居候は自称邪神の配信者

藤原くう

第1話

 いつもよりも静かだから、考えるべきだったんだ。


「ご飯できたぞ」


 返事はやっぱりなかった。


 午後11時、いつもなら奇声やら台パンやらがこだましてるはずなのに。


 俺の手には夜食のきつねうどん。海外からやってきた居候が好きな和食の一つ。


 コンコンコン。


 ノックをしても返事なし。


「入るぞ……」


 中に入れば、部屋の主はちゃんといた。


 江川えがわ紫亜しあはちょこんと座った椅子から、パソコンデスクに置かれたマイクを食べるかのように顔を近づけ、何事かをささやいていた。


 そんな紫亜がこっちを振り返る。


 その時の表情といったら、鬼のような表情だった。


「待ってくれ。俺はちゃんとノックを――」


「配信中になんで入ってくんのよ!」


 俺の名を叫ぶ声とともに、ぬいぐるみやなんやらが雨あられと降ってくる。


 俺はきつねうどんを死守しながら、慌てて部屋を飛びだした。






 翌日の朝食は、お通夜つやもいいところだった。


「もう許してくれよ」


 俺は言いながら、納豆卵ごはんを差しだす。


 紫亜の大好物のはずなのに、いまいち反応が悪い。どんぶりをちらりと見ただけで、再び俺のことを視線でチクチク刺しはじめた。


 コーヒーを飲む。


 睨まれながら飲むコーヒーは、苦い。


「別にいいわ」


うそだ。まだ怒ってるだろ」


「はあ? 証拠は?」


「俺の足をってるだろが!」


 テーブルの下を見れば、先ほどまでさんざんキックしていた脚が、するりと離れていく。


作流つくるのスケベ、ヘンタイ」


「スカート履いてないだろ」


「そういうことするのがいけないんですー。高校生なのにわからないのー?」


 おちょくるように紫亜が言ってくる。


 腹立つが、いちいち構っていたら、俺のお腹はエイリアンが飛びだしてきたみたいに破裂しちゃいそうだ。


「……邪神とか名乗ってるくせに」


「言ったな、このヒューマン」


 すねを思いきり蹴られた。なんてやつだ。






 ゴミと学生カバンを手に自動ドアを抜ける。


 背後を振り返れば、マンション。自室では、あの少女が朝配信とやらをはじめているところだろう。


 独りで暮らしていた頃よりも重くなったゴミ袋を収集場に放りなげる。


 自称邪神少女が俺の家に住まうようになったのは、つい先日。


 電化製品店でイヤホンを買おうとしたら、困ってるやつがいた。それが、江川紫亜だった。


 両手のカゴには、さまざまな電子機器が入っていた。


 マイク、スピーカー、キーボード、イヤホン、マウス、マザーボードにグラフィックボード……。


 そんなものを両手に持ってふらふら歩く姿は、まるで酔っ払いのよう。


 今に転ぶだろう――なんて思ってたら、マジで転んだ。


 カゴの中のものが、つるりとした床に散乱する。


 拾うのを手伝ったのが運のつき。生まれたてのヒヨコかってくらい後を付きまとわれ、気がつけば俺んちの家の前。


「ワタシ、家がないの」


 家がないなら、どうやって配信をするつもりだったのかって気になるよな。


 質問したところ、首を傾げられてしまった。そのしぐさがかわいかったのはさておき、よほどの世間知らずか、頭のやべーやつか。


「邪神だからそこは何とかなる」


 なんていうやつは、ヤバいに決まってるか。


「頭痛くなってきた……」


 考えるのをやめて、高校へ歩きはじめる。


 念願の一人暮らしを始めたってのに、なんでこんなことに――。


 ひゅっと音がしたかと思えば、学生カバンに軽い衝撃。


 見れば、矢が突きささっていた。


「は……?」


 その矢はゲームで見るような、白羽の矢ってやつ。それが、そこそこ重いカバンへ突き刺さっている。エロ本は無事か……教科書だけしか突きささってない、ならいいか。


 矢には紙が結わえつけられていた。


 開いてみれば、すみと筆で書かれたらしい字がおどっている。


「『視られているぞ、気を付けるように。プロフェッサーNより』……?」


 プロフェッサーNには心当たりがあった。カギを渡してないのに、部屋に現れる謎の人物だ。時に子どもであり、おねえさん。と思ったらお坊さんだったり、人妻だったりするよくわからない人。


 そんな彼が、紫亜に配信しろと吹き込んだらしい。なんてはた迷惑な存在なんだろう。


「みられてるっつってもな……」


 空にはカラスが飛びまわり、地には黒猫の大行進。それどころか、黄色の服を身にまとった集団がこっちをジロジロ見てきている。


「あやしいことしかないんだが」


 早足になれば、カラスもネコも黄色い集団も、ぴたりとついてくる。


 にゃごにゃごカーカーぞろぞろ。


 俺の後方左右に群れがあるものだから、道行く人々が映画のワンシーンのように、飛びのいていく。


 人々の視線は、俺へ向いていた。


 まるで、俺がこの奇妙な集団のリーダーみたいじゃないか。


 前方に交差点が見えてくる。新しいもの好きの市長が見栄をはるためにつくられたというラウンドアバウトの中央には、大きなイチョウの木がデンと植わっていた。


 その幹に触れている少女が、こっちを向いた。


 長く伸びる緑色の髪、金色の瞳。紫亜といい、最近は外国から来た少女が多くなってるんだろうか。


 ――みつけた。


 プルンとした唇がそう動いたのを、俺は確かに見た。


 次の瞬間、風が吹き荒れた。


 思わず目をぎゅっと閉じれば、ふわりと体が浮き上がる。何かに持ち上げられているかのような――。


「へ?」


 目を開けるら、さっきの少女の顔がいっぱいに広がっていた。あどけなさを残す小さな顔、きょろきょろとせわしなく動く瞳……。


 その横に広い瞳孔どうこうが俺を見た。


「やっほ」


「や、やっほー? キミ誰?」


さかき詩喜美しきみ


「オーケー詩喜美、なんでこんなに距離が近いのか教えてくれ」


「お姫様抱っこしてるから」


 言われて気がついたが、俺はこの少女に抱きかかえられていた。


 思わず生娘のような叫び声がのどから出てしまった。


「うれしい?」


「ぜんぜんまったく。恥ずかしいから下ろしてくれ」


 景色が瞬く間に過ぎ去っていく。道行く人々は、ぽかんと口を開いていた。


「ヤダ」


「なんでだよ」


「あなた、イケニエ」


「は……?」


 細い瞳孔がますます細くなって、ぞわりと鳥肌が立った。


「お姉さまのところつれていく。お姉さま、ハッピー。わたしたち、ハッピー」


「待ってくれ。俺は? いけにえにされた俺は?」


「お姉さまと結ばれる」


 キャーと詩喜美が桃色の歓声を上げる。


 俺だって叫びたいよ。


「な、なんでだよ」


「あなた、神の使い」


「はあ? キツネとかカラスと間違えてるんじゃ……」


 神の使者とか御使いとかじゃないぞ。正真正銘、俺は一般人だ。


 詩喜美が首を振る。


「ワタシ見た。あなたが神といっしょにいるところ」


「……話にならないな」


 俺は腕の中で必死に暴れる。が、ぜんぜん、詩喜美は腕を離してくれない。ジェットコースターの安全バーなみに俺を固定していた。


「はーなーせ! 俺を誘拐して何になるってんだ!?」


「お姉さまと一生乳繰ちちくりあってもらう」


「知らん奴と乳繰りあえるかあ!?」


「お姉さまは宇宙一かわいい」


「ホントか?」


「目をえぐりだしたくなるくらいに」


 それ、いい意味なんだろうか。


 と、とにかく。相手が絶世の美女だろうがなんだろうが、こんな拉致らちまがいのことをしやがるところに行けますかってんだ。


 暴れるんだが、ぜんぜん抜け出せない。


「というか力強くね!?」


 ニコッと笑った少女を――電撃が襲った。


 一度二度三度。


 電撃に体を打たれるたびに、小さな体が震える。


 それでも少女は歩みを止めない。


 電撃の雨はさらに、降ってくる。


 どうやら誰かが少女を止めるために攻撃を仕掛けているらしい。


「誰か知らんが、もっとやってくれ――やっぱ、たんま。ビリビリするからやめてくれ!」


 抱きしめられてるから、俺にも電撃が当たる。ビリビリどころか、バリバリする。体の中がプスプスしてるような感じさえする。


 ああ、このままだと黒焦げになる……。


 だが、その前に詩喜美の動きがゆっくりとなり、倒れていった。そのときですら、僕は彼女もろとも地面に転がる。


「いてて……」


 詩喜美の下から這いだして、脈を取る。ドックンドックン。たぶん、気絶しただけだ。


 痺れる腕で立ち上がれば、人影に取り囲まれていた。

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