第4話 ミユキ、探偵のマネをする【色?】

  「色」


(最近、クロウの色が変わったな……)

わたしの名は、ミユキ。世間では『霊媒師』と呼ばれている。霊障のある人の多くが、身体の周りにそれぞれの『色』の光を発している。これは、わたしだけが見えるのではなく、何人かの『霊媒師』にも確認したことがある。ただし、わたし自身の色は、訊かないことにしている。

つまり、霊魂には、色があり、霊を視ることができる人間には、その色が見える、ということだ。

ブルーバードを運転している、クロウという、ふたつ年下の同業者を、助手席から横顔を眺めながら、わたしは、色の変化に気づいたのだ。

以前の彼の色は、濃い紫色で、どちらかといえば、青の方が赤より強い、紫だった。今の彼は、紫色だが、赤みが増していて、黒に近かった紫が、鮮やか透明感を醸しだしている感じだ。

(ヤバイ!こいつ、恋をしているな……!以前、不倫をしていた女性の『色』が、深い紅色から、鮮やかな薔薇色に変わったことがあったっけ……。結局、離婚して、男の元へ走ったんだった……)

「あれ?ミユキさん、どうしたんです?僕の顔に何かついてますか?それとも、横顔の格好良さに、惚れ直しましたか……?」

「いや!相変わらず、髪の毛が乱れている、と思ってさ!それより、これから行くのは、大阪の大きな呉服屋さんなんだって?どんな霊障が起きているんだい?」

わたしは、フリーで活動しているのだが、クロウは、元の師匠が運営する『心霊等研究所』に属している。師匠は高年齢なので、県外に出張する案件は、ほぼ、若いクロウが担当することになる。クロウは、能力はあるが、経験不足の点があり、時々、わたしに『助(すけ)』を頼むことがあるのだ。今回も、詳細は訊かされていない。

「僕も詳しいことは訊いていないんです!ただ、その呉服屋さんの娘さんが結婚することになったそうだから、それに関わりがある、と思いますよ……」


「実は、娘の花嫁衣裳にするために、京都の西陣織の家元から、反物を取り寄せました。その反物で、着物を作ったのですが……」

大阪の大きな呉服商『天満屋』の主人が、クロウとわたしが女中に店の奥の座敷に案内されたあと、ゆっくりと現れ、依頼の内容を語り始めた。

「仕上げの段階で、部屋の衣紋掛けにつるして置いたのですが、朝見ると、鋭い刃物で、ズタズタにされていて……、直しようがない状態で……」

主人は、幸左衛門と名乗った。適齢期の娘がいるにしては、歳がいっている気がする。

「それは、事件ですが、わたしどもが扱う案件ではないように思いますが……。警察か、世間体があるなら、私立探偵を呼んだほうが……?」

と、クロウが言った。

「何か、霊障、つまり、人間の仕業とは思えない状況か、痕跡かがあるのでしょうか?」

わたしは、クロウの問いに、主人が困惑の表情を浮かべたのを察して、先に尋ねた。

「着物を飾っておいた部屋は、奥のわたしたち夫婦の寝室の隣の座敷で、渡り廊下には、内側から閂(かんぬき)をかけております。もちろん、床下や、天井から、入ることは、可能でしょうが、その痕跡はありませんでした。わたしは、眠りが浅く、夜中に何度も、厠(かわや)に行きます。寝室の隣の座敷で異変があれば、すぐに気づいたはずです……!いえ、それよりも、着物がその座敷にあることを知っているは、わたしと妻だけ。また、住み込みの店員には、そのような悪意のある者はおりません!と、なれば、妖(あやかし)の仕業ではないか……、と、思い、反物を仕入れた先に、何かそのようなことがなかったか、それとなく訊いてみたのです……」

「つまり、反物──着物の生地──に霊障が憑いてきた……と?」

「はい!まず、それを疑いました。ただ、反物の仕入れ先は、長年、懇意に取引をしている方で、正直に話すと、一度、霊媒師を呼んで、視てもらえ!確かな霊媒師を紹介する!と、言われて……」

「なるほど、それで、わたくしどもにご依頼された、というわけですね……」

と、クロウは納得して、頷いた。

「では、さっそく、その現場の座敷とお着物を見せていただけますか?霊障なら、何らかの痕跡があるはずですから……」

と、クロウが霊媒師らしい発言をする。わたしは、その言葉に加えるように、

「ご家族の方を、ご同席していただけますか?奥さまと、花嫁になられる、娘さまと……、他に、ご家族がいれば、なるべく、全員……」

と、言った……。


「だいたい、見えてきたわね……!」

その日は、天満屋の離れに、わたしとクロウは泊めてもらうことになった。着物が飾られていた部屋と、ズタズタにされた!と、幸左衛門が言っていた、打掛と、天満屋の家族を眺めて、わたしは、ひとつの仮説を思いついたのだ。

「ええっ!何かわかったのですか?霊の痕跡は、微かにありましたが、それが、着物を切り裂いた、か、どうかは、わかりませんでしたよ……」

と、クロウが驚く。言っておくが、わたしとクロウは、今夜、ひとつの部屋で寝るのではない!たぶん、今夜は、徹夜になるだろう……。わたしが、霊に語りかけるつもりだから……。

「いくつも、『おかしいこと』があったでしょう?霊障じゃあなくて、この家の現状なんだけど……」

と、わたしが解説を始める。

「まず、『ズタズタ』って言ってたけど、切り裂かれた傷跡は、三本。まあ、吉祥文様の大事な、二羽の鶴が、真っ二つだから、主人にしたら、ズタズタかもしれないけど……、特に、心は、ズタズタでしょうね……。それと、あの部屋には、お雛様の七段飾りが、まだ飾られていたわね?今日は、三月十日。婚礼が決まった娘のいる家庭としたら、永く飾り過ぎよね!それと、他にも『市松人形』。不思議なのは、男の子供がいないのに、武者飾りもあったわ!」

「呉服屋だからじゃないですか?節句用の着物を売る時に、店頭にディスプレイとして飾るために……」

「違うと、思う。たぶん、亡くなった、男の子供がいたはずよ!微かに、霊魂が残っている気配だったわ」

「じゃあ!その亡くなった男の子が、着物を切り裂いたって、言うんですか?」

「それも、違うわね……。ただし、関わりはあるはずよ……。それより、幸左衛門の奥さんと、嫁に行くという娘が、そっくりなのが、一番の驚きよ!」

「複雑な関係でしたね……」

そうなのだ!幸左衛門の説明によると……。マホという妻は、三人目の奥さんらしい。嫁に行く娘は、リホ。二番目の奥さんの連れ子だそうだ。二番の奥さんは、五年前に、病死している。店に女将がいないのは支障があると、親戚が心配して、嫁候補を探している時期に、偶然、同業者の宴席に、芸妓として隣に座ったのが、マホだった。二番目の妻によく似て、何より、連れ子のリホにそっくりだったマホを嫁に、と幸左衛門は熱望し、反対意見もあったものの、親戚の多数が承認したのだった。

そして、婚礼の数日前に、親戚の長老が幸左衛門に、マホの出生について、調べたことを伝えたのだった。マホはリホと双子の姉妹。ふたりの祖母が、武家の出であった所為か、双子を嫌い、妹のマホを養女に出したのだった。

「幸左衛門とマホの出会いは、偶然だったのかしら、ね……?」

「ええっ!誰かの策略だったんですか?」

「しぃっ!ここは、日本家屋よ!離れとはいえ、『壁に耳あり、障子に目あり!』よ……。いい、双子の姉妹が義理とはいえ、母子の関係。その姉で娘が嫁ぐ。その花嫁衣裳が切り刻まれた……。人間関係の『どろどろ』しか、わたしの霊媒師としての感覚には、響かないのよ!今回は、動物霊ではなさそうよ……!」

「それじゃあ、我々、霊媒師の出番というより、名探偵『金田一耕助』の登場になりますよ……」

「そうね!探偵の推理力がいるかもしれないわ……。ねえ!クロウ、『光の三原色』と、『色の三原色』の違いって、知ってる?」

「ええ、学校の授業で習いましたね……。光のほうが、青、赤、緑で、色のほうは、青、赤、黄色、でした……」

「良くできました!それでは、その三つを混ぜると、何色になる?」

「黒でしょう?絵の具を混ぜたことがありますよ……」

「絵の具は、ね!でも、光のほうは、白になるのよ!」

「ああ!そうでした。そっちは、美術の授業じゃなくて、物理の授業でしょう?僕は、物理は苦手で……。でも、何で、三原色の話になるんです?」

「魂の色っていうのか、背後霊の色なのか、は、わからないけど、光が見える人っているでしょう?」

「ええ、人間、誰しも、オーラを発していますから……、ミユキさんの色は……」

「あっ!ゆうな!クロウの色も黙ってやるから……!」

「はい!言いません!それで、オーラの色が、今回の事件に関わりがあるのですか?」

「そうか……、クロウには、オーラの色に見えるのか……?わたしには、災いを防ぐ光のような……、バリアの色に見えるのよ……。ごめん!天満屋の家族の色は、どうだった?」

「ああ、その色ですね?主人の幸左衛門は鮮やかな青、マホさんとリホさんは、さすがに双子で、同じ、鮮やかな赤でしたね!」

「鮮やか過ぎるのよ!普通は、もう少し、何色かの混じった色か、明るいか、暗いかの色になるはずよね……?彼らは、ほぼ、原色だったのよ……」

「確かに、珍しいですね……。でも、対照色ではないから、相性が悪いわけではないですよ!好相性かもしれません……」

「そう、でも、そこに、もうひとつの原色、緑か黄色が入ると……」

「あっ!白になるか、黒に……なる……」


「無理を言ってすみません!」

と、わたしは幸左衛門に頭を下げた。

事件のあった部屋の衣紋掛けに、鮮やかな打掛がかかっている。ただし、古着を借りてきたものだ。その急な手配をわたしが頼んだのだった。

時刻は、まもなく、夜の十二時になるところだ!

「これから、明け方まで、我々は、この座敷で、招霊を行います!みなさまは、それぞれの部屋で、おやすみください!何か異変があれば、起こすことになるかもしれませんけど……」

わたしの言葉に、頷いて、幸左衛門とマホは隣の部屋へ、リホは、二階の部屋に帰って行った。

「クロウ!始めるよ!」

わたしの合図に、クロウは、白い紙片を懐から取り出す。クロウは黒い水干姿。わたしは白い、巫女の衣装だ。クロウの手にしているのは、ヒト型の紙片だ。頭は、丸、胴体は、ホームベースのような五角形。手足は、尖った三角形が、胴体に繋がっている。何枚かのヒト型を衣紋掛けの周りと、雛段、市松人形の前、武者飾りの前に並べて行く。手にあたる三角形の方向は、それぞれ、微妙に違う。手を上に上げたもの、横に広げたもの、胴体に沿って、下を向いているもの。それが両手に分かれているから、種類は豊富だった。

「あれ?このお内裏様とお雛様、顔がずいぶん違いますね……?」

「クロウ!あんた、間違えているよ!お雛様というのは、その段飾りの人形、全部が雛人形だから、『お雛様』で、一段目のふたりが『お内裏様』、男雛と女雛っていうんだよ!」

「ええっ!だって、童謡のひな祭りの歌に、『お内裏様とお雛様、ふたり並んで……』っていう歌詞がありましたよ!」

「そうね!あれは、作詞家の『サトウ・ハチロウ』さんの勘違いだったそうよ!それより、お顔が違う!ってどういうこと?」

「男雛でしたっけ?僕がお内裏様と思っていたほうは、歌のとおり、澄まし顔で、女雛のほうは、丸顔のお多福さんなんです!あっ!三人官女もひとりがお多福顔ですよ……」

「どれどれ……?」

わたしは、七段飾りの雛人形の顔を眺めてみた。確かに、一般的な細面の男雛と、丸ポチャで、お多福顔の女雛だ!三人官女の右の雛人形が同じように、丸ポチャだ!

「これは、京雛ね!大きさが違っているし、着物の生地もずいぶん質が違っているわ!」

わたしは、ほかの雛人形と飾りの道具類をゆっくり眺めた。不自然なことに、道具類もサイズがバラバラだし、本来、七段飾りにはない道具類もある。

「この雛飾りは、七段飾りの一式ではないわ!いくつもの雛飾りが混じっている……。『御所飾り』と、言われている、豪華な雛飾りと、七段飾りと、京雛と、いくつかの雛飾りをまとめて、七段飾り風にしているだけだわ!」

「どうして、そんなことを……?」

「とても良い、年代物の雛人形とお道具類よ!たぶん、この家の代々の娘さんのそれぞれの雛人形のうち、状態の良いものを飾っているみたいね……」


「幸左衛門さん、御先祖の霊を呼んで、お訊きしたいことがあります。家系図か、御先祖の戸籍謄本を見せていただけませんか……?」

結局、その夜は、何の異変もなかった。結界のように配置したヒト型にも、反応がなかったのだ! そこで、わたしは、やり方を変えることにした。わたしの言葉に、主人は、その両方を用意してくれた。

「祖先の霊が関係しているんですかねぇ?それほど、悪意を感じるモノはいないんですけど……」

と、クロウが、髪の毛を掻き揚げながら言った。

「何かの条件があるのよ!スイッチが入る!と言ったほうがいいかな……?特に、女性の霊たちが、そのスイッチになる気がするの。あの雛飾りを視ているとね……」

わたしは、霊媒師ではなく、探偵のような推理を働かせていたのだ。

「女性?何か感じましたか?」

「だって、花嫁衣装を切り裂いたのよ!女の執念か怨念に間違いないわ!ほら、この天満屋さんは、女系家族よ!」

 と、家系図を指差して、わたしは言った。

「まず、今の主人の幸左衛門さんの父親は、他家からの婿養子。母親のオツルさんが、三姉妹の長女。あとのふたりは、嫁に出ているわ!そして、幸左衛門さんの姉弟は、姉が三人。四人目にやっと男児が生まれて、跡取りになった……」

婿養子の先代幸左衛門は、本名『スギサク』、どうやら、丁稚からの店員で、手代時代に、オツルさんと、良い仲になったようだ。

「なるほど、でも、この『マモル』っていう男の人は?亡くなっているようですけど……?」

「おかしいわね?幸左衛門さんの長男の場所に書かれている。戸籍では、長男よ!最初の奥さんの名前が、チヅルさんで、その子供になっているのよ……」

「連れ子?ってことですかね?」

ふたり目の妻は、『コトエ』。リホを連れ子として、籍に入っており、既に故人だ。

「まさか!大店(おおだな)の跡取り息子の最初の奥さんに、連れ子がいる人は選らばないわ!『できちゃった!』ならわかるけどね……。それに、戸籍は、正式にふたりの子供よ!チヅルさんは、初婚だし、歳は十六歳で嫁入りよ……!あっ!」

「どうしました、急に……?」

「母親が『オツル』、嫁が『チヅル』、切り裂かれた、打掛の柄は、二羽の鶴……」


「この『武者飾り』は、マモルさんの節句飾りね!たぶん、雛飾りは、幸左衛門さんのお姉さんたちの、節句飾りだと思うわ……」

その夜、わたしとクロウは、再び、衣紋掛けに打掛をかけて、座敷にヒト型を配置した。ただし、打掛の柄を二羽の鶴が描かれたものに代えている。

「クロウ!探偵から、報告があった?」

と、わたしは尋ねた。わたしは、今夜のために──精神統一のために──今まで、離れの一室に籠っていたのだ!本当は、疲れを取るため、眠っていたのだが……。その間に、クロウの知り合いの探偵に、調査を依頼していた。

「どうも、マモルという男の人は、先代の幸左衛門、つまり、スギサクとチヅルの間に生まれた子供のようです!亡くなったのは、後妻がきてから……、成人になる前ですね……」

「やっぱりね!家系図に書かれた位置が、中途半端、今の幸左衛門の子供とも、弟とも、採れる位置だったものね……」

「それで、チヅルというのは、他家から、行儀見習いで、預かっていた娘さんで、オツルさんの世話をしていた、女中さんです。その他家というのが……、あの打掛の布を織った、京都の西陣織の、お家だそうですよ!奥女中のチヅルさんに、婿養子が手をつけて、子供ができちゃった!チヅルの家柄は、上等だったから、今の主人の嫁にしたようです!何せ、今の幸左衛門さんは、小児麻痺を患って、子供ができない身体だったそうですよ!」

「あらあら、条件が揃ってきたわね!あとは、きっかけがあれば、怨霊のスイッチが入る……」

「その、『きっかけ』って、何なんでしょうね……?」

と、クロウが言った時……

「あっ、うっ、ぐぅ……」

という、微かな呻き声が聞こえてきたのだ!

「クロウ!静かにして!その『きっかけ』が始まったかもしれないわ!」

「な、なんの音です?」

「女性の呻き声よ!」

「ええっ!誰か、女性が怪我をしたんですか?それなら、助けないと……」

「クロウ!あんた……、そうか、あんた、童貞だったわね……?修行の妨げになるから、女性とのアレは、禁止!」

「ミ、ミユキさん!じゃあ、この声は……?女性の『あの時』の呻き声、なんですか……?」

「そうよ!聞こえてくるのは……?この上の部屋のようね!」

「この上?二階には、リホさんが寝ているはずですけど……?」

「そうね!じゃあ、声の主は?」

「あっ、そうか……、リホさんが、ひとりで、オナニー……」

「なら、いいけどね……?ほら、ヒト型が反応し始めたわよ!何かの霊魂が、動き出した証拠よ!」

「これは……?男の霊魂です!しかも、若い、青年ですよ!」

クロウの作った『ヒト型』は、それぞれ、微妙に手の形が違う。反応する霊魂によって、どのヒト型が動くかが決まっているのだ!

「ああ!イイ!」

と、二階から、はっきりした、女の声がした。

「お姉さま!気持ちがいいのですか?マホも、いい気持ちです!イキそう……」

と、いう言葉が、静かな部屋に聞こえてきた。

「お姉さま?マホも……?ええっ!まさか……!」

「そうね!二階では、双子の姉妹が、アレの最中のようね!淫気がこの座敷にも、流れてきたわよ!さあ、始まるわ!」

「な、なんか、赤い靄(もや)が、二階から……」

「見て!武者飾りから、緑の靄が……」


「気持ちが悪いのですけど……」

「わたしだって、気持ち悪いわよ!しっかりしてよ!車の運転は、あんたしかできないんだから……!わたしは、『ペーパードライバー』だからね!」

わたしとクロウは、天満屋の仕事を終えて、帰路についているところだ。昨夜の出来事で、事件の真相は解明できたし、事後の鎮魂、お祓いも済ませたし、当事者──生きている者たち──にも、今後の行いや、故人の弔いの遣り方まで伝授してきた。おそらく、リホの婚礼は、つつがなく進行するはずだ!

「クロウ!幸左衛門から、いくらもらったの?普通の祈祷料の倍!いや、五倍は貰わないと……」

「ああ、それは、大丈夫です!一桁、上でした……!口止め料も含めて、でしょうけど……」

昨夜の出来事で、天満屋の暗い歴史が判明したのだ!もちろん、我々は、依頼人の情報を洩らすことはない!しかし、大店である天満屋は、それなりに、心配して、上乗せの祈祷料を包んだようだ。

昨夜、赤い『淫気』に満ちた靄と、マモルのものと思える、緑の靄が、座敷で混じりあった。『赤』と『緑』が混じって、その一角が、真っ黒な靄になった。その暗い『気』が引き金となって、座敷の人形、いや、並べられた道具類まで、動き始めたのだ!

まず、武者飾りの鎧が動き出し、側に飾ってあった太刀が、鞘からスルリと抜け出して、衣紋掛けの打掛を切り裂いた!

次には、内裏雛の女雛の眼が光り、それに反応して、四段目に飾られていた、家臣のうち、若い、『右大臣』が剣を構えて、打掛の鶴を切り裂いた!続いて、男雛の眼が光り、白い髭が見事な『左大臣』が、剣を上段から、もう一羽の鶴を切り裂いたのだった……。

ほかにも、市松人形から黄色い光りが出て、隣の部屋から、主人の幸左衛門が現れ、座敷の中は、さまざまなな色が混ざりあったのだ……。

「イクゥ~!」

と、二階から、女性の二重唱が響き、混ざりあった光の色が、真っ白になった。座敷の空気が弾ける感覚に襲われ、光が元の無色透明になった。雛人形も、武者飾りも、市松人形も元に戻っていた。

腰が抜けたような、幸左衛門と、三つの切り裂き傷のある、打掛がそこに残った。

「クロウ!ヒト型に入っている、霊魂を閉じ込めて!まだ、話を訊きたいの!」

わたしは、光が完全に消える前に叫んだ。クロウが印を結び、真言を唱えた。三つのヒト型が、踊るような動きをして、立ち上がったまま、停止した。

「幸左衛門さん!二階のふたりを呼んでください!決着をつけないと、今後も災いが続く可能性がありますから、ね……」


「マモルという、跡取りと、後妻の連れ子のリホが、男女の関係になって、リホの欲望が強くて、身体の弱かったマモルの命を縮めた……」

「十八歳で、『腹上死』なんて、世間体が悪過ぎよね!まあ、心筋梗塞か、突然死で世間をごまかした……」

「マモルの霊魂が、武者飾りに残った……。雛人形には、もともと、オツルさんと、チヅルさんの霊魂が、ほんの少し、残っていたのですね……?それが、マホさんと、リホさんのあの行為の所為で、本体の霊魂を呼び戻すことになったのですね……?」

ヒト型のひとつ目は、若い男性の霊魂が閉じ込められていた。わたしの問いかけに、『マモル』と名乗った。

跡取りで、病気がちで、身体の弱かったマモルは、箱入り息子で、世間とは、隔離されていた。もちろん、十八まで、女の肌に触れたのは、母親のチヅルだけだ。母親が亡くなってから、思春期の頃は、まったく、女に接したことはない!世話をするのは、手代の役目だった。そこへ、年頃のリホが、義理の妹として、現れたのだ!男好きのリホは、天満屋の奥座敷に閉じ込められて、好きな男漁りができなくなった。だから、もっとも身近な男、マモルとすぐに関係を持った。マモルは、リホに溺れ、毎日、毎晩、交わり続け、寿命を縮めて、とうとう、あの武者飾りのある座敷で、心臓が停止したのだった。

ふたつ目のヒト型は、天満屋の元女将、幸左衛門の母親、オツルさんだった。彼女は、我々が探偵から仕入れた、マモルの生い立ちと、幸左衛門の身体的な欠陥を語った。その言葉からは、天満屋の行く末、跡取り問題を気にかけていることが、明らかだった。

三人目は、チヅルさんだ。彼女は実子のマモルを心配していて、彼をリホの淫乱な欲望から守れなかったことをとても気にしていたのだ。

さて、マモルさんが亡くなって、翌年、リホの母親、コトエが亡くなって、天満屋には、幸左衛門と、リホの血の繋がらない、父娘が残った。当然のように、リホは幸左衛門に関係を迫ったのだが……、幸左衛門は、できない身体だった。そんな時、コトエの三回忌で、コトエの妹──リホにとっては、叔母──から、実は……、と、マホの存在を聞かされたのだった。

 リホは、マホを見つけて、ふたりは、マホが天満屋の後妻になれる工作をした。それに、霊媒師と名乗る、いかがわしい占い師が絡んでいるようだ。つまり、偶然ではなく、幸左衛門はマホに出会い、後妻として、天満屋に入れた。夫婦の営みはできない。マホは、娘であり、双子の姉であるリホと関係を持ち、欲望を満たしていた。

「ミユキさんの言っていた、三原色が、この頃、混ざり始めたのですね?それで、魂のない、人形や、道具類までが、動き始めた……?」

「そうね!それまでは、リホの色は、淡いピンク、マホは、赤紫。マサルは、黄緑、幸左衛門は、藍色だったのが、おそらく、リホとマホが変な関係になった所為で、みんな原色になってしまったのよ!ふたりが絶頂に近づくと、赤い靄ができる。それに反応して、マサルの緑の靄ができる。ふたつの色は、対照色だから、ふたつが混ざると、黒い靄になって、霊が騒ぎだすのよ!」

「あの打掛が切り裂かれた夜、それが起こり、幸左衛門の青い、今度は、光の三原色の交わりが発生して、白光ができた。それが引き金になって、雛人形の刀が、打掛を切り裂いたのですね……?」

「靄の場合は、色の三原色、魂の色は、光の三原色になるのね?黄色の靄が、市松人形のチヅルさんのものだったのよ……」

「色々、複雑な人間と、霊魂と、器物の妖が、混ざっていましたね!そのスイッチが、レズビアン、だったなんて……、ダメだ!思い出したら、また、気分が悪くなった……」

「まあ、色恋沙汰には、わたしたちの想像を絶することがあるってことよ!もう、この件は、終了よ!関わるのは、ヤメよう!わたしは、眠るわよ……」

 そうクロウに言って眼を閉じたわたしの頭に、しわがれた男の声がした。

「ミユキ!礼を言う!女性の力が強いあの天満屋が、お前のおかげで、男の力が、上昇した!」

「あなたは?」

「先代の幸左衛門、スギサクだよ!わたしのタネの幸左衛門とマサルが、天満屋を変えてくれると期待したが、コトエという、女狸に掻き回された!ワシの眷属の狐の妖力では、対抗できなかったが、お前の『荼枳尼天』の護符が金色の光で強い力をくれた。おかげで、狸の妖力が、天満屋から消えたのだよ!天満屋は、親戚の――ワシの娘の――孫を養子に迎えて、安泰になるはずだ!」

 そう言った霊魂は、青白い、狐火の色をしていた。

(スエさんからもらった『荼枳尼天』の護符は、金色をしているのか……、わたしの色は、何色かな?クロウに訊いてみるか……?)

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