第2話「姉御と喧嘩する」

 夜八時。

 エマに呼ばれて姉御の部屋に行く。

「どういうつもりよ! 彼女、あの後泣いてたのよ!」

 ジェル姉は怒っていた。

「どういうつもりもあるかい! あの女、差別するならうちの姉御とかかわってほしくないって釘刺さしといたのに、ぺらぺらぺらぺらと他人の悪口お前に吹き込んでただろ。それが気にいらんってんだよ!」

「貴族出身者の悪口や嫌味なんて、ここであっても日常茶飯事なの! 物理的な嫌がらせがないだけマシでしょ!」

「本人が居てない所ならまだしも、食堂やぞ、悪口言われてる本人近くにいてるやろ!」

「そっ、そうだけど……。彼女はちょっと可哀相な境遇なのよ。だから、誰かの批判とかしておかないとプライドが保てないから……。それに、何であんたは、アナベルの事を敵視するの? 入学した時からよね?」

「はっ!? そんなん関係ない! あの女、人としてどうかしてるよな! 俺はあの女の事嫌いや。会う前から嫌いや! お前にもあんな性根の腐った女と付き合ってほしくない!」

 パチーーン

 左頬が痺れる。そして、熱い……。

 俺を叩き終えた右手を下ろす事なく、涙目で睨みつけてくる。

「私の友達、悪く言わないで!」

 ジンジンと響く左頬を押さえ、俺は沈黙した。


 何で? 俺は、ジェル姉の事が心配なのに。あの女と一緒になってブルジェナ嬢達を苛めて婚約破棄されて、闇落ちしておかしくなって、黒いドラゴンになって大暴れするお前は……。


 あんな女の味方するんや……。

「はっははははは。そうか、俺の言葉よりあの女が大事か……。もう知らん! 勝手にしろ!」

 俺は姉御の部屋を飛び出した。

「お待ち下さい!」と、エマが俺を追いかけてくる。

 女子フロアを出る時は、部屋主と共に三階の受付に知らせる必要があるからだ。で、部屋主の代わりにメイドのエマがついてきた。

 ジェル姉の部屋から少し離れた場所で俺は止まった。

「エマっち、ジェル姉はどうや?」

「お嬢様は……、特にお変わりございません」

「誰かの悪口……同級生の言ってたりは?」

「先生方……への批判めいた事を仰る時はありましたが、同級生の方の事は特にありません」

 愚痴か……。

「姉御に代わって嫌がらせしてくれとかもない?」

「全く。仮にそう申し付けられましても、学園との契約がございますので」

「だよなー」

 俺はため息をついた。

 エマは、ジェル姉付のメイドだ。毎日ジェル姉の身の回りの世話をする。ついでに弟の俺の部屋を片付けてくれている。

 でも、姉は知らない。彼女への命令権限は弟の俺にある事を。クライン家当主の父親も知っている。親父に頼んでそういう契約を結んでいるのだ。

 だから、姉の動向は逐一報告してもらっている。ジェル姉の行動がおかしい場合、俺がすぐ対応するためだ。

 エマが「何もない」と言うなら、何もないんやろう……。

 それでも……。

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