人っぽいけどな」
「……まあいい。話をしたいのはそんなことじゃないんだ」
プロフェッサーNが真面目な顔をする。
「今の君はね、多数の宗教グループに目をつけられている」
「それって、仏教とかキリスト教とか?」
「それらよりもずっとマイナーな宗教だ。先ほど君も相対しただろう、黄色の男やローブの男、ヤギの目をした少女と」
「そういや確かに神様がうんたらかんたら言ってたな……」
「君はとある神の巫女だと思われており、そのために邪教の徒として追われているというわけだ」
「はあ」
ちょっと話についていけない。
なんで、巫女だって思われるんだ?
「そりゃあ神様の配信に――」
プロフェッサーNが口をつぐんだ。
「どうしたんだよ、急に黙って」
「いや、なんでもない」
「途中まで言っといてそりゃないぜ」
「後でわかるから気にしないでくれ。――とにかくだ。このままでは君が危ない」
「仮にそうだとして、アンタがなんかしてくれるのか?」
「しないさ」
「は?」
「助けはしない。私は誰かが困ってるのが好きで好きでたまらないんだよ」
プロフェッサーNは顔に手を当て身もだえはじめた。往年のヤンデレのポーズって感じだ。ブームは過ぎ去ってますよと言いたいところだったが、似合ってもいた。
「だが、やすやすと死なれては困る。いい感じにタフでなければ嬲りがいがない」
というわけで――。
プロフェッサーNが指を鳴らす。
瞬間、風が吹き荒れた。
「神様を呼んだぜ。黄色いやつと戦いはじめるだろうから、今のうちに逃げるんだな」
「逃げるって言ったって――」
が、その時にはすでにプロフェッサーNの姿はない。
風はますます強さを増す。
目の前で、渦が巻き、雲がゆらりゆらりと現れはじめる。それらはひとつに集まっていって、怒りくるった原始人みたいな顔を形成した。
くわっと睨んだ先には、先ほどの黄色い服の男が立っている。
空中で睨みあう両者。
……CGかなんかだと思いたかった。
こぶしと風とがぶつかり合った瞬間、音と風と熱と光とがバーンと弾けて、僕はバケモノともども吹き飛ばされた。
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