3時限目

 姫崎詩子告白管理委員会――通称『円卓』は、校舎西棟の中にある。


 そこは数々の委員会の会議室があり、放課後に活発な議論が行われていた。

 特に生徒会と円卓は毎日のように明かりが灯っていることで有名だ。

 光乃城学園では、生徒自治が基本的な考え方なので、色々と大変なのだろう。


 そうこうしているうちに円卓がある会議室にたどり付く。

 階段で切れた息を整え、ぼくはノックをした。


『誰だい?』


 校内放送で聞こえた声だ。


「1年C組の大久野帝斗です」


 やや間があった後。


「入りたまえ。鍵は開いてるよ」


 引き戸を引く。

 円卓の会議室に踏み込んだ。


 中は薄暗かった。

 会議室とは大層な言い方だが、構造的には教室となんら変わりはない。

 中心には、机がぐるりと円環状に並べられている。

 ちょうど「12」。

 如何にもな雰囲気に、ぼくは思わずごくりと喉を鳴らした。


「初めまして。大久野帝斗くん」


 声は部屋の奥からだった。

 いつの間にか、円卓の1卓に1人座っている。

 目が慣れていないのか、まだぼんやりとしていて顔がわからない。

 でも、長い髪が見えたから、きっと女性なのだろう。


「どこでもいい。かけたまえ」


 言われるまま、ぼくは手近にあった椅子に腰掛ける。

 空間を挟んで向こう側の女性は、薄く笑いこういった。


「なるほど。叛逆の騎士の席に座るのか。くくく……」


 ん? んん?


 ちょっと首を捻る。

 ぼくも年頃の高校生だ。

 普通に漫画やゲーム、ライトノベルを嗜む。

 『円卓』というのがアーサー王伝説に由来するもので、さらに12人いた(色んな説はあるけど)ことぐらいは知っている。


 前々から気になっていたのだが、『姫崎詩子告白管理委員会』の通称がどうして『円卓』なんだろう?


 どう考えても略字にもなっていないし、アナグラムだとしてもつながらない。

 もしやと思ったのだが、これは単に委員会発案者の趣味で、もしかしたら発案者は未だに永遠の14歳に囚われているのではないか。

 ぼくは常々思っていた。


「今、私が中二病罹患者だと思っただろう!」


 ぼくがオブラートに包んでいっているのに、はっきり言わないでください!


「モノローグが多いなあ、君は。男ならはっきりと“括弧”を付けたらどうだい?」


 誰が美味いことをいえといった。


「ぼくの心を読まないでくださいよ」


「すまないねぇ。私の第三の目が知らないことでも教えてくれるのさ」


 あ。この人、絶対話が合わない人だ。


 参った。

 いきなり円卓に呼び出されたかと思えば、予想の斜めを行く病人が現れたぞ。


 ぼくはどう話を合わせようと考えていると、向こうは席を立ち、ゆっくりとこちらに近づいてきた。やがて席を引き、ぼくの隣の席に座る。

 ようやく顔が露わになる。

 いや、向こうから顔を近づけてきたのだ。


「ほほう。これが噂の大久野くんかあ」


 ぼくの顔を舐めるように見つめる。

 紫に近い黒目が、薄暗い会議室の中で怪しく光った。

 対抗するようにぼくも彼女を睨む。


 杉の木のように広がった赤毛の髪に、悪戯っぽい八重歯。

 ブレザーをはだけるように着こなし、どこで売っているのか学校指定のはずのブラウスはノースリーブに改良され、褐色の肩が丸見えになっていた。

 胸は高校生とは思えないほどボリューミーで、抑えているブラウスの第二ボタンの悲鳴が今にも聞こえてきそうだ。


 トータルでいうなら、断然姫崎さんの方が美しいのだけど、この人はこの人で別の魅力を秘めていた。


「ふふん。私もなかなかいける方だろ?」


 蠱惑的に目を細める。


「でも、詩子くんの方が君の好みかな?」


「……ッ!」


「あははは……。聞いていたとおりだ。素直だね、君は。すぐ顔に出る」


「す、すいません」


「謝る必要はない。それもまた人の長所だよ。事実、詩子くんは美しいからね」


「いえ。生徒会長だって」


「おや? 私を知っているのかい?」


 知らないことの方が難しい。

 彼女は光乃城学園生徒会会長だ(ただし、本名は不明)。

 おそらくこの学園で、姫崎さんの次ぐらいに有名な人だろう。


 姫崎さんが感動の渦にした入学式。

 新入生挨拶のあと、在校生代表として挨拶したのは彼女だった。

 その挨拶も、姫崎さんに負けず劣らずの名演説として伝説になっている。


「いやー、こそばゆいね。学園の伝説とか。私の右手に宿った邪竜が疼くじゃないか」


 無理矢理、中二方面に持って行くのやめてもらえますか。

 そしてぼくのモノローグこころを読まないでください。


「そんなに照れなくてもいいじゃないか。君だって、夜お布団に入って、好きな子にテレパシーで『おやすみ』っていった口だろ」


 や――め――ろ――!!

 思い出させないで、黒歴史なんだから!


「そ、それよりぼくを呼び出した理由を教えてください」


 何度も考えても、呼び出しをくらう理由が見当たらない。

 入学式以来、一言も姫崎さんとは話してないし、接触もしたことがない。

 円卓が管理する試験も、ぼくは受けたことがないんだ。


「そうだね。そろそろ本題といこうか」


 生徒会長は居住まいを正した。

 真っ直ぐぼくの方を見つめる。

 さっきまでのヘラヘラしていた会長はいない。

 真剣な少女の表情に、ぼくはついうっとりと眺めてしまった。


「姫崎詩子の恋人になってほしい」







 ……はあ?







「だ、誰が?」


「もちろん、私の前にいる男の子だよ」


 にこやかに笑う。


 いや……。いやいや、ちょっと待って。


 ぼくが?


 姫崎さんの?


「こいびとぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 脳と心で抑えきれなくなり、ぼくは思わず絶叫した。

 その声は会議室を突き抜け、エクスカリバーよろしく西棟を貫く。


「落ち着けよ、大久野くん。まあ、お茶でも飲みたまえ」


 どこからともなく、茶碗受けを差し出す。

 それに乗った熱々のお茶を、ぼくは勢いのまま一気に飲み干した。

 喉は滾るように熱かったが、そんなことはどうでもいい。


「ど、どういうことですか!? ぼくが恋人って」


「君は姫崎詩子のことをどう思う?」


 どう思うって、そりゃあすっごく美人で、頭も良くて、姫騎士で、言葉が割と辛辣で、笑うととても可愛い女の子で……。


「でも――」


「でも?」


「かわいそう……かな」


「ほほう。かわいそうと来たか」


 会長は目を細める。

 やおら立ち上がり、ぼくの前を歩き出した。


「姫崎詩子は限界だ。彼女は強靱な精神力の持ち主だが、こうも人の好意を無下に断り続ければ、いずれ心はすり減る。あれで結構、心優しい娘なのだよ」


「知ってます」


 そうだ。

 入学式の時に話した彼女には、【姫騎士】といわれるほど苛烈な性格は見て取れなかった。普通の優しい女の子にしか見えなかった。


 ぼくの返答を聞き、会長は足を止めて笑った。


「知ってます、と来たか。うーん。君とは1度、じっくり話したいものだね。……だが、遅かれ早かれ、今のままでは学園を去ることになるだろう。けれど、去ったところで転入先でも同じ目にならないとは限らない。私としては、どうしても目の届くところで彼女を保護したいと思っている」


「話がまだ見えないのですが」


「ようはガス抜きだよ」


「ガス抜き?」


「そう。たった1人で良い。彼女をそのまま受け止める存在が必要なんだ。つまり――」


「恋人……」


 ぼくがぽつりと言う。

 会長は深く頷いた。


「でも、ぼくでいいんでしょうか? 他にもっとふさわしい。……というか――」


 姫崎詩子がぼくを選ぶとは思えない。


 お世辞にもぼくは顔が良い方ではない。

 背も高くないし、体重だって遙かに彼女より重い。

 はっきりいえば、デブだ。

 リトルオークなんて可愛くいう人もいるけど、結局太めの男子であることに変わりはない。


 そんなぼくが、宇宙一美しいといわれる美少女と釣り合うわけがない。


 パン!


 突如、会長はぼくの両肩を叩く。

 顔を近づけ、にやりと笑った。


「君が自身を卑下するのは勝手だよ。実際、君のモノローグは私も認めるところではある」


「……ですよね」


「でもね。姫崎詩子が君を指名したといったら、君はどうする?」


 姫崎さんが、ぼくを……。


「う――――」


「嘘じゃない!」


 会長は激しく言葉をかぶせてきた。


「じゃ、じゃあ……。どうしてぼくを?」


「それは本人に聞きたまえ」


「本人にって、姫崎さんにですか?」


「それ以外、誰がいるというんだい」


 会長は肩をすくめて、笑う。

 すぐ本気モードに戻ると、こう言った。


「放課後。東棟の空き教室に彼女を呼び出してある。そこですべての疑問に答えを見いだしたまえ。そして願わくば、彼女の望みを叶えてやってほしい」


「彼女の望み――」


 ポーン、と昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。


「頃合いだね。後は君次第だ」


 会長はぼくの背中を叩く。

 釈然としない気持ちを抱きながら、席を立った。

 部屋を出ていく寸前、ぼくは見送る会長に最後の質問を送る。


「あの……。聞いていいですか?」


「なんだい?」


「どうしてこの部屋は薄暗いんですか?」


「あははは……。それは私が吸血鬼だからだよ。がおー」


 八重歯を光らせた生徒会長は、最後まで中二病だった。

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