夫の知らないあたし ②   ※

 ――夕食の時、正樹さんが珍しくあたしに話しかけてきた。


「里桜、新しい会社はどうだった?」


「楽しい職場ですよ。若い人が多くて活気があって、みんな仲良くしてくれて。それに――」


「それに?」


 社長はあたしの元カレで、また付き合うことになったと言ったらこの人はどうするだろうか? 一瞬そう考えたけれど、このタイミングで言ってしまうとこちらのが悪くなるのでやめておく。


「いえ。ネット関係の仕事って初めてなんですけど、けっこうやり甲斐あるなぁって思ったんです。今の時代、需要が絶えないジャンルですから」


「……そうか。お代わりを頼む」


「はい」


 彼があたしにどういうわけか関心を示し始めたことに戸惑いながら、彼の少し大きめのお茶碗を受け取った。

 ……っていうか、お代わりくらい自分でよそえよ、ものぐさ亭主! と一言文句を言ってやりたいけれど、大智と不倫関係になった手前、強くは出られない自分がいた。里桜、今はガマンだ!

 


   * * * *



 ――就寝前、正樹さんがお風呂に入っている時に大智から電話がかかってきた。ちなみに、あたしは先に入浴を済ませていた。


「もしもし、大智? どうしたの?」


『里桜、遅い時間にゴメンな。今、話してて大丈夫か? マズかったら明日会社ででもいいけど』


「ううん、大丈夫だよ。あの人、いまお風呂に入ってるから」


 ……あれ、この感じってなんかいかにもな不倫っぽくていいんじゃない? 夫がいつ戻ってくるかっていうスリルがたまらない!


『そっか。じゃあ用件だけ手短に話す。――飯島さんとさっそく連絡取れたから、お前ん家の借金について調べてくれるように頼んだよ。時間かかるかもしれねぇけど、やってみるってさ。もし費用かかっても、その分はオレが負担してやるから。お前は返さなくていい』


「そうなんだ。大智、ありがとね」


『いや、お前を救うためならどうってことねぇよ。これからも、どんな小さなことでもいい。家とかダンナと何かあった時は、何でもオレに相談してくれよな。必ず力になるから』


「うん。ホントありがと。大智は今でも、あたしの頼りになる自慢の彼氏だよ」


 ガラガラ、とバスルームのガラスのスライドドアが開く音が聞こえた気がする。もうすぐあの人が寝室に戻ってくる!


「――あ、ゴメン! あの人、もうお風呂上がったみたいだから」


『分かった。じゃあ里桜、また明日会社でな』


「うん。じゃあね」


 慌てて電話を切り、電源を切ると、パジャマ姿の正樹さんがバスタオルで髪を拭きながら戻ってきた。セーフ!

 ドライヤー、明日から洗面台のところに置いておこうかな。そしたらもうちょっと時間稼ぎができるし。


「……里桜、なんかさっき、この部屋から話し声が聞こえた気がしたんだが。電話でもしていたのか?」


「あ……、はい。会社の人からかかってきてたんです」


「…………そうか」


 彼はコンセントにドライヤーを繋ぎ、濡れた髪を乾かし始めた。


「それじゃ、あたしは今日疲れたので先に寝ますから、おやすみなさい」


 あたしはスマホを持ったまま、さっさと自分のベッドに入ってしまう。正樹さんとあたしはベッドが別々なのだ。

 寝たふりでもしていないと、この人に求められてしまう。新婚二日目の夜、避妊を求めたけれど「どうして夫婦なのに避妊する必要があるんだ」と突っぱねられたため、こうして自分で防衛するしかなくなったのだ。


「……里桜、今日こそ抱いてもいいか?」


「疲れてるって言ったでしょう? もう寝ますから」


 夫からの誘いをキッパリ断った後、あたしは頭まですっぽりと上掛けを被り、スマホで投稿サイトを開いた。

 今日更新したエピソードに早くも「いいね」がついている。誰がつけてくれたんだろう? と思っていると……。



〈小説、今日更新された分にさっそく「いいね」つけといた。

 またよろしく。〉



 大智からラインのメッセージが来たので、あたしからも「ありがと~♡」と可愛いペンギンのスタンプを送っておいた。



〈大智、ホントにファンだったんだね。すごく嬉しい♡

 「いいね」がいつも励みになってるよ。書いててモチベ上がるしね♪

 これからも頑張って書くから、ずっとファンでいてね。〉



 スタンプだけでもよかったけれど、返信もした。スタンプにも返信にもすぐに既読がついて、次のフキダシが出てきた。



〈当たり前じゃん! オレはこれからもずっとお前のファンだし、いちばんの味方だよ。

 じゃあまた明日、会社で会おうな! おやすみ〉



 あたしは「おやすみなさい」という同じキャラのスタンプを送信して、スマホの電源を落とした。

 

 隣のベッドからは、正樹さんの寝息が聞こえてくる。イビキをかくような人じゃないのでまだマシだった。

 この人に抱かれる気はないけれど、あたしだってひとりの大人のオンナだ。性欲はそれなりにある。ただ、相手は選びたいだけで。


「……あたしだって、抱かれるならこんな人より大智がいいよ」


 たった三年会っていなかっただけで、彼はすっかりセクシーな大人のオトコになった。キスされた時のドキドキがよみがえってくる。

 今の彼は、あたしをどんなふうに抱いてくれるだろう? 夫が寝ている隣で、ひとりで勝手に妄想するくらいはいいよね。


 ベッドの中でルームウェアであるタオル地のワンピースの裾をまくり上げ、そっとショーツの中へ手を忍ばせる。声を上げたら夫が起きてしまうかもしれないので、唇を嚙みしめて声を押し殺し、割れ目の間に指先を滑り込ませた。


「…………んっ! ……んんっ」


 肉芽の先端を指の腹で押し潰すと、快感に心が震えた。正樹さんは初夜にもこんなことはしてくれなかったので、あの後もあたしはこっそりとこうやってオナニーをしていた。

 何度もこうしていると、奥からじんわりと蜜が溢れてくる。あたしは指先に蜜をまとわせ、芽の先端をクリクリと転がす。


「……んぁぁっ! ぁっ、あっ! ぁあっ!」


 思わず小さく喘ぎ声が漏れてしまったけど、幸いにも正樹さんはぐっすり夢の中だ。

 先端が痺れたようにジンジンしてくると、指先を蜜穴へ挿入させ、二本にして折り曲げ、入り口付近のもっとも感じやすいポイントを攻めた。


「……あぁっ、あっ、あ……、あ……」


 大智も付き合っていた頃、エッチの前戯としてよくこうしてくれた。あたしの細くて短い指じゃ物足りない。あの長くてしなやかな指で、またこうしてほしい。


「……あっ、あ……っ、はぁ……っ! あ……もう……イく……っ! 大智……、あたしイくよ……っ」


 だんだん目の前が白くぼんやりしてきた。あたしが蜜穴から指を抜き、蜜まみれの指先でぷっくりと熟した赤い実を転がした。


「あぁ…………っ!」


 目の前が白く瞬き、下半身が軽く痙攣けいれんした。その後はしばらくけだるさが残り、呼吸が乱れた。


「はぁ、はぁ……。あぁ……よかった、この人が目を覚まさなくて」


 あたしの秘部はまだジュクジュクと濡れていて、奥は挿入される何かを求めてうねっている。この人が目を覚ましたら、間違いなく今のあたしは彼の性欲処理の餌食にされるだろう。


「……これ以上ベッドの中ではできないな。お風呂場に行って続きをしよう」


 一糸まとまぬ姿になってバスルームに入ると、長い髪をヘアクリップでまとめてからバスタブの縁へ両足を大きく開いて腰かけ、レディスシェーバーのの部分を大智の雄芯に見立てて蜜壺へ挿入させる。ナカは蜜で溢れてトロトロになっているので、抽挿もスムーズで痛みもない。


「……ぁあっ、ああん♡ ……あっ、あっ、ぁあっ♡」


 バスルームの壁に、あたしの喘ぎ声がこだまする。ドアはピッチリ閉めてあるので外に声が漏れる心配はないだろうけど、もしあの人がトイレにでも起きてきたら……と思うと背徳感でゾクゾクして、快感がよりいっそう引き立てられる。


「あっ、あぁん♡ あ……っ、ぁあ……っ♡ あ……っ、気持ちいい♡ たまんない……っ」


 大智ともたまに、こうしてバスルームでしたっけ。バスタブの中で正面から……とか、洗い場でシャワーを浴びながらバックから突かれる、とか。あたしがまたがって彼が下から突き上げてくる、とか。


「バックからはムリだけど……っ、下かられるのはできるかな……」


 あたしは立ち上がり、バスタブの縁に左手で掴まって腰をかがめ、上向きに挿入はいる角度でシェーバーの柄を挿れてみた。この角度だと、ちょうど気持ちいい角度で柄の平たい部分が穴の内壁にこすれるのだ。


「……んぁっ、ぁあっ♡ あっあっ♡ あ……っ、もう……ダメ……っ」


 手を動かし続けていると、二度目の絶頂が近くなってきたので、シェーバーを置いてフックからシャワーヘッドを外した。ちょっと熱めのお湯を出すと、下からグチュグチュの秘部に――特にもっとも敏感な芽の先端に直射する。


「…………あぁぁ……っ!」


 目の前に火花が飛んだ少し後、ブシュッ、ブシュッと潮を噴いた。

 こんなに淫らなあたしを、あの人は――紙切れ一枚で繋がっただけの夫は知らないはず。だって、あたしはあの人との性行為を、初夜のたった一度きりで拒み続けているのだから。

 知っているのは大智だけだ。そして、あたしがネットに投稿しているのも実はTL小説である。大智もそれを承知のうえで読んでくれているし、応援してくれているのだ。書いている内容には一部、彼と実際にしたことも含まれているから。


 思いっきりオナニーで気持ちよくなってスッキリしたところで、あたしは秘部をキレイに洗ってからバスルームを出て、身なりを元どおりに整えてから何食わぬ顔でベッドの中に戻り、眠りに入ったのだった。


 この夜は、大好きな大智に抱かれる夢を見ていた――。

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