第16話




 僕が食べるビーフストロガノフを煮込んでいる間にレオのジュースとパンとフルーツの準備をした。

「レオ、できたよ。先に食べて」

 そう言ったもののレオが「待ってる」と言うからついでにポテトを蒸すことにした。

「あ、そういえばレオ、今日外に出たの?」

 裏口の門の鍵が開いていたことを思い出した。

「ああ、ちょっとだけ。散歩」

 いつもは僕の目を見て話すレオが目線をそらした。散歩というのは嘘なのか。少し寂しい気持ちになったけど、深く追求するのはやめておこう。とは思ったけれど、やはり嘘をつかれるのはなんだか寂しい。

 この時僕は父親の顔が頭に浮かんでいた。そうか、父親は、僕の父さんはずっとこういう気持ちだったのかもしれない。僕もハンターになりたくなくてずっとこそこそ隠れて勉強してきた。ハイスクールを飛び級し、医者になるためにカレッジに行くと言った時の父親のあの表情。屈強な大男が見せたどこか寂しそうな顔は今でも頭から離れない。そのあとすぐにものすごい剣幕で怒鳴られ言い合いになって、今は半ば親子の縁を切ったような形だけれども。

「レオ、ずっと気になってたんだけど、家族は? 家族のもとに帰らなくてもいいのかい?」

 父親のことを考えていると、やはりレオを早く両親のもとへ帰してやらなければと思った。

「家族はいねえ。帰るところもない」

「え?」

 僕は振り返ってレオを見た。まっすぐに僕を見ているレオ。これは嘘でも冗談でもないことはすぐにわかった。

「ねえレオ」

 僕は手を止めてレオに近づいた。脚立に立っているから目線はちょうど同じ高さだ。

「レオ、もしよかったらなんだけど、ずっとここにいてくれないかな」

 僕はレオの小さな両手をつかんだ。レオがすぐに手を引こうとしたのを僕は強く引き返した。

「ねえ、ここで僕と一緒に暮らさないか?」

 不謹慎かもしれないけれど僕は嬉しかった。間近で吸血鬼の成長が見れるかもしれないことに心踊らせていた。

「レオ? 僕はずっとここにいてほしいのだけど」

 手を引き抜こうとするレオと引っ張り合いをしながらもレオはずっと僕の目を見つめていた。大きなブルーの瞳に吸い込まれそうになりながら僕も負けじとレオを見つめた。

 するとレオの手の力が抜けた。

「お前が、いいなら」

 そう言ってレオがうなずいた。

「本当に!? いいよ! 当たり前だろう! 嬉しいよレオ!」

 僕は手を離しレオのわき腹をつかんでレオを抱き上げた。

「やった!」

 そして小さな子どもを高い高いするようにレオを持ち上げくるくると回った。

「やめろっ、離せよっ!」

「あはは! レオ、ありがとう!」

 足をバタつかせながら暴れるレオを落とさないよう必死につかまえていた。

「アハハッ」

 僕は嬉しくて嬉しくて、その場で何度もレオを抱えあげて回った。





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