017 目印の指輪
キルナ村から出発する。
救出部隊に選ばれたのは、松明と武器を手にした男の人十人。と言っても、持ってるのは、ろくに手入れもしていない錆びついた剣や木こりの斧、木の棒やナイフといった有り合わせのものだけだ。きっと、普段は争いが発生することのない平和な村なんだろうな。
私とエルは一番後ろから付いて行くことになった。夜の闇に紛れる為、私は城下街で買ってもらった紺色のマントを、エルも暗い色のマントを着ている。明かりを持っていないから、遠目だと私たちの姿はほとんど見えないかもしれない。
周りを見渡すと、ところどころに精霊が飛んでいるのが見えた。光の精霊が居なくなって、闇の精霊が活発になる時間だ。
空を見上げる。
「綺麗な月」
不思議。月はどこから見ても月なのに、お城とはちょっと違う月に見える。
空が広いから?
辺り一帯全部暗いから、空が無限に広がっているように感じる。空との境目が闇に埋もれるぐらい広い草原に、オペクァエル山脈の暗い山影。風が通り抜ける度に、ざわざわという音が大きく響く。
広がる濃厚な夜の気配は少し怖い。
振り返ると、一点だけ明るいキルナ村が遠くに見えた。
村を一晩中、明るくしているように、エルが頼んでいたのだ。帰り道の目印になるし、明るい方が人がたくさんいるように見えて賊にも襲われにくくなるからって。
そういえば……。
「衛兵の人、夜は居なかったね」
「衛兵か」
村の人たちがたくさん見送りに来てくれたけど、村を出る時、鎧装備の人は居なかった。
「おい。衛兵はどこに行ったんだ?」
前を歩いていた村の人たちが止まって振り返る。
「居なくなったんだ」
「居なくなった?」
「俺たちも変だと思ってたんだよ。ちゃんと見張りをしておけって言ったのに」
「あいつ、村の大事な防具を持ったまま居なくなりやがって」
「村長には代わりの奴を立てるよう頼んである」
「白狼が居ないなら大丈夫だと思うけどな」
あの人、居なくなっちゃったの?
道を進んでいると、前の方から揺れる明かりが近づいてきた。松明を持った人だよね。一人かな?
あ。あの鎧って、門に居た衛兵?
気付いた村の人たちが衛兵の方に集まる。
「お前、どこに行ってたんだ」
「心配してたんだぞ」
「聞いてくれ。皆が無事に帰れるよう、交渉して来たんだ」
「交渉?」
「古城の連中と?」
「あぁ。村に来てた二人連れが居ただろ?あの内の一人が貴族だったんだ。だから、そいつと交換で……」
えっ?貴族っ?
「おい。どういうことだ」
エルが衛兵に向かって魔法を放つ。
風の魔法のロープだ。ロープで縛り上げた衛兵を、エルが引き寄せる。
「どんな交渉をした」
「だから……。村に貴族が来たって言っただけだ」
「ふざけるなよ」
「エル、」
エルが炎の魔法を左手に灯してる。
「俺は気が短いんだ。正確に話せ」
「だから……。今は、ボスが居ないし……。まずは、貴族を連れて来いって……」
炎が揺らめく。今にも炎の魔法が飛んで行きそうだ。
「だめだよ、エル」
エルの腕を掴む。
そんなに怒らないで。
炎の魔法が消えて衛兵を縛っていたロープが解けたと思ったら、エルが衛兵を蹴った。
村の人たちが吹き飛ばされた衛兵に駆け寄る。
良かった。また火だるまになったらどうしようかと……。
「契約は破棄だ。お前達とは協力できない。リリー、行くぞ」
エルが私の手を引いて歩き出す。
「どこに行くの?」
「古城」
「助けてあげるの?」
「違う」
違うの?
じゃあ、何しに行くんだろう。
……すごく怒ってるみたいだから、今は話しかけにくい。それに、繋いだ手の力が強い。
「あ、」
転びそうになったところで、エルが立ち止まって私を支えてくれた。
「歩くのが早かったら言え」
ちゃんと付いて行かなきゃいけなかったのに……。
「ごめんなさい」
付いて行けなかった。
「こんな場所で離れたくない。無理はしなくて良いから、ちゃんと教えてくれ」
「……はい」
今度は、少し速度を落としてエルが歩き出した。
私、今まで全然気づいてなかった。
洞窟で歩いていた時も、キルナ村までの道も、エルの歩く速度はこれぐらいだった。
エルは、ずっと、私の歩く速度に合わせてくれてたんだ。
※
あちこち崩れかけた建物が見える。
「ここ、お城なの?」
「長い間、放置されてる城なんて、ただの廃墟だからな」
門や城壁はしっかり残ってるけど、人が住めるような場所には見えない。
「メラニー。屋内に居る人数は把握できるか?」
『難しいな。三十……。いや、四十人は居る』
「そんなに?」
敵の数だけじゃないよね。誘拐された人は十人以上居るはずだ。
多くて三十人ぐらい敵が居るってこと?
助けられるかな……。
「ジオ、入れそうな所を探してきてくれ」
『まかせてー』
エルから出たジオが、すごい勢いで飛んで行く。黄緑色の光はあっという間に遠く見えなくなった。
城壁の上には誰も居なさそうだ。門の右側の見張り台にだけ人影が見える。一人かな?他には居なさそうだ。
黄緑色の光が戻ってきた。
『あちこち入れそうな隙間はたくさんあったよー。でも、穴埋めしてるみたいだねー』
穴埋めってことは、他に入口はないってことだのね。
正門は扉が付いてないし、防衛の為の仕掛けも特になさそうだ。
『見張りは正面の一人だけみたいー』
あの人に気づかれないように、こっそり侵入する方法を考えなくちゃ。
「リリー。ここで一人で待ってられるか?」
「一緒に行く」
お願い。一人にしないで。
「疲れてないか?」
「平気。ちゃんと戦えるよ」
まだ元気だから。足手まといにならないよう頑張るから。
だから、置いて行かないで。
「エイダ。これ、リリーに預けて良いか?」
『そうですね。構いませんよ』
これ?
何か持ってるの?
「リリー。手を出して」
「手?」
エルに向かって両手を出す。
すると、エルが自分の右手に付けていた指輪を外して、その指輪を私の右手の中指に通した。
え……?
「魔法に耐性があるって、これもかよ」
「え?」
「この指輪は、魔力に反応して伸縮するように出来てるんだ」
指輪のサイズはぶかぶかだ。
エルが言ってるのは、錬金術の技術で作る指輪のことだよね。どんな人でも身に付けられる指輪のはずだけど、魔力のない私じゃ、指輪のサイズは変化しない。
今度は、エルが私の右手の親指に指輪を嵌めた。
ここは、ぴったり。
「外すなよ」
「え?……これを?」
「そうだよ。ずっと付けていて」
ずっと……?
え?
エルがくれた指輪を、ずっと?
待って。こんな唐突に?
「もう少し大きい街に行ったら、別の指に嵌るように直すから」
「あの、これ……」
待って。
男の人が女の人に指輪を贈るって。
それって、すごく特別なことだよね?
貰って良いの?
「これがあれば、どこで迷子になってもエイダが見つけてくれる」
「エイダが?」
……どういうこと?
『それは私の契約の証ですよ』
「えっ?」
『え?契約の証?』
契約の証って……。
指輪の宝石を見る。
初めて見た。
なんて魅力的な宝石なんだろう。生き物のような不思議な輝きを放つ宝石。
「これは、エイダの精霊玉なの?」
『えぇ。そうですよ』
精霊玉。
精霊が生み出す特別な宝石。
「こんな大切なもの、私が持っていて良いの?」
「良いよ。迷子はごめんだからな」
……どうして、今、ここで、そんなこと言うの?
契約の証なんて他人に渡して良いものじゃない。
「エイダ、良いの?」
『もちろん』
「本当に?」
『私も、あなたのことが心配だわ』
私、そんなに心配されてるの?
「でも、」
『エイダが良いって言ってるんだから、今は借りておきなよ』
『そうですよ』
エイダが頷く。
「わかった」
エイダが良いなら、今は素直に借りておこう。
「エル、エイダ。いつか心配されないようになったら、ちゃんと返すね」
これは、本当はエルが持ってなくちゃいけないものだ。
強い精霊が契約者を守る為に契約者に贈るといわれている宝石。契約者の居場所を常に把握できるようにする為のもの。
そういえば、あの時……。
―リリーシア。一体、何が起こったというの?
エルが気を失ってた時、エイダはエルの手元から出て来てたよね。
あの時、エイダは、この指輪から出て来たんだ。
「行くぞ」
「はい」
エルがお城を見上げる。
「身を低くして、草むらに隠れながら進む。古城に近づいたら風の魔法で城壁の上に飛ぶぞ」
「でも、私、魔法は……」
「いいから、ついて来い」
何とかなる方法があるのかも。
「わかった」
体勢を低くして進むエルに付いて行く。
立っていても腰ぐらいの高さはありそうな草むらに身を隠しながら、金色の光を見失わないように付いて行くと、壁の前に出た。
城壁まで来たらしい。
「リリー。大人しくしてろよ」
「えっ」
エルが私の腕を引いて私を抱える。
そして、ふわりと体が宙に浮く。
飛んでる?
「私、飛べた……?」
『リリーが飛んだわけじゃないよ。エルのおまけで飛べただけだ』
あっという間に城壁の上に着地して、エルの腕から降りる。
まだ、不思議な浮遊感が残ってる。
飛ぶってこんな感じなんだ。不思議。
エルが口元に指を当てて、手招きする。
向こうに行くみたいだ。
足音を立てないように気を付けて、エルに付いて行く。
さっき見た見張りが見えてきた。
全然、こっちには気づいてないみたいだ。
周囲には他の人も居ない。
エルが風の魔法で作ったロープを見張りに向かって放ち、見張りを縛る。
そして、見張りを引っ張って、そこから落とした。
見張りをしていた人の叫び声が響く。
「エルっ……!」
『静かに』
自分の口を手で塞ぐ。
だって。見張り塔の高さは、二階か三階ぐらいはある。そこから落ちたよね?
「あの人、大丈夫?」
「大丈夫じゃないか?」
ゆっくり見下ろすと、下の方でロープが揺れている。
地面に叩きつけられたわけじゃなく、宙吊りになってるみたいだ。
エルが見張りを地面に降ろして、ロープを消す。
あぁ、びっくりしたぁ。
「どうして……?」
「中の連中をおびき寄せるんだよ」
エルが言った通り、城の中から人が出て来た。
五人。
皆、武器を持ってる。
出て来た人たちが落ちた見張りを見ている。
「こいつ、上で見張りをしていた奴だ」
「なんだよ。落ちたのか?」
「気絶してるな」
「使い物にならない奴だな。お前、代わりに見張りに行け」
「えぇ?今日は俺じゃないだろ?」
「早く行け」
一人、上に来るみたいだ。
「お前らは、この辺に怪しい奴が居ないか調べろ」
「了解」
「了解」
「了解」
三人は周囲の警戒。
残った一人が倒れた見張りを起こしてる。
「リリー。すぐに戻るから、ここで待ってろ」
「え?」
「エイダ、頼む」
『はい』
エルが風の魔法を使って飛び降りて、残っていた一人の背後に回った。短剣を首に突き付けて何か話してるみたいだけど、ここからじゃ何も聞こえない。
「エル、大丈夫かな」
『大丈夫ですよ。こういう仕事にも慣れていますから』
「こういう仕事って……」
『人を脅すような仕事のこと?』
「イリス、」
どうして、そういう言い方するの?
『ふふふ。冒険者は、何事も臨機応変に対応しなければいけないんですよ』
「危ない仕事もたくさんある?」
『そうですね』
「私、エルのこと手伝えるかな」
『手伝うんですか?』
『リリーには無理じゃない?』
「でも、私もちゃんと自立できるように、何か仕事をしないと……」
「お前、何者だ!」
警戒に行った三人組が戻って来た。
エルが危ない。
「助けに行く」
『えっ』
『リリー、待って』
リュヌリアンを抜いて飛び降り、大きく剣を振り回す。
『止めたんですけど。間に合わなくて』
最初の一撃で、三人を吹き飛ばせた。
後ろの一人は、もうエルが倒してる。
これで大丈夫だ。
「良く、この高さを飛び降りられたな」
「これぐらいなら平気」
上手く着地すれば大丈夫。
急に、警笛の音が鳴り響いた。
上に行った見張りに気付かれたんだ。
人の気配がたくさんする。
誘拐された人がどれだけ居るかわからないけど。敵味方含めて多くても四十人。
大丈夫。いける。
※
ちょっと、拍子抜けかも。
たった十人しか居なかった。
倒した敵をエルがロープで縛ってる。
『終わったんだから、剣を仕舞えば?』
だって。まだ出てくるかもしれないし。
いつでも戦えるように鞘から抜いた剣を地面に刺してあるけど、お城からは何も出てくる気配がない。
少し離れた場所には、敵が持っていた武器がまとめてある。メインの武器は短剣ばかり。こんな短い武器で、あんな遅い動きで、私に攻撃が当たると思ってるのかな。
白い狼の方が強かった。
本当に、これだけで終わり?
「お前ら何者だ?冒険者か?」
私は冒険者じゃない。
「旅人だよ。キルナ村の衛兵が貴族と勘違いした」
「は?お前らが?あいつが言ってた上級市民って……」
私もエルも、貴族には見えないよね。
「馬鹿だな。上級市民が、こんなところをふらふら歩いてるわけないだろ。どいつもこいつも適当な嘘に引っかかりやがって」
「くそっ」
……嘘。
このまま嘘ってことにして欲しい。
「こんなところに何十人も集めて、何をするつもりだったんだ」
「知らねーよ。女が三十人必要って言われただけだ」
三十人。
メラニーが、ここには四十人ぐらい居るって言ってたから、残りの人は皆、誘拐された人だったんだ。
あ、誰か来る。
リュヌリアンを握って門を見る。
『村の連中だな』
一緒に古城を目指していたキルナ村の人たちと衛兵?
「これは、一体……」
「何があったんだ?」
もう、戦うことはなさそうだ。
リュヌリアンを鞘に納める。
「賊は退治した。後は好きにしろ」
エルが私の手を引いて、村の人たちの脇を通り抜ける。
「もう手伝わなくて良いの?」
「依頼は破棄した。俺は救出なんて請け負ってない」
そうかな。
今の状況って、村の人が依頼したことだよね?
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