第3話 ミユキ、妖怪(あやかし)と会話する【とりあえず?】

トリあえず?


「じゃあ!『とりあえず』この御札を貼っておいてください……」

わたしが、そのビルの二階にある、『心霊等研究所』のドアをノックしようとしたら、ドアの向こうで、クロウのそう言う声がした。そして、ドアが向こう側に開かれ、中年の化粧の濃い、『マダム』がキツい顔をして現れ、わたしを一瞥(いちべつ)すると、無言で、脇をすり抜けて行った。

「何?今の人、お客さま……?『とりあえず』って、何をしたの?」

マダムを見送るつもりだったのか?ドアの側に立っている、クロウにわたしは尋ねた。

「ああ!ミユキさん!もう少し、早くきてくれたら、さっきの女性への対応も違っていたのに……」

と、わたしの質問の答えを言う前に、クロウは、愚痴を言った。

「あのね!わたしは、この事務所の社員じゃないのよ!留守電のメッセージを訊いて、慌ててきてあげたのに……!客が帰ったなら、わたしも帰るわよ!これでも、忙しい身なんだから……」

「いや!まだ、仕事は終わってない!というか……、とりあえず、座ってください!説明しますから……」

「また、『とりあえず』ね!」

と、わたしはソファーに腰を降ろしながら、嫌味っぽく言った。

「そうなんですよ!原因がわからないから、『とりあえず』でその場しのぎをしている状況なんです……」

「ふうん?さっきの化粧の濃いマダムに、何か『霊障』が発生したけど、原因がわからない!ってことなの?」

わたしの質問に、クロウは、無言で頷く。

「クロウがわからないなら、わたしにも『わからない』かもしれないわよ!原因はわからなくても、結果は出ているんでしょう?どんな霊障なの……?」

「まあ、『ポルターガイスト』でしょうね!それとも、『鳴家(やなり)』かな……?」

「なんだ!家についた霊障か?なら、『御札』しかないかもね……?」

「それが、『御札』が効かないようなんです!実は、ここへ来る前に、真言宗の、それ専門の寺に行って、『お祓い』と『御札』を施したそうで……」

「密教系の……?」

「そうです!ミユキさんも、ご存知だと思いますけど、高野山、直系の寺で、しかも、浄空って、凄腕で有名な、坊さんが、祈祷したらしいのです……」

「ああ、浄空ね!若くて、イケメンのお坊さん!って噂は、訊いているわ!クロウと同じくらいの年齢かしら……?」

「年齢不詳です!まあ、それなりの修行はしているようですから、そのくらいの年齢には、なっているんでしょうね……」

「それで、その浄空さんがダメだった案件が、何故こっちに回ってきて、尚且つ、何故、わたしを喚び出したのかな……?」

「こっちに回ってきたのは、浄空からの挑戦です!あのマダムが、浄空の腕をバカにしたみたいで、『有名な霊媒師に頼めばよかったわ!』って言ったらしくて……」

「なるほど、仏教系のお祓いと、霊媒師のお祓いのどっちが効くか?ってことなのね?どっちも、『陰陽道』から派生している、と思うんだけど……」

「まあ、勝負をするわけではないのですけど、仏教系では、解決できなかった案件ですので……、僕には、荷が重くて……」

「そうね!我々もやることは、密教系とあまり変わらない……」

「でも、ミユキさんは、霊と直接会話することができるでしょう?単に、祓ってしまうんじゃなくて、霊に納得してもらって、除霊に繋げる、って方法で……」

「それ!あんたにもできるはずよ!」

「今回の霊障の相手がわからないんです!動物霊かもしれないし……」


「何?この家なの?これなら、妖(あやかし)の仕業じゃなくて、単なる、自然現象でしょう!風が吹いたら、家鳴りがするわよ!」

クロウが案内してくれた、『ポルターガイスト』が起きる家は、確かに、豪邸ではあるが、『築百年』と言われても納得するような日本家屋だった。

「僕も、そう思ったんです!確かに、強い風や、ちょっとした地震で揺れるんです!けど、霊障は、そんなものでは、ないんです!まるで、家自体が動いているみたいになるんです!けれど、収まると、まったく元のまま……」

「元のまま……?どういう意味?」

「つまり、ポルターガイストだと、物が飛んで来たり、皿が割れたり、するんでしょう?地震だと、特に……。『揺れる』というより、『動く』んです!窓の景色が変わるくらい……。でも、家具も食器もまったく元の状態で、屋敷は元の位置に収まるんです……」

「それが起きるのは、何時?決まった時刻なの?」

「真夜中ですね!正確に、何時に!ってわけではなくて、夜中の十二時から、三時の間です……」

「どのくらいの間で、毎日なのか?周期的なのか?規模は同じか?毎回、違うのか?その点は、調べているの?」

「不定期で、時間的には、長くて、五分、短い時は、一分くらいだそうです。だから、動く距離もまばらです……」

「動く距離?本当に動いた跡があるの?」

「いえ!跡はないんです!でも、感覚としては、敷地内を、歩き回る?いや、走り回るかな……?そんな感じです……」

「つまり、あんたも経験した、ってことね!」

「ええ!昨夜、というか、今朝のことですが……」

「誰かに、術をかけられているんじゃない?催眠術みたいな……」

「幻術ですか?そんな気もしないではないんですが……、僕だけならともかく、浄空が、二度、三度も幻術にかかるとは思えないんです……」

「それで、マダムは?」

「ホテル暮らしです!まあ、真夜中に動く家には、住めないでしょうから……」

「じゃあ、今夜は、この家に、あんたとわたし、ふたりキリ……?日本家屋だから、鍵もないわよね!『夜這い』にくるなよ!」

「何、言っているんですか?今夜は、徹夜ですよ……!」

「ええっ!また?お肌に悪いわ!」

「ミユキさんは、大丈夫!歳より、若く見えますから……」


「ミユキさん!まだ頬っぺたが痛いです!顔、腫れてませんか……?」

「うるさいね!暗くて、腫れているか、わからないよ!それより、さっきから、わたしの身体にタッチしていないかい?」

「してます!だって、もう、屋敷が動く時間帯ですよ!動き出したら、離ればなれになるかもしれないんですよ!」

「まったく!もう一回、ビンタされたいのかい?」

「いえ!今日は、もういいです……」

「今日は?明日になったら、ビンタされたくなるのか?あんた、『M』か……?」

「あっ!変な音がしましたよ!」

「確かに!音、というより、声だよ!動物の鳴き声みたいだ……」

「そういえば、昨日も、聞こえた?気がする……」

「わあっ!」

突然、屋敷全体が揺らぎ始め、身体がエレベーターで上昇する感覚に襲われた。

「ミユキさん!始まりましたよ!手を握らせてください……!」

「か、勝手にしな!ビンタはしないからさ!わあっ!動いている……!」

(何?この家、生きているの?確かに、揺れているんじゃない!動いている!まるで、大きな駕籠に、乗せられているみたいだ!駕籠なんて、乗ったこと、ないけど……)

もう、口を利けない!駕籠に揺られて、箱根の山を越えている気分だ!舌を噛みそうなのだ!クロウの手が、わたしの腕を掴もうとして、脇の下から、乳房に触れた!しかし、ビンタを喰らわす余裕はない!

(クロウ!貸しが増えたよ!)

三分余りが過ぎた。今度は、エレベーターで下降する感覚に襲われた。そして、家の動きが止まった……。

「クロウ!灯りをつけて!おい!いつまでも、オッパイを触っているんじゃないよ!この貸しは、大きいよ!」

「み、ミユキさん!す、好きです……!」

「はあ?何、寝言言っているんだよ!正気に戻りな!」

わたしは、約束を破って、軽く、クロウの腫れていない方の頬を叩いた。

「あっ!ミユキさん!無事だったんですね!灯りをつけます……」

クロウが、跳ねるように立ち上がり、裸電球のスイッチをひねった。

「不思議ね!あんなに動いていたのに、家具もそのまま……、裸電球も揺れていないわ!まるで、家具も食器も電球も、同じように動いていたみたいに……」


「ミユキさん!何かわかりましたか?」

数日後、わたしはクロウに電話を入れ、例の日本家屋で待ち合わせをした。

「たぶんね!仮説だけど……。それを確かめるのよ!頼んでいたもの、持ってきてくれたわよね?それがないと、命の保証はないからね……」

「ここに……。でも、これをどういう風に使うのですか?」

と、濃い紫色の風呂敷に包まれているものを示しながら、クロウが言った。

「使うことはないよ!その本来の使い方は、ね……。ただ、そう!護符、御守りとしての役目はあると思うよ……」

わたしは、そう言って、クロウを促し、建物の中に入って、座敷の床柱の前に腰をおろした。黒光りのする『大黒柱』は、樹齢数百年の大杉で出来ている。わたしは、巫女の衣装で、その柱に向かって、柏手を二度叩いた。

そして、クロウの持参した風呂敷を解き、中身を柱の前に並べて置いた。眼を閉じて、意識を集中する。雑霊はいるものの、大きな霊魂は感じられない。

「ヒョウ、ヒョウ……」

わたしは、ある鳥の鳴き声を真似した。かなり、いい加減だ!だが、そのいい加減さが、本当に『良い加減』だった。

床柱が揺らめいた。

「大黒柱の中に、居られる精霊さま!わたしは、ミユキと申します。巫女を生業としているものです!どうか、気を鎮められて、わたしとお話していただけないでしょうか……?」

「うむぅ!夜中でもないのに、『鵺(ぬえ)』の鳴き声がしたと思ったら、ミユキとやら、そなたの鳴き真似か……?」

と、床柱が人語を喋った。

「やはり、床柱さまは、平安京において、源頼政殿に退治された、『鵺』と関わりのある樹木なのですね……?」

「むむっ!そなたの前にあるのは、頼政が使った、山鳥の羽根で作った矢ではないか?そなた!ワシの正体を知っておったのか……?」

「はい!憶測で、ありましたけど、床柱さまは、二条城の近辺に生えていた、八百年ほど前に、頼政殿に矢で射られた『鵺』の血を浴びてしまった、杉の木でございましょう。その木が成長し、床柱として加工され、百年前にこの屋敷の大黒柱になられた。おそらく、梁や天井、ほかの柱たちも、同じように、鵺の血を浴びたものが使われているのでしょう?そして、百年が経ち、屋敷全体が『付喪神(つくもがみ)』として、魂を宿してしまったのですよね?そのきっかけが、鵺の鳴き声に似た、『トラツグミ』の鳴き声だったのですね……?」

「見事な謎解きじゃ!ワシを中心として、屋敷全体がひとつの人格を持っているのじゃ!器物が歳を隔て『付喪神』になるが如く、屋敷が『付喪神』となった!じゃが、本当に覚醒したのは、トラツグミとかいう、鳥の所為では、ないぞ……」


「驚きました!屋敷全体が『付喪神』だったなんて……。どうやって、わかったのですか?」

クロウが運転するブルーバードの助手席で、まどろんでいたわたしは、その問いかけで、眼を覚ました。

「まず、地震でもないのに、屋敷が動いた!つまり、屋敷に『動く』という能力が備わった、ということだ!しかも、家具や食器も全てが一体化している……。築百年以上経過している建物だ!当時、ロボットのように動く建物など造れるわけはない!器物が『付喪神』になるなら、屋敷もなるのでは……、と思ったのさ!」

「それと、鵺の関係は……?」

「お前が、言ったではないか……、屋敷が動く前に、鳥の鳴き声がした、と……。夜中に鳴く鳥、あの夜聞いた鳴き声は、トラツグミの鳴き声だった。その鳴き声は、鵺の鳴き声と、言われているんだ……。この京都の町は、その昔、御所の清涼殿に『鵺』という、顔は猿、四肢は虎、身体は狸で、尻尾が蛇の化け物が、夜な夜な、現れ、天皇を苦しめていた。その鵺を弓矢で退治したのが、源頼政という武将さ!矢で射られた鵺は二条城の北の付近で、頼政の部下、猪早太によってトドメを刺された!その矢についた血を頼政が洗ったのが、二条池とされている。つまり、妖怪『鵺』の血を浴びた、か、吸った植物は、沢山いるはずなのだよ……。あの屋敷が動いた時、微かに妖怪の気配がしたのさ!動物に近い、得体の知れない、妖が、関わっていることは、間違いなさそうだったわ……」

「しかし、驚いたのは、屋敷が本格的に覚醒した原因が、浄空の御札の所為だったなんて……。めったなところへ、めったな御札は貼られませんね……」

「だって、最初は、ポルターガイストか、鳴家と思われる現象だったんでしょう?それが、本格的に屋敷全体が動き出した……。鎮めるための御札が、眠っていた、鵺の血を甦らせたのね……」

そう言いながら、わたしは疲れていたため、再び、まどろみの中に落ちて行った。

その時、頭の中に、男性のテノールの声が聞こえてきたのだ。

「ミユキ、そなたのおかげで、うるさい『トラツグミ』という鳥が居なくなった!もう、夜中に、動くことはないよ!そなたの依頼人に言ってくれ!『若いツバメ』と、宜しくやるのはいいが、騙されないように、とな……」

(えっ?『トラツグミ』だけじゃなくて、若い『ツバメ』も関わっていたのか……?まあ、『トリ(鳥)あえず(=鳥には、会えず)』ミッション完了ね……!クロウ!起こすなよ……)


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