018 金貨
エルと一緒にキルナ村に戻る。
門の前には、衛兵の代わりに農具や斧を持った男の人が三人、立っていた。
「あんたたちか。……あれ?村の連中は?」
「それは……」
「賊は退治して捕縛した。救出者は、およそ三十人。村の連中が助けてるはずだ。手伝いたいなら好きにしろ。俺たちは、もう関わらない」
『エル、こわぁい』
……ずっと、怒ってるよね。
宿に行って、もう一度同じ説明をして。
エルと一緒に、二階の部屋に行く。
あぁ。疲れた。
リュヌリアンをベッドの脇に置いて、ブーツを脱いでベッドに座る。
「疲れただろ」
「うん……。あ、大丈夫だよ」
まだ動ける。
「疲れたなら疲れたって言って良い。慣れないことをしてるんだから、疲れるのは当たり前だ」
「ごめんなさい……」
まだ大丈夫なのに、弱音を吐くなんて。
「気にする必要も謝る必要もない。ただ、明日も同じぐらい歩くことになる。今日はゆっくり休もう」
「うん」
しっかり休んで明日に備えよう。
「村の人たち、無事に戻って来れるかな」
「大丈夫だろ。賊のボスも主力部隊も出払ってて、行きも帰りも亜精霊の気配はなかった」
そういえば、行きも帰りも、特に何も見かけなかったよね。
「この辺って、亜精霊は居ないの?」
「人間の縄張りは定期討伐されてるからな」
村の人が安全に生活できるように配慮されてるらしい。
誘拐犯は放置してるのに?
「後は、白狼の影響もあるか」
「白狼って、亜精霊の?」
「そう。亜精霊にも縄張りがあるんだ。強い亜精霊は、別の亜精霊に対しても攻撃的なことが多いからな」
「そうなんだ」
人間よりも亜精霊の方が村を守ってくれていたなんて不思議。本当に倒しちゃって良かったのかな……。
「だから、放っておいても無事に帰って来る」
「……うん。大丈夫だよね」
村の人たちが皆、無事に帰れますように。
「自分が何されたのか解ってるのか?」
「え?」
「情報を売られた上に、村の連中に誘拐されかけてたんだぞ」
「誘拐?」
何の話?
……まだ、怒ってる?
「あの衛兵は、古城の賊にリリーの情報を売りに行ったんだ。高い身代金を要求できる貴族の娘と交換で、村から連れ去った女たちを返せって。古城の賊はリリーの身柄を要求し、あの衛兵はそれを承諾して戻って来た。……リリーを捕まえる為に」
「じゃあ、私が行くだけで皆は帰って来られたの?」
『リリー……』
え?違うの?
「悪党連中の言うことなんて真に受けるな。あいつらは三十人必要だって言ってただろ?リリーが行ったところで、誘拐された三十人が帰って来ることはない」
あの衛兵は騙されたんだ。
「村の人達が騙されてたから、エルは怒ったの?」
「違う。村の連中がリリーに危害を加える可能性が出たからだ」
「え?私に?」
どういうこと?
村の人たちは私たちに護衛を頼んだよね?
どうやって私に危害を加えるの?
『誰か来る。宿の主人だな』
メラニーの言葉の後、ノックが鳴った。
「お客様。お休み中のところ申し訳ありません。少々よろしいでしょうか」
「何か用か」
「村長が、お客様とお話ししたいと仰られております」
もしかして、皆、帰って来たのかな。
「リリー。どうする?」
「大丈夫。まだ眠たくないよ」
まだ着替えてないし、靴を履けばすぐに準備は整う。
「わかった。すぐに行く」
※
一階のレストランへ。
村長さんと男の人たち。それから、衛兵。
「旅のお方。そして、リリーシア様。今回は私たちの願いを聞き入れ、村人を救って頂き、ありがとうございました」
変な言い方。
旅のお方って、何?
どうして私だけ名前?
「近隣の村や街の者を含め、救出者は三十二名おり、間もなく全員到着する予定です。近隣都市を代表し、誘拐された者を救っていただいたことに感謝申し上げます」
どうして、私に向かって言うの?
助けたのはエルなのに。
ほとんどエル一人で制圧したのに。
「リリーシア様」
「はい」
「この度は、御迷惑をおかけし、大変申し訳ございません」
「別に、迷惑なんて……」
「いいえ。リリーシア様にお手を煩わせたばかりか、この者はリリーシア様の言いつけをお守りすることも出来ませんでした。……しかし、まだ若く判断も未熟な者。どうか、寛大な御判断を」
どうして私に言うの?
隣に居るエルを見る。
「判断をするのはリリーだ。腹が立つなら罰でも与えてやれば良い」
私が決めるの?
「わかった」
『リリー。ちゃんとしてよ』
大丈夫。
こういう時、どうすれば良いかは知ってる。
呼吸を整えて立ち上がって、目の前に居る人たちを見る。
「村の者、全員に命令する。私の身分の情報をすべて忘れ去ること。……そこの衛兵も同じだ。私とエルを同列に扱い、二度と私を貴族として扱うな」
こんなの、酷い。
どうしてエルに向かって言わないの?
村の救出に関わったのはエルなのに。
「仰せのままに。寛大なお心遣いに感謝いたします」
元通り椅子に座る。
ちゃんとわかったのかな。
というか。勢いで命令って言っちゃったけど、女王の娘の言葉って、城の外の人にも効果あるのかな。
「では、もう一つ。お約束した報酬の件でお話がございます。先ほども言った通り、リリーシア様が……」
わかってない。
同列に扱ってって言ったのに。
「お二方が救出してくださった者は、三十二名おります。村の者は、救出者一人につき、銀貨一枚をお約束したとか。しかし、今、村で御用意出来るのは、銀貨十二枚とルークが……」
「勘違いするな。依頼は破棄した。俺は救出に関わってない」
「しかし……」
「話は終わりだ。行くぞ、リリー」
「うん」
エルに腕を引かれて、席を立つ。
お二方。
……結局、エルの名前を言ってくれなかった。
ちゃんとした態度で挑んだけど、女王の娘の命令は城の外の人には効果がなさそうだ。
※
二人で部屋に戻って、ベッドに座る。
なんだか、もやもやする。
「エル」
「ん?」
「ありがとう」
「何が」
「村の人を助けてくれて」
「助けてないって言ってるだろ」
「そんなことない。全部、エルのおかげだよ。誰も怪我せずに済んだのも、皆が無事に帰れるように手はずが整ったのも」
「偶然だ」
偶然なんかじゃない。
「私、何も出来ないけど。こんな風に、誰かを助けられるような人になりたい」
エルはずっと、良い方法を考えてくれてた。皆の為に。
皆が安全に帰って来れるように丁寧に説明もしてた。
「村人を助けたのはリリーだろ」
「え?」
「村の連中を助けるって宣言したのも、賊の討伐を進んでやったのもリリーだ。俺は、それに巻き込まれただけだからな」
あ……。
そっか。
エルは、私が行くって言ったから無理して一緒に来てくれたんだ。
「エル。私を手伝ってくれて、ありがとう」
ずっと、助けてもらってる。
ずっと、一緒に居てくれる。
こんなに危ないことにも付き合ってくれてる。
「じゃあ、今回の俺の依頼主はリリーってわけか」
「えっ?」
隣に座ったエルが、私の頬に触れて私を見つめる。
「報酬は、何をくれるんだ?」
「え?えっと……」
そんな、急に見つめられたら……。
深い紅色の瞳。
あの時と同じ。
なんて綺麗なんだろう。
吸い込まれそうで。
ドキドキして、体中が熱くなる。
どうしよう。
落ち着かなくちゃ。
ちゃんと、話さなきゃ。
えっと、報酬?
私がエルにあげられるようなものなんてある?
支払えるもの。
「あ」
あれが使える。
立ち上がって、サイドテーブルに置いておいた荷物の中から取り出す。
「これで足りる?」
金貨。
今度こそ、出しても怒られないはず。
助けた人は三十二人だから、エルは銀貨三十二枚受け取れるはずだ。
「他にも色々買ってもらっちゃったし。受け取ってくれる?」
エルがため息を吐く。
「わかった。一旦、金貨は俺が預かる」
「預かる?」
「ちょっと来い」
エルが私の金貨を取って、サイドテーブルに何か並べ始める。
共通通貨だ。
「ここに、いくらあるかわかるか?」
「えっ?えっと……」
ここにあるのは、銀貨、銅貨、蓮貨。
「蓮貨は十枚で、銅貨一枚分だよね?」
「あぁ」
合ってる。
テーブルにあるのは、蓮貨が二十枚、銅貨が十八枚、そして、銀貨が九枚だ。
「銀貨十枚分のお金?」
「正解。銀貨一枚は、およそ一万ルーク。銅貨一枚は、およそ五百ルーク。蓮貨一枚は、およそ五十ルークだ。これで、少し買い物の練習をしろ」
「……はい」
練習なんかしなくても大丈夫なんだけど、聞いてもらえる雰囲気じゃない。
とりあえず、持っておこう。
「ちゃんと使えるようになったら金貨は返す」
「え?金貨は、エルにあげるよ」
「もらうわけにはいかない。言っただろ、鎧の弁償をするって。精算するならその後だ」
そういえば、買ってくれるって言ってたっけ。
「でも、私、鎧が無くても困ってないよ。それに、たくさん助けて貰ってる。だから、報酬として受け取って」
「それは……」
エルが言葉を切る。
もし、冒険者のエルに護衛を頼んでいたとしたら、私、どれぐらいの報酬を払わなくちゃいけないんだろう。
相場がわからないけど、冒険者は王侯貴族の護衛をする場合もあるはずだ。
……むしろ、金貨一枚で足りるのかな。
「そういうことは、ちゃんと一人で買い物が出来るようになってから言え」
「買い物ぐらい出来るよ」
「出来てない。約束もしていない報酬を支払おうとするな。全財産失った場合のリスクを考えろ。物の価値と常識を学べ」
『本当にね』
「……はい」
確かに、私は外の常識を知らない。まずは、一人で何でもできるようにならなくちゃ。
えっと……。
「ここって、シャワーあるかな?」
「あるんじゃないか?」
じゃあ、行ってこようかな。紅茶ももらえるか聞いてみよう。
支度をして振り返ると、エルが本を見ていた。
それ、知ってる。
「銀の棺だ」
エルの方に行って、本を見る。
間違いない。
「知ってるのか?」
「うん。素敵な恋物語だよね」
「は?」
……どうして、そんなに驚くの?
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