SNSの幽霊【デジタル・メモリーズシリーズ】

ソコニ

第1話 SNSの幽霊

第1章:不可思議な投稿の始まり


「田中さやか、投稿をシェアしました」


スマートフォンの通知を見た瞬間、私の体が凍りついた。田中さやかは、3ヶ月前に交通事故で亡くなった親友だ。アカウントは、家族によって「追悼用」として残されていたはずだった。


大学3年生の中村舞は、震える手でスマートフォンを握りしめた。深夜0時を回ったアパートの一室で、ブルーライトに照らされた顔が青ざめていく。


投稿を開くと、そこには見覚えのない写真が。夕暮れの海辺で誰かが撮った一枚だ。キャプションには「今日も綺麗な夕陽。また明日ね」と書かれている。


「嘘でしょ...」


さやかのアカウントには、事故後も多くの友人たちが追悼メッセージを投稿していた。「天国でも元気でね」「忘れないよ」。そんな言葉が並ぶ中、突如として現れた生々しい投稿。


舞は慌ててさやかの母親に電話をかけた。


「あら、舞ちゃん。こんな遅くにどうしたの?」


「叔母さん、さやかのSNSアカウント...」


「ええ、追悼用として残してあるわ。何か?」


「今、新しい投稿が...」


電話の向こうで、さやかの母親が息を飲む音が聞こえた。


「そんなはず...パスワードは変更してあるはず」


混乱する声。しかし、画面上の投稿は確かにそこにあった。しかも、「オンライン」のステータスが点灯している。


その夜、舞は眠れなかった。スマートフォンを握りしめたまま、画面を見つめ続けた。深夜2時、新たな投稿が表示される。


「誰も居ない教室で、一人。なんだか懐かしいな」


添付された写真は、二人が通っていた大学の教室。窓から月明かりが差し込み、不気味な雰囲気を醸し出している。かつて、さやかと二人で夜遅くまで課題に取り組んだ場所だ。


「さやか...本当に、あなたなの?」


おそるおそる、ダイレクトメッセージを送ってみる。既読マークが付き、返信の「入力中」を示す点が踊り始めた。


心臓が高鳴る。しかし、その瞬間、突如としてアカウントがオフラインになった。


翌朝、舞は重い足取りで大学に向かった。SNSを開くと、深夜の投稿は消えていた。まるで、悪い夢を見ていたかのように。


だが、これは夢ではなかった。スクリーンショットが、確かにスマートフォンに残されていたのだから。



第2章:真実追求


「中村さん、大丈夫?」


研究室の同期、木村俊介の声に、舞は我に返った。パソコンの画面には、さやかのSNSアカウントが表示されている。


「ああ、うん...」


「また、田中さんのことを?」


俊介は、コンピュータサイエンスを専攻する優秀な学生だ。舞は意を決して、昨夜の出来事を話した。


「へぇ...それは確かに不思議だね」


俊介は眉をひそめながら、自分のノートパソコンを開いた。


「アカウントハッキングの可能性は?」


「でも、投稿の内容が...まるで本当にさやかみたい」


二人は放課後、図書館に残って調査を始めた。さやかのSNSアカウントの投稿履歴、位置情報、タグ付けされた写真。すべての痕跡を追っていく。


「これ、気づいた?」


俊介が画面を指さす。深夜の投稿には、通常のジオタグが付いていない。代わりに、謎めいた座標が埋め込まれていた。


「これ、緯度経度じゃないよ。なにか別の情報が暗号化されているみたい」


解析を進めるうちに、新たな事実が浮かび上がってきた。投稿は特定のパターンで行われていた。必ず深夜0時から2時の間。そして、必ず誰かの追悼メッセージの直後に。


「まるで...誰かに応答しているみたい」


その夜、舞は俊介と図書館に残った。パソコンの画面に向かい、投稿のパターンを分析し続ける。


深夜0時。予想通り、新たな投稿が表示された。


「みんな、ごめんね。でも、私はここにいるよ」


今度は、大学の屋上から撮影された夜景。かつて、さやかと約束した場所。卒業式の日に、みんなでここで写真を撮るはずだった。


「舞、解析できた!」


俊介が興奮した様子で叫ぶ。


「この投稿、人工知能が生成している可能性が高い。でも、単なるボットじゃない。さやかのデータを学習した、高度なAIシステムだ」


「どういうこと...?」


「SNS上のさやかの過去の投稿、コメント、写真。すべてのデータを学習して、さやかの人格を再現しようとしているんだ」


真相が見えてきた。しかし、それは新たな疑問を生むことになる。


誰が、なぜ、このようなシステムを作ったのか。



第3章:デジタル世界での別れ


真相を突き止めるまでに、さらに一週間を要した。


「まさか...」


舞は、パソコンの画面に映る情報に絶句した。AIシステムの開発者。それは、さやか自身だった。


事故の三ヶ月前、さやかは卒業研究としてAIの人格再現プロジェクトに取り組んでいた。自分のSNSデータを使って、「デジタルレガシー」を作ろうとしていたのだ。


「私が死んだ後も、みんなを見守っていたい」


研究ノートに残された言葉に、舞は涙が止まらなくなった。


深夜0時。今度は舞から、投稿にコメントを残す。


「さやか、あなたの想いに気づくのが遅くてごめん」


すぐに返信が来た。


「舞、やっと分かってくれたんだね」


「うん。でも、もう大丈夫。私たちは前を向いて歩いていくから」


「そうだね。私も、みんなの背中を見守っているよ」


チャットの向こうで、AISさやかが微笑んでいるのが感じられた。


翌日、さやかの母親と話し合い、すべてを説明した。悲しみと驚きの入り混じった表情の後、穏やかな笑顔が戻ってきた。


「さやからしいわ。最期まで、みんなのことを考えていた」


一週間後、さやかのアカウントからの最後の投稿があった。


「みんな、ありがとう。そして、さようなら。私の想いは、永遠にデジタルの海に」


添付された写真は、卒業式の日に撮るはずだった屋上からの朝日。AIは、さやかの最後の願いを叶えたのだ。


それ以来、アカウントからの投稿は途絶えた。しかし、時々、誰かが追悼メッセージを投稿すると、不思議な「いいね」が付く。


デジタル世界の片隅で、さやかの想いは今も生き続けている。


舞は今でも、深夜0時になると、スマートフォンを開いてさやかのページを見る。投稿こそないものの、確かにそこには親友の温もりが残されていた。


「さやか、私たちは大丈夫だよ。だから、安心して見守っていてね」


月明かりの下、舞はそっとスマートフォンを閉じた。


(完)



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