第21話




 今度は僕の生活ががらりと変わった。エリサとラナに打ち明けたことで、なにも真夜中にこそこそと診療しなくてもよくなったのだ。レオに言われたように、もっと胸を張って吸血鬼を助けることに決めた僕はクリニックの看板に書き足した。

『ノクターンチャイルドクリニック&ヴァンパイアホスピタル』となった僕のクリニック。レオに頼んで真夜中の診療がなくなったことをテレパシーで吸血鬼たちに伝えてもらった。今度から堂々とクリニックに来てほしいと。そうしたことで僕とレオの生活も変わったのだ。レオが僕のリズムに合わせるようになった。朝起きて一緒にクリニックに行く。僕たちの仕事を見学して終わってから一緒のベッドで寝る。僕はレオと二十四時間常に一緒にいるようになった。

『お坊っちゃま、アンドリュー先生のことをお前なんて呼んではいけませんよ』

 エリサはレオのことをお坊っちゃまと呼んでいた。クリニックで僕のことをいつものようにお前と言ったレオにエリサがそう怒ったのだ。エリサが怒っているのを見たのは初めてかもしれない。

『いくらお坊っちゃまでもこれだけは許せないわ。人をお前呼ばわりする男なんて最低よ。先生にはちゃんと名前があるの。何て名前? ほら言ってごらんなさい』

 エリサの剣幕に肩をすくめたレオは『アンドリュー』と静かに言った。

『ちゃんと言えたわね。じゃあ今度からちゃんと名前を呼ぶのよ』

 レオはうつ向いたまま『はい』と言った。それからレオは僕と二人の時もちゃんと僕のことを『アンドリュー』と呼ぶようになったのだ。エリサには感謝だ。これが僕にとって一番変わったことかもしれない。

 ただ悲しいこともあった。やはり吸血鬼をあまりよく思っていない人間がまだこの世の中にはたくさんいるようだった。クリニックの壁に汚い言葉の落書きをされた。吸血鬼を助けるなとの匿名の手紙も何通か届いた。いつものようにマルシェに買い物に行くと明らかに態度が違う者もいた。野菜を投げられたこともあった。

『アンドリュー、気にしないでいいよ』

『そうだよ。アンドリューは何も悪くない』

 そう言葉をかけてくれる者もいたことが救いだった。でもそのことで僕が落ち込んだ時もあった。

『どうしたらわかってもらえるんだろうね』

 ある日ベッドに入って寝ようとしていた時、ため息と共に思わずそんな言葉が口から飛び出していた。隣で寝ていたレオがすぐに僕のほうへと寝返りをうった。

『マルシェに行かなければいいよ』

『そういうわけにはいかないよ。僕のサプリを必要としている吸血鬼がいるんだ』

『大丈夫だよ。もうすぐ吸血鬼用の人工血液が発売される』

『はぁ!? 人工血液!?』

 僕は飛び起きていた。

『パントリーにある在庫と今ある材料で作れるだけ作ったらサプリは足りると思う。一年分くらいにはなるでしょう? 今はまだ開発中だけど、失くなる頃には認可されるはずだから』

『そう、か』

 レオがそう言うなら間違いないだろう。テレパシーがある分情報は早い。

 僕はゆっくりとベッドに横になった。もうマルシェに行かなくてすむならあんな態度をとられることもなくなる。それにはほっとするのだけれど、人工血液という言葉がいつまでも僕の頭の中に引っ掛かっていた。





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