第7話「謝罪はちゃんと」

 月曜日の放課後のカフェテリア。

「すみません、アナベル様」「用があるのを忘れておりました」「少しの間席を離れさせていただきます」

「構わなくてよ。行ってらっしゃい」

 カフェテリアの出入口横。隠れる様に俺はいた。

 カフェテリアの屋内は貸し切りにしておいた。

 勿論、別料金払って……。

 二年生のエリオット殿下の知り合いと、三年生のランカ先輩の友人達には、それぞれ屋内のテーブルに着いてもらった。

 それも似非三姫のテーブルを取り囲む様に。

 事情を知らない学生には、エイミー嬢がこっそり説明してテラス席の方に行ってもらった。

 似非白雪姫は貸し切りである事に気付いていないよう。

 実験棟二階の図書室から借りた黒い表紙の本を白い布バッグから取り出して読みだした。

 部屋から出てきたお付き二人。

「カルヴィン様」「よろしくお願いします」

 同級生二人に促され、俺はタイミングを見計らう。

 白雪姫はご機嫌に本を読んでいる。

 気配を消して、彼女の対面の席に座った。

「お帰りなさい。早かったの……ね……」

 アナベルの顔が引きつっていた。

「よぉ!」

 ページを捲る手を止めて彼女の目が泳ぐ。

 俺は彼女をじっと見た。

「お前に言わないかん事があんねん」

「なっ、なんでございましょう……」

 彼女は持っていた本を落としてしまった様にテーブルに置いた。

「「……」」

 微妙な沈黙。

 俺はテーブルの上に両手を置いた。

「ごめんなさい。すみませんでした!」

 テーブルに額が付くくらい俺は頭を下げた。

「お前の事情とか知らないで、怒鳴り過ぎた。ほんとごめん」

「あっ、頭を上げて下さい、カルヴィン様!」

 アナベルが立ち上がってこちらに来ようとするので、俺は頭を上げた。

「座ってくれる……。ちゃんと話したいから……」

「はいっ……」

 彼女が席に着く。

「……。実はさ、俺の知ってる奴というか、知ってる話というか……、お前の行動がそいつに似てたんだよ」

 アナベルは膝に手を置いて、斜め下に視線を落としている。

「そいつは、自分より格上の家柄の娘にすり寄って、格上娘と一緒になって気に入らない平民の娘に嫌がらせするんだ。嫌がらせがバレて、関係各所から事情聴取された時、そいつは格上娘を裏切るんだ……」

「格上娘さんは……どうなったんでしょうか……」

「舞踏会で大衆がいる中、婚約者から婚約破棄を告げられる……」

 妙に静かになるカフェテリア。

「わたくしも良ろしくなかったと思います……」

 アナベルは俺とは視線を合わせようとしない。

「お前、ジェルトリュード・クラインの事、どう思ってんの?」

「……。憧れの方です。スラリとして見目麗しく、公爵家の御令嬢。そしてエリオット殿下の婚約者。だからお近付きになれたらどんなに素敵かって……。わたくしなんて相手にされないと思っていましたから、話し掛けていただいた時舞い上がってました……」

「お前の事で姉御とケンカした時、思いっきりビンタされた。『私の友達悪く言わないでよ!』って」

 右で張り倒す真似して、叩かれた頬に左手を当てた。

「おっ、お友達だったんですか……」

「友達なんだと。友達って、年齢とか所属場所で関係性が変わってしまうもんだけど、共通してるのは一緒にいて楽しい事かな。そいつに良い事があったら『良かったね』って一緒に喜んであげられて、嫌な事があったら『元気だせ』と言ってあげられて、顔色悪かったら『大丈夫か?』って心配してあげられて、悪い事したらちゃんと止めるなり諭すなり、お互い出来る関係性が築ける事かな。」

 彼女はまた俯いている。そしてグスっと少し鼻をすすった。

「王室に嫁いだら、姉御に取り入ろうとする人らに集られるんだと思う。そしたら良い奴かどうかを判別するのは難しくなる。だからこの学園では、色んな人と関わって色んなジャンルの奴と友達になりたいんよ」

「卒業したら、いずれ別れは来ますよ……」

「子供の頃の友達と、大人と時の友人は違うだろ。でも、何処かで見かけて元気してるの確認出来るだけでも『良かった』って思えるならそれで良い。元気なさそうなら心配して、そいつの事調べるかもしれないし」

 今言った事は殿下に確認された事でもある。

「だから、あの人がお前の事を友達と思ってるから、お前もあの人の友達なんだよ。あいつとちゃんと友達でいてくれ。あかん事したら諭してやめさせて。そして裏切らないでくれ」

「……。わたくし、ジェルトリュード様にずっと気を使われておりました。本当ならわたくしがあの方の気を使わなくてはいけなかったのに……」

 ポケットからハンカチを取り出し、彼女は涙を拭った。

「カルヴィン様、ごめんなさい。わたくしの浅はかな言動でクライン姉弟の関係に亀裂を入れてしまいましたわ」

「姉弟ゲンカ出来る程度に仲は良いんだよ、俺達」

 ちょっとだけ俺はヘヘっと笑った。

 何故か、カウンターの黒髪眼鏡ちゃんがこっち見て頬を引きつらせていたが……。

「わたくし、どうすれば良いでしょうか……」

「うちの姉上と夕飯一緒に食べて、俺がお前に謝った事伝えてくれたらそれで良い。今、あの人はパトリシア嬢らと遊戯室で遊んでるはず」

 遊戯室の予約も殿下がしてくれた。

 本当に頭が上がらない。

「お前、めっちゃええ友達持ってるやん。大事にしろよ。じゃあな!」

 俺は席を立つと、そのままカフェテリアを出た。

 入れ違いに似非姫の二人が部屋に入っていった。

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