第5話「似非姫達の実情」

 エイミー嬢が呼んだもう一組。

 似非シンデレラ、ベリンダ・ヴァンダーモア。

 そして、地属性の同輩キャロリン・グレイロック。

 二人はこちらに軽く会釈する。

 てっきり、姉御とあの女かと思ったら……。

「騙し討ちみたいですみません」

 最初に口を開いたのは似非シンデレラ。

「……」

 俺は睨むでもないが、似非シンデレラを見据えた。

「あのー、あたし達、仲が悪いわけではないですから。かと言って仲が良くもないけど」

 エイミー嬢が苦笑する。

「アナベル様の件、申し訳ありませんでした」

 ベリンダ嬢が頭を下げた。

「お前が謝ることじゃない。それともあれか、あいつの付き人かなんかか?」

「似た様なものです」

 キャロリンが低い声でぼそりと答えた。

「わたし達は、子供の頃からアナベル様と仲良くさせていただいています。わたし達の母は、アナベル様のお母様の付き人でしたから」

「だから許せと?」

「以前カルヴィン様は『普通の女学校行って、社交界のシーズンに母親と一緒パーティ巡りした方が良いのでは』と、おっしゃいました。でも、アナベル様には、夜会に連れて行ってくれる様な人はいないんです。あの方が十歳の時、御母上はご病気でお亡くなりになりましたから……」

 低い女の声が更に低くなる。

 えっ、ちょっとそれって……。

 キャロリンがちらっと似非シンデレラに目をやる。

「その後一年くらいして、アップルハート侯は、再婚されました。アナベル様より年上の娘が二人もいる女と。継母家族と仲が良ろしければ良かったんですけど……」

 似非白雪姫。実態はリアルシンデレラだった……。

「王都の学院の寮に入れられて、夏季と冬季の休暇の時、僅かな時だけ王都の別邸に里帰りが許されただけで、あの方殆ど一人でした。私達は、母の命であの方のお側にいるのです。私達の母は平民出身です。アナベル様の御母上がいなければ、私達は存在しませんから」

「わたし達の事、覚えてらっしゃいませんか?」

「あんたらに初めて会ったのは、ここ来てからやぞ」

 似非姫二人は顔を見合わせる。

 エイミー嬢も怪訝な顔をした。

「あのー、カルヴィン様も王立学院に在籍していた時期ありましたよね?」

「いてたよ。一週間で辞めたけど」

「私達三人、同じクラスだったんですけど……」

「全然覚えてない。特に女子は」

「そうですか。てっきり、学院時代にアナベル様がカルヴィン様に粗相をしたのかと……」

「それはない」

 似非姫らは胸を撫で下ろす。

「あのー、なんで学院辞めたんですか?」

 エイミー嬢が不思議そうに尋ねた。

「あそこの生徒、大した魔法使えないくせに、爵位マウントとか激しいから。魔法系授業は特にダメ。座学系は悪くないけど、先生もちょっと性格がね。だったら、実家で家庭教師つけた方がマシだと思ったから」

 勤労学生らはちょっと納得していた。

「私達が何故、学園に入学したのか分かりますか?」

「魔力値高いから?」

 エミちゃんがふっと苦笑した。

「女が独りで生きていける為です」

 キャロリンの言葉に、三人の女子が頷いた。

「この学園のカリュキュラムを三年間で終えて、色付きメダイユをいただければ、仕事を選ばなければ就職には困りません」

「一番良いのは、隠居夫人のコンパニオンかな? うまくいけば、若い息子さんとかお孫さんとの縁談に漕ぎ着けれるかも」

 エイミー嬢が嫌味っぽく言った。

「で、なければ、家庭教師や乳母とかですね」

 似非シンデレラが続けた。

「アナベル様も、独りで生きれるようにこの学園に入学されました。でなかったら、また望まぬ縁談をあの継母が強行するからです」

 キャロリンの憤りを含んだ言葉に俺は絶句した。

「アナベル様は、十四歳の時、無理やり某辺境伯の後妻として嫁がされそうになりました」

「女の結婚って十五歳だよな?」

「そうです。十五歳になったら直ぐに嫁げるようにと辺境伯領に送られました。先方のお子さん達が『自分達より若い継母なんぞ困る』と言われたそうです。そもそも辺境伯も、思ってたより若いのが来て頭を抱えたそうですが」

 うわー。似非白雪姫、めっちゃハードやん。

「自分の娘達の縁談は、若くて金持ちな良家の子息を血眼になって探してるクセに、継子のアナベル様には……」

「アップルハート侯は? 実の娘やろ、なんでそれを良しとしてるの?」

「継母は、跡継ぎを産みましたから。それもあって、あの女に強く出れないんです」

 物静かであまり喜怒哀楽が出ないキャロリンが、眉間にシワを寄せるほど苦々しく思う事なのだろう。

「アナベル様の魔法はそこそこでしたが、魔力値がギリギリ足りていたので。辺境伯の後押しもあり、この学園に逃げ込めたというか……」

「だから、後ろ盾が必要だったんです。公爵家の令嬢で、しかもエリオット殿下の婚約者だとあれば、卒業後、色々口添えしていただけるかもって……」

 ベリンダ嬢が申し訳無さそうに前で組んだ手をもじもじさせる。

「学院時代の名残りというか、貴族社会の処世術というか、そういう風に生きてこられましたので……」

「爵位序列考えたら、もっと良い暮らしをしていてもおかしくありませんのに。アナベル様、お可哀想で」

 似非シンデレラがグスグスと鼻をすすりハンカチを口許に当てる。

「だから、許せってか?」

「はい。女子学生の間では、『公爵家の御曹司怒らせて、あの娘、何やってるの?』状態で、女子寮での立場は日に日に悪く……」

 キャロリンは低い声で淡々と応える。

 訝しげに俺は、エイミー嬢達を見た。二人は黙って頷いた。

 どうやら本当らしい……。

 あちゃー。どないしょう。

「もし、アナベル様が何かしら問題を起こして学園を停学なり退学なりになったなら、継母が進める望まぬ縁談が待っています。手ぐすね引いてるでしょうね、あの女」

 そんなきっつい事言われたら……。

「わかった! なんとかする! その代わり、お前ら約束しろ!」

「あの方を助けていただけるならなんでもします!」

 力強く似非シンデレラが言った。

「お前ら三人で何を話しても自由だ。ただ、誰かを引き合いに出したり、誰かへの悪口含んだ姉御へのおべっかを一切合切止めさせろ」

「……それでよろしいのですか?」

「それでいい」

「てっきり、わたし達に今後一切ジェルトリュード様に接触するなと仰っしゃられると思ってました」

 胸を撫で下ろす似非姫達。

「あいつもあんたらも、ジェル姉にとっては友達や。無下に切るわけにはいかん。お前ら、言葉だけで誰かに物理的嫌がらせはしてないんやろ? 例えば、魔法で作った氷を平民のブルジェナ嬢やパトリシア嬢を踏ませてこかせたとか」

「そんな嫌がらせありえませんよ」

「んー、ならいい」

「あのー、不思議だったんですけど」と、エイミー嬢。「アナベル様への怒り方って、カルヴィン様、予め何かしら知ってる様な口ぶりでしたよね?」

「えっ? いや、それは……」

 ゲームの内容だと、ジェルトリュードと一緒になって似非白雪姫はブルジェナ嬢や主人公のピンクちゃんに嫌がらせするらしい程度だ。が、度が過ぎジェルトリュードは断罪式に引きずり出され、王子様に婚約破棄される。そして、なんやかんやで闇落ちし、ラストバトルで黒いドラゴンになって、俺が殺されるから……とは言えない。

「人の悪口を複数人で言い合ってたら、『あー自分は正しい。あの人は悪いんだ。だから制裁を加えないといけない』とかになっていくんだよ。うちの姉御は箱入りで他所様に影響されやすいから!」

 さて、どないするか? 食堂で怒鳴ってしもうたから、食堂で謝るのが筋やろが、それはそれで俺は嫌や……。

「ようは、俺があの女にちゃんと謝罪した実績が広がればいい。エミちゃん」

「はい」

「協力してくれるか?」

「そりゃ、もちろんです」と、エミちゃんは腕で大きな丸を作る。

「君らもお願いできますか?」

 三人の女子達も了承してくれた。

 一旦解散。

 後日、似非白雪姫への謝罪方法を告げるということになった。

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