第2話 ミユキの相棒【はなさないで!】

はなさないで!


「はなさないで!」

また、同じ夢を見た。これで、5日連続だ!

本当に『夢』なのだろうか?枕元で、誰かが、『囁き』かけているのでは、ないのか……。

まあ、どちらにしても、『人間』の仕業ではない!わたしの職業柄、そういう類(たぐ)いのモノの仕業だ!と思う……。

わたしの名前は『ミユキ』。『霊媒師』と呼ばれている。本当は『太夫(たいゆう、または、たゆう)』と呼んでもらいたいのだが、こちらでは、太夫というと、別の職業になるらしい。

主に『動物霊』の霊障──狐憑きなど──を祓うことが多い。中には、『結婚相談』のような、占い事を頼まれることもある。

「はなさないで!」

という声は、明け方近くの時間帯に、ほんの数秒間、「はなさないで!」と、三回繰り返されて、終わる。声だけで、誰の発したものかは、わからない。暗闇の中、遠くから聞こえてくる、感じだった。

「はなさないで!か……、どうも、『予知夢』のような気がするな……。次の仕事に関わるような……」


「ミユキさん!付き合ってもらって、悪いね!どうも、僕ひとりだと、心もとなくて、ね……」

京都駅で待ち合わせ場所に着くと、相手は、既に到着していた。

長身で、長い髪、着ている服は、カジュアルで、パンツはジーパンだ。見た目は大学生のようだが、もうすぐ、三十歳になるはずだ!

「クロウ、早いのね!約束の時間まで、三十分あるよ!」

「今、来たところさ!いつも、待たせてるから……。ミユキさんは、時間のだいぶ前に来るから……」

わたしが、いつも時間より早く来るのは、その場所に霊障がないか、確認するためだ!もしかしたら、何かの罠があるかもしれない!そうでなくても、悪意のあるモノが存在している可能性がある。その場合、排除するか、場所を変えるか、どちらにしても、時間がかかるからだ!今日は、大丈夫そうだ……。

「じゃあ、時間まで、今日の仕事について、詳しく話してくれるかな……?」

今日は、これから、秋田県まで行くのだ。もちろん、霊媒師としての仕事だ。つまり、クロウという男は、同業者。わたしとは、姉弟弟子になる。彼は、陰陽道を継承している家系の末裔だそうだ。安倍晴明か、その師匠の賀茂家なのか?はたまた、仏教系の陰陽道なのかは、教えてくれない。確かに、才能はある!ただ、経験不足が難点だ!前回の『王子動物園』の件も、彼からまわってきたものだ!動物霊が絡むと、彼は躊躇しがちで、わたしに振ってくる。わたしの実力を認めてくれているのは、嬉しいが……、と、思いながら、わたしは彼を出来の悪い弟のように、接している。

「今回は、人探しです。遺体の可能性が高いと思います……」

と、クロウが話し始めた。

依頼人は、大学生で、山岳部に所属している。三日前、秋田県のある山に、数人のパーティーで登山していた。それほど、険しい山ではないが、途中で、垂直に近い崖を登るコースがある。天候もよかったから、まあ、山岳部としては、中級レベルだった。

しかし、その崖を登る時間帯に、天候が急変し、吹雪になった。先頭は、もう、崖の上部にたどり着いていて、降りるより、登る選択をした。

依頼人は、最後から二番目、最後には、レイという、地元出身の女性がいた。

崖の途中の窪みで、ふたりは合流し、吹雪の収まるのを持ったが、吹雪は、ますます、ひどくなる。

「行きましょう!日が暮れたら、気温がぐっと下がります!先に行った人の、跡を辿れば、降りるより、早く登れます!尾根に出れば、山小屋までの道は、暗くても、わかりますから……」

彼女は、何度もこのルートを登った経験がある。だから、殿(しんがり)を任されたのだった。

ふたりは、意を決して、窪みから、崖に挑んで行った。

しかし、その途中で、彼のほうがミスを犯し、あわや、滑落の場面に陥った。レイが手を差し伸べ、滑落を防いだが、今度は、レイが、彼を引き上げる動作の時に、バランスを崩し、運の悪いことに、ザイルが切れた。

レイの身体は、男の右手にぶら下がる形で、宙に揺れていた……。男は、自分の身体を支えるだけで、精一杯の状態だった。

「はなさないで!」

それが、レイの最後の言葉に、なったのだ……。

「そのレイという女性の遺体が、見つからないのですよ……」


「遠いところ、申し訳ありません!僕が依頼主の高村です!」

と、日焼けした顔の男が言った。高村の兄が、クロウの友達で、その兄を介しての依頼だったらしい。

クロウが自己紹介をして、続けてわたしを紹介し、その夜は、地元のホテルに泊まった。

そして、翌日、事故のあった、崖の麓には、地元の消防団や、山岳警備の人たちが、四日目の捜索を開始している。その現場に、三人は到着したのだ。

「どう?クロウ!新しい霊魂がさ迷っている気配はある……?」

と、わたしがまず尋ねた。

「いないですね!雑霊はいますけど……」

「わたしにも、感じられないわ!動物霊の気配はするけど、ね……」

「あのぅ、死んだばかりの人間って、魂がさ迷っているんですか……?」

「まあ、稀に、すぐに成仏する人もいるようだけど……。突然の事故で亡くなったりすると、魂がどっちへ行けばいいのか、わからないから、さ迷うことが多いわね!さ迷わずに、勝手に遠くへ行っちゃうのもいるけど……。それが浮遊霊になる確率が高いわね……」

「じゃあ、始めるよ!ミユキさん、悪意を持った霊が現れたら、対応をよろしくね!」

クロウはそう言って、小さなヒト型の紙片を取り出し、真言を唱え、最後に「ふっ!」と、息を吹きかけた。そして、それを地面に、ゆっくりと置くと、再び、呪文を唱え始めた。

「何をしているのですか?」

と、わたしの傍らで、身を硬くしている高村が尋ねた。

「しっ!『招霊(しょうれい)』をしているんです!レイさんの霊を……」

「ショウレイ……」

と、高村は、小声で呟いて、そのあとは、緊張気味に無言になった。

招霊とは、霊魂を喚び出すことだ!さ迷っている霊も、成仏した霊も、はたまた、生霊でさえ招喚できる。クロウは、除霊より、招霊を得意としている。ただ、喚び出す本人以外の霊が集まることがある。もちろん、ヒト型に入ることはできないが、その周りに……。その中に強い悪意を持った霊が来る可能性があるのだ!その場合、もうひとりの霊媒師が、除霊をしなけれぱならない。クロウは、そのパートナーにわたしを選んだのだ……。

「ダメですね!レイさんの霊魂は、招喚できません……」


「不思議ね?クロウなら、生霊でさえ招喚できるはずよ……」

それから、場所を変え、三度招霊を試みたが、結果は同じだった。我々は、ホテルに帰り、次の策を話し合うことになった。

「あの場所に、相当強いバリアが張られているのか……、あるいは……」

と、心なし、落胆気味にクロウが意見を語る。

「バリア?それは、ないわね!動物霊がいっぱい集まってきたわよ!中には、人間もいたけど……。その『あるいは……』っていうのは、レイさんの名前が正しくない!ってことよね?雪村レイコ、二十五歳、秋田県✕✕生まれ……。この戸籍が間違っている……」

「いや!戸籍が間違いでも、名前の一部でも合っていれば、あの近くで亡くなったのなら、反応があるはずです!」

「つまり、レイさんは、亡くなっていないし、雪村レイコという名前は、完全に偽名!だったってこと……?」

「そうだ、と思います……。僕の能力不足でなければ……」

「何が、『能力不足』よ!三度目は、凄いパワーだったわ!山の神様まで招喚しそうだったわよ!あっ!そうだ!」

「どうしたんです?何か……?」

「ねえ、レイさん、最後に『はなさないで!』って言ったのよね?」

「ええ、高村君は、そう言ってましたね……。それが、何か……?」

「わたし、5日連続、同じ夢を見たのよ!」

と、わたしは例の『闇からの声』のことを話した。

「予知夢ですね……」

と、クロウは言った。

「かもしれない……。でも、そうじゃなくて、レイさんからの喚びかけかも、しれない……。やってみるか……」

「な、何を……?」

「クロウ!今夜、わたしの部屋に忍んでおいで!鍵を渡しとくから、さ……」

「ええっ!ミ、ミユキさん、ぼ、僕に……よ、夜這い……?」

「はあ?何勘違いしているのよ!闇からの声を捕まえるのよ……」



「どうします?高村君、もうすぐきますよ!」

ホテルのレストランで、徹夜明けの眠い身体を濃いコーヒーで、覚ましながら、クロウがわたしに尋ねた。コーヒーはお互い、三杯目だ。

「このまま、帰るか……?今回のミッションは、失敗したことにして……」

と、わたしは回転の鈍い頭からの提案を披露する。

「ダメですよ!信用がなくなります!たった一回の『招霊』が失敗したから、無理でした、なんて……」

クロウは、その提案を、即、否定した。

「うぅん!じゃあ、こう言おう!あの崖と麓の間の空間に、あの時、異常な渦が発生して、レイさんはその渦に巻き込まれ、異世界に飛ばされた。その世界との通り道は、閉ざされてしまった……」

そう言った自分を嘲笑う、もうひとりのわたしがそこにいる気がする。

「SFですか?『バミューダ・トライアングル』みたいなやつですね?高村君がSF好きなら、信じてくれるかもしれないですけど……、異世界から、彼女を取り返してくれ!って、次の依頼がきますよ!それを断ったら、別の同業者のもとへ行って、我々がそう言って、依頼を断ったことを広げられます!信用問題に発展します!」

「難儀やなぁ!信用問題ばっかりか?ほいたら、本当のことを話したら、エイやんか……!」

うん!やっと、真っ当な提案だ!

「本当のこと……?それが言えないから、困っているんでしょう?約束なんだから……!」

「相手は、妖怪ヤデ!妖との約束、破ったら、ドナイになるの?祟られる?なら、自分で退治したら、エイやろう!陰陽師の末裔ヤろう?」

「無理です!今の僕の実力では……。ミユキさん、自信ありますか……?」

「ない!」

「ほら、ミユキさんが無理なのに、僕が退治できるわけがないですよ!」

「そやから、失敗しました!で、帰ろう、言(ゆ)うてるヤろう!」

「ミユキさん!興奮すると、言葉が訛るんですね……?可愛い……」

「あんた!何?こんな場面で……!あっ!高村はんが、来たワ……!」


「捜索隊も、今日はいないんですね……」

と、高村がポツリと言った。

時間稼ぎか、既成事実を作るためか、クロウは、もう一度、現場に行こう!と提案した。天候は下り坂で、捜索は中止、というより、終了になった。

後で知ったことだが、捜索の過程で、雪村レイコという名前が、偽名だとわかったらしい。つまり、親族が不明なのだ。そこで、捜索終了の結論が出たのだった。

「高村さん!今日は、わたしが、別の方法で、探してみます!」

と、わたしが切り出した。

「もちろん!お願いします!どんな方法でも構いません!彼女が見つかるなら……。僕が手を離さなければ……」

どうやら、彼は、レイの最後の言葉に縛られているようだ。

「場所を変えます!この先に、小さな山小屋というか、炭焼き小屋があるそうですから、そこで行います」

我々は、垂直の崖を迂回するコースをとって、炭焼き小屋に到着した。そこで、囲炉裏に薪をくべて、ひと息をついた。

「少し、精神統一します!変な言葉を発するかもしれませんが、気にしないで、無言を貫いてください!質問されたら、答えるだけ!私語は禁止です!命に関わるかもしれません!」

わたしの言葉に、ふたりの男は、無言で頷いた。

「レイさん!夕べ、いや、今朝早朝の続きです!どうしても確認したいことがあります!それで、もうひとり、関係者を連れて来ました。あなたのことは、伝えていません!約束は守っていますから、わたしの疑問に答えてくれませんか?」

ふたりの男に背を向けて、わたしは、小屋の角、たぶん、北東の方向の壁に向かって話しかけた。

「ミユキとやら!そなたともうひとりのクロウという男の魂の清らかさを確認したから、わたしの正体を教えたのだ!ふたり以外の人間に、教えることはできない!」

誰もいないはずの空間から、女性のアルトの声が聞こえてきた。

「でも、たぶんですけど、この高村さんは、過去にあなたと関わっているはずですよ!」

「高村?その男は、高村というのか……?」

その声のする辺りに、白い靄(もや)が渦を巻くように現れ、それが、ヒト型にまとまって行った。

「レイさん!」

と、思わず、高村が声をあげる。

「しぃ!」

と、クロウが、それ以上の発声を制止した。

白い靄は、高村がレイと呼んだ女性の顔を空間に現したが、身体の部分は薄衣を着ているようで、足の部分は霞んでいる。

「高村は、わたしのことをそなたたちに語ったのか?」

と、レイの口が動き、声になった。

「高村さんは、あなたを『レイさん』と、呼んでいます。最初に会った時の名前とは、違うはずです!」

「確かに、わたしは以前、ここでこの高村という男に会った。その時は、コユキと名乗った……」

レイの言葉に、高村が驚き、声を発しようとしたのを、クロウが術を使って、止めた。

「ミユキ!どうやら、そなたには、わたしと高村の関わりがわかっているようだな?」

「ええ、あなたが、高村さんに言った最後の言葉が『はなさないで!』だったからです……」


「あの、コユキと名乗った女性が、レイさんだったのですね……?やっと、納得しました……」

ホテルのロビーに帰って、温かい飲み物で、心を落ち着かせた高村が、わたしに向かって、ポツリと言った。

「あなたは、三年前にも、あの崖を登っていますね?そして、ミスをして、滑落。幸い、足を捻挫した程度で、あの炭焼き小屋に運ばれた。運んだのが、コユキと名乗った、女性だった……」

「はい、そのあと、発熱した僕の身体を冷やすため、女性は裸になって、お互いの身体を抱きしめ合いました……」

「天候が回復して、救助隊がきた時、コユキさんは、自分のことを『話さないで欲しい』と、おっしゃったのね?」

「そうなんです!自力で小屋までたどり着いたことにしておいてくれと……」

「話したら、災いが起こる!とは、言われなかったの?」

「いえ!こんな炭焼き小屋に若い女性がいるのは、きっと深い事情があるのだ!と思いましたし、命を救ってくれた方との約束ですから……」

「僕なら、奇跡の体験談とか言って、話していただろな!雪女に命を助けられたんだぜ!」

「雪女だったのですね……、コユキさん……。つまり、レイさんも……」

「クロウ!高村さんは、純情だったのよ!あんたと違ってね!」

「ひどいな!さっきの雪女は、ミユキさんも僕も魂が清らか、だと言ってましたよ!」

「それは、修行したからでしょう?あんたは、根は助平よ!昨日の『夜這い』発言でよくわかったわ!」

「夜這い?クロウさん!ミユキさんにそんなことをしたんですか?」

「し、しないよ!ミユキさんが、深夜に雪女と接触しようとして、僕を内緒で部屋に入れる提案をしたから……」

「そのシチュエーションを『夜這い』と結びつけるのは、やっぱり、助平ですね!」

「はい、はい、認めます!」

「それより、ミユキさんは、どうしてレイさんが雪女だと、わかったのですか?」

「あの言葉よ!『はなさないで!』っていう……」

「それが……?」

「高村さんは、『手を離さないで!』と、解釈したのよね?」

「ええ、あの状況なら、繋いだ手を離さないでくれ!ですよ!命がかかっているのですから……」

「離さなければ、ふたりとも、死ぬのよ……!だから、あれは、本当に最後の言葉……、『さようなら』の代わりだったのよ……」

「さようならの代わり?」

「コユキさんが言ったでしょ?『話さないで!』って……」


「今回の仕事!最初の話だと、あんたが主役で、わたしは『助(すけ)』だったわね?報酬は、『シブロク』……?」

「わかっています!ミユキさんが六。僕が四ですよ!でも、まだよく、わからないなぁ……。ミユキさん、いつ、『離さないで!』と、『話さないで!』の違いに気づいたのですか?」

「もう、夕べから徹夜よ!帰りの列車くらい、眠らせてよ!まあ、その疑問には、答えてあげるわ!最初からよ!」

「最初から?」

「そうよ!5日連続の闇からの声、あれは、『話さないで!』って聞こえたのよ!」

「あっ!そうか……、ミユキさんは、崖からの滑落シーンを知りませんものね!普通は、そっちですよね……」

「そう!だから、レイって女が、何故、最後に『話さないで!』と、言ったのか……?しかも、レイは、ヒト型の招霊に反応しなかった……。妖で『話さないで!』っていう奴は……?」

「あっ!雪女……」

「そうよ!でも、レイと高村はあのパーティーで初対面でしょう?だから、以前に別の女性として、高村は雪女に会ったはずなのよ!それで、あのパーティーに参加したメンバーに訊いたのよ!高村さん、以前に遭難しかけたことがないかって……」

わたしは、深夜の闇からの声と会話をする前に、確認をしていたのだ。だから、その声と会話ができて、レイの正体が雪女だとわかったのだ。

「最後の疑問です!雪女がどうして、ミユキさんに『話さないで!』って喚びかけたんですかね?僕でもいいはずだし……」

「さあね!雪女の気持ちなんて、わたしにはわからないね!もういいだろう!眠いんだから、クロウ!肩を借りるよ!」

わたしはそう言って、クロウの隣に席を移し、彼の肩に頭を乗せた。

すると、頭の中に、優しい声が聞こえきたのだ!

「ミユキ、あなたの疑問に答えてあげるわ!あなたを選んだ理由?それは、あなたの名前が『ミユキ(=美雪)』で、わたしは『コユキ(=小雪)』で、よく似ているからよ!もうひとつは、わたしのお友達の『コンジョ』って妖狐が、あなたの持っている、『荼枳尼天』の護符に惹かれてしまったのよ!あなたの御札、誰からもらったものなのかしら……?」

「あっ!スエさん……」

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