019 銀の棺

「これ、古文書じゃないのか?」

 古文書?

 銀の棺が?

「古い本だけど……。これは、氷の精霊と炎の精霊の恋物語だよ」

「は?」

 知らないらしい。古い本だけど、歴史的な書物ではないよね。

 エルが本を閉じてしまった。

「読まないの?」

「内容、知ってるのか?」

「うん」

「教えて」

 エルが置いた本を開いて、ページをめくる。

 私が読んでいたのと同じ挿絵だ。装丁は違うけど、中身は全く同じ本で間違いない。

「神話時代のお話だよ。温度を下げる神から生まれた氷の精霊と、温度を上げる神から生まれた炎の精霊。惹かれ合った二人の愛の物語なの」

 波打つような長い髪の綺麗な女性の姿。

 そういえば、この挿絵の精霊って、エイダにそっくりかも。炎の大精霊って、皆、こんな感じなのかな。なら、氷の大精霊も挿絵と同じ雰囲気なのかな。

「反属性の精霊が一つになろうとしたら消滅する」

「そうなんだけど……」

 どこまで話したら良いかな。ネタバレは避けた方が良いよね。

「世界の創世の話は知ってるか?」

「知ってるよ」

 世界の創生。魔法を学ぶなら欠かすことの出来ない知識だ。

「この世界は、根源の神・オーが、境界の神にして剣の神・リンによって切り裂かれることによって創生された」

「根源の神・オーとは、魂そのもの。この世界に存在するすべての元となる存在。一方、境界の神にして剣の神・リンとは、あらゆるものを切り裂き、分割する存在」

 この世界のすべては、元はオーだった。

「創世の時代。境界の神にして剣の神であるリンが、根源の神・オー斬る度に、根源に近い神々や精霊といった様々な存在が生まれていった」

 こうしてすべてが創られていく。

「しかし、斬り裂かれたオーは常に元の状態に戻ろうとしている。両者の力はせめぎ合い、分裂と融合を繰り返しながら世界が創世されていった」

「だから、この世界で生きるありとあらゆるものには、根元の神・オーの欠片である魂が宿り、そして、あらゆる剣にはリンの力が宿っている」

 誰もが知っている世界の理。

 精霊や大精霊は原初に近い存在だ。

「ねぇ、エイダ」

『何かしら』

「エイダは、根源の神に近い精霊なの?」

『いいえ。私が生まれたのは、この星、アンシェラートができてからだもの』

 アンシェラート。

 私たちが生きる星の名前で、星の神だ。

「この星にいた温度を上げる神様から生まれたってこと?」

『えぇ。そうよ』

 温度を上げる神様は原初の神だけど、その神もリンに斬られることによって状況が変わる為、この星の外では全く違うものとして存在していると言われている。だから、エイダを生んだのは、この星における温度を上げる神って言い方が正しいのだけど……。この辺の話は難しい。

「リリーは、温度を上げる神と対になる神はわかるか?」

「温度を下げる神」

「そうだ。温度を上げる神と温度を下げる神は対になる存在だ。それぞれの神々から生まれた炎の大精霊と氷の大精霊、そして、炎の魔法と氷の魔法も対になる」

「対になる関係は、反属性。求め合う関係で、消滅し合う関係なんだよね」

「正解」

 元は一つであったものが、一つに戻ろうとする力。

「光と闇、水と大地、大気と真空。このほかにも亜種と呼ばれる属性があって、雷は光の亜種、雪は氷の亜種なんだよね」

「あぁ。完璧だ」

 やった。褒められちゃった。

 いつか魔法を使う時の為に、魔法の勉強はしてある。

 実際に見ることなんてあまりないけど。

「つまり、氷の精霊と炎の精霊は、触れ合うだけで消滅する関係だ。なのに、どうやったら恋愛話になるんだ」

 魔法が打ち消し合うように。反属性の存在が合わさると、その魂は根源の神・オーへと還ると言われている。

 それは、魂の消滅。

「だからね。二人の精霊は、一つにならない方法を考えたの」

「一緒にならなかったのか」

「違うよ。一緒に居る方法を探したの。……まだ話して大丈夫?」

 これ以上、話したら読む楽しみがなくなっちゃう。

「話して」

「良いの?」

「あぁ」

 この本を読む気がないのかな。

 それとも、物語の結末を知ってから読むタイプ?

「二人はね、悩んだ末に、禁忌とされる術で封印の棺を作ることにしたんだ」

「封印の棺……」

『封印の棺……』

 エイダが本を覗き込む。

 エイダの方が興味ありそうだ。

「完成した封印の棺の中に炎の精霊が入り、氷の精霊は愛する人が眠る棺を守ることにした。閉ざされた氷の大地で、ずっと。……こうして、二人は永遠に一緒に居る方法を手に入れたんだ。世界の終りまでずっと、氷の精霊は炎の精霊の入った棺を守り続けていくんだって」

 確か、このシーンも挿絵があったはず。

 棺の挿絵のページを開く。

「氷の大地って、神の台座のことか?」

「たぶん。具体的に書かれてないけど、私もそう思う。銀の棺は、この挿絵みたいに、氷のようにきらきらした箱の絵で描かれることが多いんだ」

『エル。私も読んで良いですか?』

「あぁ」

 エルがエイダに本を渡す。

 エイダは、こういう本が好きなのかな。

「この本はね、トリオット物語のモチーフになったお話なんだよ」

「トリオット物語?」

「知らない?今、すごく流行ってる恋愛小説なんだって。ラングリオンの本だよ」

『マリアンヌが読んでいた本ですね』

「マリーか」

「マリー?」

「王都の知り合いだ。これは、マリーから頼まれた本なんだよ」

 マリアンヌ。

 女の人だよね。

 知り合いって、どういう……。

「俺は、もう寝る」

 欠伸をしたエルが、大きく腕を伸ばしてこちらを見る。

 もう寝るの?

「明かりは消して良いのか?」

「え?待って。私、シャワーを浴びに行ってくる」

 早く行かなきゃ。

「エイダ、頼む」

『わかりました』

 心配しなくても大丈夫なのに。

 さっき準備した荷物を持って、エイダと一緒に部屋を出る。

 

 一階。

 レストランは、まだ色んな人が出入りしている。

「リリーシア様」

 声をかけて来たのは女の人だ。

「お初にお目にかかります。こちらの宿の女将でございます」

「女将さん?」

「はい。助けていただき、ありがとうございました」

 そっか。

 攫われていたから宿に居なかっただけなんだ。

「無事で良かったです。あの、シャワーを借りれますか?」

「もちろんでございます。どうぞ、こちらへいらっしゃいませ」

 女将さんに付いて行く。

「あの……。私を貴族として扱わないでください」

 女将さんが微笑む。

「かしこまりました。衛兵からも、お忍びの旅であることは聞いております。……村の者が失礼を重ね、申し訳ありませんでした。お客様にごゆっくりお寛ぎ頂けるよう、努力いたします」

 大丈夫かな。

 でも、女将さんは優しそう。

「こちらでございます。どうぞ、ごゆっくり」

「ありがとうございます」

 案内されたシャワー室に入る。

『エイダが居るなら、ボク、外で待ってるよ』

 頷く。

『エイダ、リリーをよろしく』

『わかりました』

 

 温かいお湯を浴びると、気分がすっきりする。

 あ。

「指輪、エルに返さなくちゃ」

『エルと一緒に行動している間は、持っていて構いませんよ』

「でも、これって、エイダがエルの為に生み出した宝石だよね?」

『もちろん。でも、私もエルも、あなたに持っていてもらいたいと思っているわ。だから、気にせず持っていて』

「契約の証なのに?」

『えぇ』

「エイダも、そんなに私のことが配なの?」

『えぇ』

 心配なんだ。

 親指で煌めく赤い精霊玉。

「わかった。大事に預かるね」

『はい』

 エイダが微笑む。

 エルもエイダも、優しい。

 


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